十二話
少しだけ、クラウダに対しての罪悪感があった。彼女はすべてを知っているわけではない。しかしすべてを知っている風を装っている。まるで贖罪なのだと言うように、自分に罰を与えるように。
「思ったよりもすんなり終わって良かった」
心底ホッとした様子だ。
「良かったってどういう意味だ?」
「怒鳴られるかと思ってたから」
「俺が怒鳴ったり脅したりしたところでフレイアの方が強いんだから怖がることなんてなさそうだけどな」
「強いとか弱いとかはあまり関係ないの。アナタに怒鳴られたら、私は心が折れてしまいそうになる」
「そんなこと――」
二の句が告げなかった。フレイアの顔を見ていると言葉を続けることが間違いなんじゃないかと思ってしまったからだ。
今までのフレイアにはない嫋やかで麗しい。どこか儚さや脆さを感じさせる仕草。気丈ではありながらも優しい瞳。優しくなったというよりもおとなしくなったという方がしっくりくる。
だから、わからなかった。
フレイアのことが好きだという気持ちはある。それでも「今のフレイアの気持ち」はどうやっても計れない。
「訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
フレイアが小さくそう言った。
「訊きたいことって?」
心臓が強く脈打つのを感じる。フレイアの言葉を予想しているわけではない。紅潮したフレイアの顔がやけに色っぽかったからだ。
「イツキは好きな人とかいるの?」
予想はしていないが予感はあった。
生唾を飲み込み、口を開く。
「いるよ」
目の前に。
「どんな人?」
落胆は見られない。
「カッコよくて、キレイで、強かな人だよ」
「強か、ね」
彼女がどこか遠くを見つめたまま髪を耳にかけた。サラリとした髪の毛が靭やかに曲がり、耳にかかりきらなった髪の毛が光を反射しながらハラリと落ちる。憂いの中にある柔らかな微笑みには女性らしさあった。
その姿が網膜に焼き付いた。口には出せないほどに美しかった。
次の瞬間視線が交わる。
「どうしたの?」
そう言われてハッとした。
「いや、なんでもない」
「なんでもなくないでしょ。急にじっと見て黙っちゃって。なにかおかしいところでもあった?」
彼女から目をそらすことができなかった。
「好きだ」
思わずそう言ってしまった。
フレイアが驚いたような顔をしたあとでうつむいてしまった。先程よりも顔が赤くなっているような気がする。
「なんかマズイこと言ったかな」
「そういうわけじゃないんだけど……」
もじもじと、太ももの上で指先を弄ぶフレイア。
「迷惑、だったか……」
「そんなことない!」
バッと顔を上げたフレイアの瞳が潤んでいた。
「嬉しい」
目を細めて微笑んだ。
「私も好きよ」
フレイアのことは美人だと思っていた。キレイだという表現が正しいと思っていた。でも今は――。
「可愛いよ」
「ありがと」
少しずつ顔を近づけていく。俺の意思を汲み取ったかのように、フレイアがそっと目を閉じた。
ああ、相思相愛とはこういうことなんだ。
次の瞬間ドアがノックされた。音は大きくなかったが、いきなり物音がしたので俺もフレイアも飛び上がった。
二人してベッドから立ち上がった。俺は素早くイスに座り、フレイアは窓の方へ歩いていった。。
「は、はい。どうぞ」
俺がそう言うとドアが静かに開かれた。入って来たのは双葉だ。
「フレイアさんもいたんだね」
「どうしたんだ双葉。なんかあったか?」
「用事ってわけじゃないんだけどもうお昼だなと思って。もう食べちゃった?」
「いやまだだけど」
「じゃあフレイアさんと三人でどうかな」
双葉の言葉に反応し、フレイアがこちらに歩いてきた。
「私はこれから用事があるから昼食は二人で食べてもらえるかな?」
フレイアの用事といえばおそらくクラウダ絡みだろう。世界の真実を知られた今、俺に隠すようなことはなにもないはずだ。隠しても意味がないし、情報は共有した方がいいなんてのはクラウダもフレイアも理解していると思う。
「じゃあ行くか」
三人で部屋を出た。フレイアは俺たちが向かう方角の反対側へと向かっていった。食堂の反対方面は上階に続く階段もあるし、町の方への出口もある。訓練場もあるためどこに行ったのはかはわからない。
「行くよ、おにいちゃん」
少しだけ不安な俺の胸中を知ってか知らずか、双葉が俺の腕を抱き込んで歩き始めた。ちょっとだけ不機嫌そうなのはどういうことなんだろうか。なんだか双葉らしくないというかなんというか。




