十一話
双葉のことはたぶん事故だったんだと思う。俺が現在と未来を行き来することでミカド製薬を打ち崩す。それが目的であれば双葉が時間跳躍をする必要がないからだ。むしろ他人を巻き込むと邪魔になる。
いや、でもフレイアは「未来視できる人が生きていた」と言った。
「双葉のことも織り込み済みだったのか?」
「完璧な未来を得るのは難しい。努力をすることで理想に近づけることはできても、完全な理想を体現することはまず不可能だから。フタバがこちらに来ることは仕方がなかった」
「人の妹を巻き込んでおいて、クラウダはそれすらも謝らないってのか……」
「仕方がないのよ」
「仕方がないってそんな――」
「一億年」
フレイアが俺の言葉を遮った。
「一億年もの間、ほぼ一人で生きてきた。その中でなにを感じ、なにを考えて生きてきたのか想像できる? 過去を救おうと思ったその時から、ただそれだけを見据えて生きてきた人の気持が理解できる? それが理解できて初めて、イツキはクラウダと対等の存在になる。同じ目線で語ることが許される」
なにも言い返せなかった。
クラウダが過去を変えようとしたのは彼女の身勝手かもしれない。けれどそれで救われるであろう命は数多い。それに間違いなく俺だって双葉だって、優帆だって救われるのだ。クラウダに感謝することはあっても、文句を言うのは間違いだ。
それでも利用されていることに憤る権利はあるはずだ。あるはずだが、フレイアの顔を見ているとどうしても言い返せなくなってしまう。
「わかった。その件に関してはもう言わない。これも必要なんだって割り切ることにする」
「そうしてくれるとこっちも助かる。私だってイツキと言い合いをしたいわけじゃないから。それでそのあとのことは?」
「じゃあ次だ。コロシアムで俺がルイと接触することも予定にあったのか?」
「それも予定にあった。コロシアムで様々なタイプの戦士と接触し、それらの技術を取得することが最大の目的だった」
ここでもまた、双葉を犠牲にするようなことを容認してたってことか。つくづく意地が悪いばあさんだ。
「船でアルとリアと出会うことも想定内。でもその後は未来視の能力者が死んでしまったからこっちでなんとかするしかなくなってしまった」
「なるほど、だから死んだのにこっちの世界に戻されたんだな」
「私の勝手な想像なんだけど、アルとリアを助けるためにエドガーと戦ったりしてないよね?」
「戦ったよ。三人でエドガーを捕まえようって話してたのに、双子に出し抜かれて、頑張って後を追いかけたけどもう二人は死んでてさ」
あの時の記憶が蘇る。もう少しだけ俺が気を配っていれば、あの二人が拷問まがいのことをされることもなかった。体を切り刻まれ、目玉をくり抜かれ、涙を流しながら悲鳴を上げる姿を思い出してしまった。
「腕も脚も切り取られて、目も潰されて、俺がちゃんとしてればああはならなかった。だからもう二度とあんなことにならないようにしたかった」
「一回死んで、二回目は私たちに助けを求めた」
「そういうことだ。俺一人じゃどうすることもできないって思い知ったから。エドガーは俺と双子が全力を出しても勝てない相手だった」
「確かにそうね。彼は異様なほどに強かった。共犯者もいたしね」
「協力を仰いで正解だった。じゃなきゃまた同じことを繰り返すところだったしな。多少レベルが上がったところで無理なものは無理だ」
右拳を左手で覆った。
そこでフレイアが「クスっ」と笑った。
「なんだよ」
「そういうところ、私は好きよ」
そのセリフから数秒経ち、顔面が一気に熱を帯びていく。言われたことの意味を理解するまでに時間がかかってしまったのだ。
「な、なんだよ急に」
「だって意地になって一人で突っ走ったりしないじゃない。普段はお調子者っぽく振る舞うのにちゃんと引き際を心得てる」
「普通じゃないのか?」
「普通じゃない。自分のことをちゃんと客観視できて、自分の力量がわかってないと他人に頼ることはできないから」
「そういうもんか?」
「そういうものよ。だからイツキはそのままでいて欲しい」
微笑みながらフレイアが言う。
顔だけじゃなく胸まで熱くなってきた。今まで騙されてきたというのに、笑顔一つでほだされそうになっている。馬鹿な男だなとは思うが、それでも今日昨日でフレイアに想いを寄せたわけじゃない。時間は短いけど、それでも彼女のいろんな部分を見てフレイアのことを好きになった。
バカだなと、思わずため息を吐いた。
「とりあえず答え合わせはこれで終わりでいい。予知能力者は死んでるみたいだしな」
俺たちの世界、つまり過去のことは別の能力者がいるんだろう。そっちはこっちの世界にとってあまり関係はなさそうだ。つまりメリルの件も、メリルがいつ暴走するのか、どうやって死ぬのかまでは想定していなかった可能性が高い。メリルがデミウルゴスの「爆弾」であることまでは突き止められても、未来視ができなければその爆弾がどうなるかわからない。




