十話
階段を下りて自室がある階までやってきた。そこでどこかへ行こうとするフレイアの二の腕を掴んだ。
「少しいいか」
フレイアはすぐに返事をしなかった。困ったように眉根を寄せて、俺ではなく壁の方に視線を向けていた。
そして、そのまま小さくうなずいた。
俺はフレイアの腕を掴んだまま自分の部屋に向かった。部屋に入り、ドアに鍵を締める。そこでようやくフレイアの腕を離した。
フレイアはゆっくりと歩みを進めてベッドに腰掛けた。
「大丈夫、逃げないから」
「さあ、どうかな」
そう言いながら、俺はイスに座ってベッドの方に体を向けた。
フレイアは小さく息を吸い、細く長く吐き出していた。
「なにが知りたい?」
「全部だ。でも、どっちかっていうと答え合わせがしたいって方が正しいかもしれない」
「なんの答え合わせ?」
「今までの出来事だ」
俺が言いたいことをなんとなく悟ったのだろう。再度深呼吸していたのは、きっと予想と違うことを言われたからだ。
「いいよ、わかる範囲で答えるから」
俺もまた深呼吸をした。俺が感じていた違和感や疑問点が、おそらくこの会話で解消されるはずだ。しかしそれを受け入れる勇気があるかというと、さすがにまだ準備はできていない。あんなことを言われてすぐに理解して飲み込めるほど冷静な人間じゃない。それでも喚いて暴れて逃げなかったのは「その予兆」をなんとなく感じ取っていたからだと思う。
「じゃあ最初の出来事だ。ウィンザー古城での出会いは必然だな?」
「その通りよ。クラウダに言われてあそこに言った。そこでミヤマイツキを回収し、
道案内となることが私の役目だったから」
「最初の町で火事を起こしたのはお前か?」
「それも正解。アナタに行動を起こさせるためには、行動を誘発させるための事件が必要だったから。事件や事故がなければ、人はただただ日々を習慣化させて生きていくから。イツキがあの町に居着いてしまうと計画が狂う」
フレイアと出会ったことが運命だとか思ってしまった自分を絞め殺してやりたい気分だ。画策されていたこととはいえ恥ずかしいことこの上ない。
なによりもガッカリしてしまった。それがなによりも大きい。
しかし、このまま肩を落としているだけでは前に進まない。
「次にメイクールでの出来事だ。お前が手足をぶった切られて、俺が初めて死んだ時のことだ」
「あれは知らないわ。誓って言うけど、さすがにデミウルゴスと手を結んではいない。少なくとも私は知らされていなかった」
「訊きたいのはそこじゃない」
クラウダがデミウルゴスと共謀している可能性は否定できない。しかし、共謀しているのであれば明確な敵がいなくなるということ。つまり、もっと上手くやれていてもおかしくない。であればデミウルゴスは正真正銘、魔女派の敵なのだとわかる。
「問題は最初に死んだ時のこと、その瞬間だ。俺はどこからか飛んできたなにかが体を貫かれた。そして男の声でこう言われたんだ。「悪いなガキ。こうしろって言われてんだ」って。その後でお前は「ごめんね」って言ったな? それが意味するところはつまり、あの男とお前は仲間だった。というよりも今思えばあれはゲーニッツだったんじゃないか?」
「正解」
「だがわからないことがある。どうしてゲーニッツはそこまで手を出さなかったんだ? そこだけがずっと引っかかってた。フレイアだって、俺の能力で蘇ることができたとしても痛みまでは消せないんだ。痛いのなんて誰だって嫌だ。だったら早めに助けてくれれば、俺だってフレイアだってわざわざ死ぬことも傷つくこともなかったはずだ。メイクールだけじゃなくて、その後も」
「確かにそうね。でも助けないというのも必要だった。というか、そうしなければ今アナタはここにはいない」
「どういうことだ?」
「繰り返し死んで、繰り返し戦って、繰り返しレベルを上げた。つまり真のロールプレイをすることでアナタはここに立つ資格を得たと言っても良い」
こっちの世界だろうがあっちの世界だろうが、レベルを上げなければそもそも土俵に立つこともできなかった。
ミカド製薬やデミウルゴスと戦うのであれば強くなるのは必須条件だったはずだ。でもそれならば俺に直接言っても良かったんじゃないだろうか。現実世界を救うためにレベルを上げてミカド製薬を崩壊させろ。それで済んだんじゃないだろうか、と思わなくもない。
しかしクラウダは俺との直接交渉を忌避した。その理由は訊いても答えてもらえないだろう。なにか彼女には彼女なりの理由があるんだろうが、それでもモヤモヤすることには違いなかった。
「つまり双子と一緒に洞窟の中に入るのも計算通りだった?」
「まだ未来視できる人がいたからね」
「アルのことも知ってたんだな」
「ええ、ごめんなさい」
気がつくと思い切り拳を握りしめていた。魔女派の連中はみな、俺が何度もループするからと高をくくっているんだろうか。いくら死に戻りできるといっても、その場その時で死んだ痛みや苦しみはもう消すことができないというのに。
「……ごめんなさい」
と、フレイアが小さく言った。
「いや、フレイアが謝る必要はないだろ。悪いのはクラウダだ。というかミカド製薬と言った方がいいのか」
ミカド製薬がウイルスを作らなければ俺たちはお互いにこういう気持ちにはならなかったはずだ。




