八話
わかっているのはなにが正しく、なにが間違っているのかということではない。クラウダは言っているのだ。
【お前はどうするのか】
そう、言いたいのだ。それをよくわかっている。
「俺は……」
拳を強く握り締める。考えるまでもないんだ。今までなんのために俺は生きてきたんだよ。俺はなんのために何回も死んできたんだよ。誰に、助けられてきたんだよ。
「やればいいんだろ」
「それが答えということでいいんだな」
「やるしかないんだろ。大事なものを守るためには、俺が過去を変えるしかないんだろ。違うか」
「正解だ。だが先に言った通り、生半可なことでは過去は変わらない。それでもやるというんだな?」
「二言はねーよ。俺は、家族や友人を守りたいんだ」
そうだ、何も知らないであろう友人たちがモンスターに変わる様なんて見たくない。あの世界では双葉だって生きられないだろう。当然、優帆だってモンスターに殺されて死ぬだろう。
そうはさせてなるものか。俺が守るんだ。過去は俺が変えてやる。
「であれば、私からも策を授けられる」
クラウダが口端を上げて笑った。
「策ってなんだよ。過去に戻ってミカド製薬をぶっ潰せばいいんだろ?」
「それができていないからお前は向こうで死んだのではないのか?」
「確かにそうだけど……」
痛いところをついてくる。俺が有能であり、もう少しキチンと立ち回れていたらもっといい未来があったかもしれない。少なくとも前回のように敵に騙されるということはなかっただろう。
「いいか、味方はお前と、双葉と、フレイアのみだ。過去の世界では魔法を使えるものはほとんどいない。まあ、ミカド製薬の一部を除いてな」
「ミカド製薬の連中も魔法を使えるってのか?」
「ミカド製薬も三人だけだ。それに魔法を使い始めて間もない。だからお前たち三人ならば苦もなく乗り切れるだろう」
「で、その三人って誰なんだ」
「その三人は斎間景、宇都美愛子、そして碓氷敏也だ」
「ちょっと待て、ツッコミどころが多すぎる。斎間景は魔法を使ってなかったし、碓氷敏也は偽物だった。あと宇都美愛子って誰だ?」
「落ち着け、一つずつ教えてやる。斎間景はウイルスが完成した直後に自ら感染した。そこで運良く魔法を発現させた。碓氷敏也は斎間景に監禁され実験台にされた。それによって魔法を発現させたが、様々な薬物の影響で自我が崩壊してしまった。宇都美愛子はミカド製薬の科学者、宇都美丈一の娘だ。どうやら丈一は娘にウイルスを投与したみたいだな」
「情報が多すぎるな。じゃあそいつらが魔法を使えるようになる前に止めるってのは不可能なのか」
「不可能だ。ウイルスはすでに完成してしまった。しかし完成して間もないために被検体が少ないんだ。止めるのであれば、次に戻った直後しかなくなる。機を逃せばあのウイルスはミカド製薬の内部から一気に拡散する」
と言っても敵が三人だけというわけではない。
「で、策ってのはなんだ」
「こちらの戦力は多くない。だから魔法が使えるであろう斎間、宇都美、碓氷は双葉に任せるといい。フレイアとお前はウイルスを破壊することだけを考えればいい」
「ちょっと待てよ、双葉一人にやらせるってのか」
「それが最も効率がいいからな。双葉、やれるな」
クラウダが双葉を見た。そして、全員の視線が双葉に注がれる。
「できます」
緊張の面持ちで双葉が言った。
「よし、であればあとはフレイアとイツキの問題だ。やれるよな? というか、やってもらうしかない」
この魔女、嫌な場面でよく笑う。
「やるしかないんだろ」
フレイアを見ると、彼女は小さく頷いていた。記憶が転写されたというのは本当のことなんだと実感する。
室内に手を叩く音が響いた。クラウダがやったらしい。
「次にウイルスを破壊する方法だ」
「破壊する方法がちゃんとあるのか?」
「当たり前だ。それがなければこの計画を立てること自体が無意味だ。こちらでちゃんと用意してある」
ウイルスを破壊、死滅させる方法さえ実行できればモンスターの驚異からは解き放たれる。モンスターさえいなければ、ミカド製薬が俺たちに太刀打ちすることはできないだろう。実質勝ちが確定する。
「で、その方法ってなんだよ」
「ミカド製薬本社の地下最下層にある。斎間景は使うつもりがないという理由から地下倉庫に眠らされている」
「でもアイツはワクチンなんてないって言ってたぞ」
「裏切られておいてそれを信じるのか。それはお人好しというんじゃない。間抜けというんだ」
多少イラっとはしたがクラウダが言うことも事実だろう。ルイのこともそう、斎間景のこともそう、軽々しく人を信じすぎてしまった。そうやって大事な人を危険に晒してきたのだ。




