十五話
食欲はそこまでなかったが、ろくに食べていない現状ではなにかを胃にいれておくべきだと思った。
クッキーは甘く、スナック菓子はしょっぱかった。コーヒーでそれを流し込むが、しばらくまともな食べ物を食べなかったせいかすぐに胃が膨れてしまった。ちゃんと食べられるようになるにはもう少しかかるかもしれない。
コーヒーカップをテーブルに置いて指を組んだ。
ミカド製薬と敵対するのは間違いない。それは今までもそうだったからいい。問題なのは俺たちの関係性だ。ミカド製薬を根絶やしにするにしろ、景だけを葬るにしろ、まずは俺たちの関係を整理する必要がある。
「フレイアは催眠ガスを吸わなかったのか?」
「少しだけ吸った。でもすぐにマズイと思って、イツキとフタバのライセンスだけ持って外に出た」
「その余裕はあったんだな」
「さすがに二人を抱えて逃げるだけの気力はなかった。そりゃそうだ。気を失った人間っていうのは予想以上に重い。それに催眠ガスが撒かれたということは、その周囲に人が張っているのは確定してた。私だけで逃げるのが精一杯。それはイツキもわかってるんじゃない?」
そんなことはわかってる。俺たちを連れ出す余裕があるんなら最初から連れ出してるはずだ。
それでも、いや、だからこそ納得できないことがあるんだ。
「その件に関しては納得した。なによりフレイアだけでも無事でよかった」
双葉を見ると眉根を寄せて頷いていた。解剖も薬漬けも辛かったが、今こうしているだけでいいと言っているように見えた。
「じゃあなにが問題なの?」
「あの男、碓氷は偽名だった。本名は斎間景。ミカド製薬の社長だった。正確には取締役の一人だが、あの感じだと一番の権力者だと思う」
「そう、それならあの男が私たちを陥れようとしたのも納得できる」
「あそこで何度も解剖された。いろんな薬も打たれて、どれだけ時間が経ったのかもわからない。でもこう言われた。俺と双葉が、ミカド製薬が作ってる化け物たちと同じだって」
フレイアは黙って俺の目を見つめるだけだった。
「人間から化け物に変わる際、人として変身するんじゃなく別の生物に生まれ変わるみたいなことを言ってた。そして、俺と双葉の体にもその変化は起きてる。俺と双葉にあって普通の人間にないもの」
ポケットからライセンスを取り出してテーブルに置いた。
「こいつだ」
「ライセンスだな」
「フレイアもライセンスを持ってる。それに魔法だって使える。つまりフレイアもおそらく化け物と同じDNAの構造をしてるってことになる。お前はこのこと、知ってたか?」
俺とフレイアはしばらくの間見つめ合った。それは恋愛感情だとか、信頼の証だとか、そういう浮ついたものではない。半ば敵対心のような、敵愾心にも似たなにかだった。
そうして、フレイアはため息をついた。
「知ってた」
「だろうな」
ある程度の予想はしていた。だからこそ「ライセンスだけ」を持ち去ったのだ。化け物と同じ生き物であることがバレることは問題なかった。ただただライセンスという技術を守りたかったのだ。なぜならばミカド製薬はその化け物を作るすべを心得ているのだ。俺たちが化け物だろうがなんだろうが関係ない。
しかしライセンスだけは未知の技術だ。これだけは守らなければいけなかった、ということだろう。
「でもそれ以上のことを私の口から言うことはできない」
「どうしてだ?」
「できれば魔女クラウダから説明してもらった方がいいから」
フレイアは親指で奥の部屋を差した。
「今日はとにかく寝たほうがいい。明日、また話そう」
この先の展開はなんとなくわかった。
フレイアは案に「セーブしろ」と言っているのだ。
「この世界は残酷だな」
立ち上がり、そう言った。
「どういう意味?」
「向こうの世界じゃ、ゲームみたいに仲間が増えて、目的が徐々に明かされていく。でも現実じゃ仲間は増えないし、なによりも問題点も終着点も用意されてない」
「それがアナタの現実」
俺は双葉に手を差し出した。双葉は迷うことなく手を握り、俺たちは奥の部屋へと入っていった。
奥の部屋にはきちんとベッドが用意されていた。どこから持ってきたものなのか、シーツまで新品だ。
二人で布団に入って目を閉じた。余計なことは考えないようにした。こうやって雑念を追い払って眠る態勢に入れるのも、何度も死んだおかげなのかもしれない。
死んで、死んで、眠ればここからやり直せる。そう考えれば安心して眠れるのだ。
双葉の寝息が聞こえてきて、俺も少しずつ微睡みがやってきた。黒い泥に埋もれるように、意識が徐々に埋没していく。
意識がなくなる直前、俺はフレイアの顔を思い出していた。彼女は酷く落ち込んで、でも睨むようにこちらを見ていた。




