十四話
微睡みの中で体が何度も揺さぶられた。
起きたくない。目覚めたくない。今はこの心地いい夢の中にいたいのに。
「イツキ」
その言葉で目蓋を開けた。目の前には一人の少女。
「フレ、イア……」
彼女は自分の唇に人差し指を当てた。
「遅くなってごめん。いろいろ準備に手間取った」
「準備?」
「いいから出るよ。双葉の方はもう運び出した」
「運び出したってどうやって?」
「無理矢理。いいから行くよ」
フレイアが拘束を解いてくれた。腕も脚もちゃんと動く。
「イツキの体に入っていた薬はこっちで中和した。だから問題なく体は動くよ」
渡されたのは俺の服一式だった。服の上にはライセンス。
「やっぱりお前が持ち出したのか」
「ライセンスを見られたらまずいから。ほら行くぞ」
「ちょっと待てって」
急いで服を着替え、俺たちはドアから部屋を出た。
廊下を走り、右へ、左へと進路を変えていく。
警備員も研究者もいない。そんな場所をただただ走り抜けた。
いくつもの階段を登り、大きなドアの前にやってきた。電子ロックなのだろう。このままじゃ外に出られない。
と思ったが、フレイアがポケットから何かを取り出してドアの横にある装置に掲げた。するとピピッという電子音と共にドアがゆっくりと開いていく。
「それ、なんだ?」
「研究者の目玉」
「そんな気はしてた」
目玉と言われても驚かなくなった。だいぶ毒されてきたなとは思うが、こんなことでビビってたら化け物を殺すことなんてできない。おそらく、これからは人を殺すこともあるだろう。
例えば、齊間景のような一般人を殺すこともあるということだ。
ドアの向こうは暗闇だった。少しずつ目が慣れてくると山の中だということがわかる。だが俺たちが侵入した研修施設なのかまではさすがにわからない。
フレイアの後に続いて一直線に山を下っていく。道もなく、木々の間を縫うように駆けていった。
「ここはどこだ?」
「侵入した山とはまた別の場所。隣町の山」
「ってことはミカド製薬ってのはいろんな山に研究施設を作ってるってことか?」
「たぶんそうだと思う。正直、そこまで調べてる時間はなかった」
「あれからどれくらい経った?」
「だいたい三日くらい」
「その間なにしてたんだ?」
「まあ、いろいろと。あの施設をずっと監視してた。で、違う施設に移送されたのがわかったから、施設の内部をなんとか調べて、侵入経路だとか電気系統だとか、そういうのを落とす手立てを考えた」
「それで助けに来てくれたってわけだ」
「そういうこと。もう少し行けば双葉が待ってる」
少し黙っていろ、ということだと捕らえた。
フレイアが言うように山を下ったところにある木の陰に双葉が隠れていた。
「お兄ちゃん!」
双葉が胸に飛び込んできた。
俺は双葉を強く抱きしめて、髪の毛を何度も何度もくしゃくしゃっと撫でた。
胸にはどんどんとシミが広がって、服はあっという間に濡れてしまった。
「ごめんな、助けてやれなくて」
「いいよ。ちゃんと生きてた」
「そうだな、ほんとに、よかった」
泣きそうになるのをぐっと堪えた。ここで泣いたら兄としてみっともない。ここは妹が泣く場面だからだ。
「一応新しいねぐらも用意してあるから」
フレイアが顎で合図した。再度、フレイアの後に続いて俺たちは山の中を駆け抜けていった。
二十分ほど走っただろうか、使われていなさそうな山小屋に到着した。一軒家よりは小さいがワンルームというほど狭くはなさそうだ。
「大丈夫か、ここ……」
大きさはそれなりだが見るからにボロボロで雨宿りできるかどうかも不明だ。
「見た目はこれだけどできるだけの修理はしてあるから問題ない。鍵はついてないけど」
なんて言いながら山小屋の中に入っていってしまった。
俺と双葉は顔を見合わせてため息をついた。
しかしこのままというわけにもいかない。仕方なく、山小屋へと入ることにした。
電気がつくとフレイアが言うように内装は思ったよりも悪くなかった。天井も壁も木の板で補強してあるし、タンスやクローゼットなんかも用意してある。どこから持ってきたかは訊かないでおこう。
タンスの中には俺と双葉の服が入っていた。数着といったところだが、長居しなければ問題はなさそうだ。
「一人で持ってきたのか?」
「当たり前でしょ」
水道まで完備されている。電化製品も。
「電気はどうやって?」
「水も電気も魔法で」
「万能すぎる……」
フレイアは三つ分のコーヒーを淹れ、中央のテーブルに運んだ。
「訊きたいこともあるだろうし、とにかく話をしよう」
彼女を責めるつもりはないが、それでも訊きたいことは山程あった。それは間違いない。逃げ出した方法もそう、俺たちの体に起きていることもそう。これから長くなるのだということは容易に想像できた。
席に座ってコーヒーに砂糖と牛乳を入れた。今まで点滴やらなんやらで、固形物や飲み物はほとんど口にできなかった。一口飲むと、温かさと苦味と甘みが染み込んでくるようだった。
それを見たからなのか、テーブルの下からクッキーやらスナック菓子なんかを出してくれた。本当なら普通の食事をしたいところだがそうも言っていられない。




