十三話
何日目になるかわからない。解剖、実験、解剖、実験。そんな日が繰り返された。
解剖は常に麻酔なし。毎度毎度痛みで意識が飛ぶ。そして繰り返される度に痛みに対しての耐性がついていくのか、意識を保っていられる時間が伸びていく。
実験は投薬実験が中心だった。多種多様な薬を注入される。前進に虫が這いずるような感覚があったり、とてつもない吐き気に襲われたり、体がまったく動かなくなったり。ここから見える限り双葉も同じような薬を投与されていたに違いない。
しかし、俺も双葉もなんとか生きている。これもまた異世界に行ってレベルを上げていた恩恵とでも言うのだろうか。正直、今はそんなことどうでもよかった。
なにもかもがどうでもよかったのだ。
生きていること。
死ぬこと。
友人のこと。
両親のこと。
異世界のこと。
そしてフレイアのこと。
そういえばフレイアはどこに行ったんだろう。
景がライセンスのことを言わなかったということは、きっとフレイアが俺と双葉のライセンスを持ち去ったのだと考えられる。理由まではわからない。
ぼーっと天井を見上げているとドアが開く音がした。顔を向けると景が入ってきた。
「気分はどうかな」
椅子に座り、そんなことを言いながら笑った。
「いいわけ、ねーだろ」
「そうだよね。これだけの実験を行ってきたんだ。生きていることがまず不思議なんだ。不思議、なんだけどね」
景は俺の体をまじまじと見つめていた。
「なにが言いたい」
「実はね、キミたちの臓器を調べていて気付いたことがあるんだ」
「なんだよ、気付いたことって」
「私の口から言うには少しばかり重い内容なんだが、それでも聞くかい?」
「さっさと言えよ」
こういうもったいつけた言い方も嫌いだ。俺の返答だってわかっているくせに。
「結論から言うと、キミたちはただの人間ではない」
「意味がわからん」
「細胞の構造がね、人の物と酷似した別のなにかに変貌しているのさ。つまりキミたちも人の形をしたなにかでしかない」
「こんだけ実験しても死ななかったんだ、不思議じゃないだろ」
「問題はここから」
パンっと、景が手を叩く。
「キミたちの細胞、いや細胞だけじゃない。ヒトゲノムの構造そのものの変化が見られた。そして私たちはその構造を見たことがあるんだ」
「ヒト、ゲノム……」
「人の体を構成しているとてつもなく細かな情報とでも言えばいいのかな。人の設計図のようなものだ。どういった要素がどういう配分で組み込まれることで人という生物になる、という感じだろうかね」
「それがおかしいって? 現に俺は人として活動してるぞ」
「でもね、キミたちのヒトゲノムは人間とは違う。どちらかというと、我々が作った化け物に似ているのさ。いや違うな。化け物そのものと言ってもいい」
「俺たちがあの化け物だって? どうかしてるんじゃないのか?」
「そうなのだから仕方がない。否定のしようがないんだ。キミたちがどう否定しようと、DNAの配列がそうなっている。多少違うところはあったが、おそらくはそれがキミたちと化け物を隔てているんだろう」
「なにを馬鹿なことを……」
「こうなると、もう一人の少女も調べてみたいな」
俺が強く睨むと、景は上唇を舐めた。
本気だ。コイツがフレイアを捕まえたら、俺たちよりもずっとひどい目に遭わせるに違いない。
「もう一つ言い忘れたが、キミとキミの妹にも違いがあった」
「そりゃそうだろ、別の人間なんだからな」
「そうじゃない。妹の方はまだ人間の部分が多く残っているんだ。キミの方は七割程度化け物になっているんだがね」
景はスッと立ち上がって俺に背を向けた。
「まあいいさ。これから調べていけばいい。時間は、たっぷりあるからね」
ひらひらと手を振ってそのままドアから出ていった。
「嫌なやつ……」
喋る相手が他にいないんだろうか。いや、いないだろうな。あんな男とまともな話ができるヤツはいない。
あまりにも、狂っている。景だけじゃない。ミカド製薬でウイルスを作ってるヤツ。俺たちの人体実験に関わっているヤツ。全員、狂ってる。
なくなりかけていたはずの感情が徐々に戻ってくるようだった。胃の奥底から沸々と怒りが沸いてくる。俺にもまだ感情が残っている。違うな。景が取り戻させたのだ。
「見てろよ。いつか、絶対、お前を殺す」
指に力を込めた。少しずつだが指が曲がるようになってきた。実験用の薬物もそうだし解剖もそうだ。やられているうちに慣れてくる。おそらくは俺たちに投与されている薬に体が順応してきたんだ。
今はまだ無理かもしれない。だが近いうちにここを抜け出すことも不可能じゃないと思う。その時まではこの怒りを溜め込んでおくしかない。
眠れ。力を溜めて、来るべき日のために体力を温存しておくのだ。
俺はまだ、終わっていない。




