十二話
男の一人がメスを取った。そしてそれを俺の腹へと埋めていく。強烈な痛みが体を駆け抜けていく。
何度も、何度も体を切り刻まれた。
何度も、何度も痛みで体が跳ね上がった。
そしてそのうちに、意識が飛んだ。
次に目が冷めた時、やはり白い部屋に寝かされていた。拘束はされていないようだが、薬かなにかが回っているのか体は上手く動かせなかった。
そして、また碓氷が覗き込んでくる。いや、齊間景か。
「気持ちよく眠れたみたいじゃないか」
この澄ましたようでいて、どこかバカにしたような笑顔は本当にムカつく。
「気絶しただけだろ」
「そうとも言うね」
景はパイプ椅子を引き寄せてベッドの横に座った。
「なんの用だよ」
「おしゃべりくらいいいだろ? 知らない仲じゃないんだ」
「知り合いになんてなりたくなかった」
「私は知り合えてよかったと思ってるがね」
体さえ動けばと何度も思った。コイツをぶん殴って、この施設を破壊して、双葉と一緒にここを出る。
そういえばフレイアはどうしたんだろうか。コイツのことだ、フレイアを捕らえたなら、フレイアの解剖も俺に見せたはずだ。
つまり、フレイアはまだ捕まっていない。
「それにしてもキミの仲間、あの金髪のフレイアとかいう少女はすごいね。危険を察知してすぐに逃げたよ。キミたちを置き去りにしてね」
「そりゃよかった」
「行き先に心当たりは?」
「知らない。そういう約束もしてないしな」
「ふむ、その顔は本当に知らない感じだね。でも困ったな。私はフレイアこそ、真に解剖したい対象だったんだが」
「なんでフレイアを?」
「彼女は純粋な日本人ではないね? となれば、キミたちに超人的な能力を施したのが彼女なんじゃないかと思うんだ」
当たっているといえば当たっているが、間違っているといえば間違っている。
フレイアが俺たちに力を与えたわけではないが、フレイアのおかげで俺たちのレベルが上ったのは事実だからだ。
「読めない表情をするね。まあ、きっとそのうちここにも現れるはずだ」
「どうしてそう思う? 俺たちを置き去りにして逃げたんだぞ?」
「いや違うね。彼女はキミたちを救うために逃げたんだ。全員捕まるよりはいいって考えだろうね。いやいや、賢い少女だ」
「言ってろ」
ため息をついた。
薬のせいか、痛みはそこまででもない。吐いた息は非常に熱いし呼吸もし辛い。一体なにをされたんだ。
「そういえばさ、いくつか言い忘れてたことがあったんだ」
「なんだよ、言い忘れたことって」
「ウイルスとワクチンのことさ。赤いウイルスに青いワクチンを足せば中和できるっていうのは嘘だ」
「またそんなくだらない嘘を……」
景が裏切った時点でそれくらいはわかっている。
「そもそもこのウイルスに中和剤はない。ワクチンはあるけどね」
「まあ、普通はそんな上手い話はないな」
「よくわかってるじゃないか。まあワクチン自体はできてるがね」
「じゃあそのワクチンをフレイアが入手すればこっちの勝ちってわけだ」
「それは無理だ。もう国内にはない」
「じゃあお前らはどうするんだよ」
「私たちはすでに摂取済みだ。当たり前だろ? だからウイルスにはかからない。ウイルスに侵されないからこそ、ワクチンを追加で製造できるんじゃないか」
「そのワクチンを高く売って大儲けってことか。世界が混乱に陥ればその金だって捻出できなくなるだろうに」
「それがそうでもないんだな。なんのためにミカド製薬が世界展開してると思ってるんだ? どこにいてもワクチンを供給できるように、だ。ミカド製薬は今より更に成長し、ついでに世界の救世主となる」
「クソくだらないシナリオだな。誰も得しない」
「私や社員は得をする。世界をコントロールできるんだ、それは心地良いものだろうね。想像しただけで笑えてくるよ」
景は右手で口を覆い笑いをこらえていた。
どうしてこんなヤツを信じてしまったのか。
後悔してもしきれない。あの双葉の顔が、何度も蘇ってくるようだ。
「そうそう、双葉ちゃんだけどね」
その言葉に体のこわばりを感じた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんって泣いてたよ」
「ちゃんと生きてるんだな」
「殺すわけないじゃないか。ただね、あの解剖でショック死すらしないっていうのはかなり面白いなとは思ったけど」
「面白いってなんだよ」
「ショック死しないってことは、どうやったらキミたちみたいな化け物をショック死させられるかを試せるじゃないか」
この口端を持ち上げるような笑顔。狂気に満ちた笑顔だ。
「クソ野郎……」
「そうだね。クソ野郎だね。でもそれが私だ。その私がミカド製薬を躍進させる。すなわち、私が正しいということを証明できるとは思わないか?」
「意味がわかんねーよ。どうしてそうなるんだ」
「人の善悪とは、物事をプラスに導いたものが善となる。いや、そうあるべきなんだ。そうでなくては悪事を裁く理由がない」
「お前の行動は悪だ。その悪をお前自信が正したところで、お前が悪事を働いたことに変わりはないだろ」
「そうとも言うね。でも、それを人が知っていなければ意味がない。悪事は、知られなければ悪事にならない。医療ミスも汚職もドーピングも、バレなきゃ誰も追求しないからね。そういうことだよ」
景は「よいしょ」と立ち上がりドアへと向かった。
「それじゃあ良い夢を」
「良い夢? 俺はまだ眠くないぞ
景が出ていってすぐ、部屋の床の方から白い煙が上がってきた。最初に眠らされたやつと同じような匂いがする。
そんなことを考えた瞬間、急激な眠気がやってきた。
目蓋が落ちてきて思考が中断される。
明日もまた同じように解剖されるのか。
最後に考えたのは、明日への絶望だった。




