十一話
目が覚めると、真っ白い部屋で寝かされていた。首、腕、胴体、足に拘束具のようなものを付けられているらしく体を動かすことはほとんどできなかった。
頭がぼーっとする。そうか、俺たちは騙されたのだ。あの碓氷とかいう男に。
「目覚めたみたいだね」
視界に映ったのは碓氷だった。微笑み、見下ろしていた。
「なんで裏切った」
「裏切ったもなにも、私は最初からキミたちの味方になったつもりはないんだ。ミカド製薬を裏切ってキミの側に立つと本気で思ったかい?」
心底嬉しそうに笑う男だ。腸が煮えくり返りそうになる。
「単身で突っ込んでくるバカがいるとは思わなかったからな」
「それも計画のうちさ。自分の身分を明かして、護衛もつけず、いい人を演じ、半分くらい真実を混ぜてはなせば信じてくれると思ったんだ」
一層、口端を上げた。
「いやあ、上手くいった」
ゾクッと、背筋に冷たい物が走った。
コイツは化け物だ。だが今までの化け物とは質が違う。
最初から、狂っているんだ。
「なにが目的なんだよ」
「そんなの決まってるじゃないか。キミたちの生体を知りたいんだ。私たちが丹精込めて作り上げた被検体たちを真正面から叩き潰すなんて、普通の人間じゃ絶対できないからね」
「解剖でもするつもりか?」
強がりでもいい。少しでいいから笑顔を作るんだ。
「よくわかったじゃないか。でもねえ、キミを最初に解剖するのはナンセンスだ。キミは口が達者なようだし、なにより、そうだな。癪に障る。だからこういうのはどうかなと思うんだ」
碓氷が指を鳴らす。
碓氷の後ろにあった壁が透明化し、向こうの部屋が見えるようになった。
「お前……!」
力を入れても拘束具は外れない。いや違う、そもそも力が上手く入らないのだ。
「楽しいね。キミのそういう顔を見るのは」
向こうの部屋には俺と同じようにして拘束される双葉がいた。全部は見えないが、双葉もこちらを向いている。唇が震え、涙を流していた。口には猿ぐつわのようなものをされている。
「キミはメインディッシュだ。最初はキミの妹からやろう。当然キミには全部見てもらう。当然だよね。自分の妹なんだから、最期の瞬間まで見ていたいと思うのはさ。私も鬼じゃないから、妹がバラバラになる姿をちゃんと見せてあげようと思ったんだ」
「てめえふざけんなよ!」
「ようやく笑えなくなったね。あー、面白い」
「双葉に手を出してみろ! どうなるかわかってんだろうな!」
「その格好で言ってもねえ」
碓氷が手を挙げた。
ぞろぞろと双葉がいる部屋に白衣の男たちが入ってくる。金属製のカートを持った男もいた。
「わかるよね、これからなにが起きるのか」
力さえ入ればこんなところから逃げ出せるのに。
「無駄だよ。神経系の薬をだいぶ投与したからね。普通の人間なら死んでておかしくないんだけどね。やっぱりキミたちも化け物なのかもね」
白衣の男の一人が、カートからなにかを持ち上げた。メスだ。
双葉は俺から視線を外し、そのメスの行方を目で追った。
メスが双葉の腹へと下ろされる。双葉の体がビクンと跳ねた。首には筋や血管が浮かび上がる。
「お前、もしかして……」
「ああ、麻酔かな? するわけないじゃないか。本人の反応を見るのに麻酔は邪魔なだけだから」
ジワリと、涙が出てきた。
どうしてこうなった。化け物を倒してきたからか。ミカド製薬とやりあおうと思ったからか。
それとも、コイツを信じようとしたからか。
何度も何度も、メスは双葉の体を切り刻んだ。
血しぶきが飛び、双葉が首を左右に激しく振っていた。
体が何度も跳ね上がる。
内臓の一部を採取されていた。
そんな様子を、俺はずっと見続けていた。
じきに双葉の動きが止まった。
「ふ、たば……」
「大丈夫だよ。彼女はまだ生きてる。しぶといねえ、とんでもない生命力だ」
「絶対に許さない……!」
「安心してくれていい。一回で終わらせるなんてつまらないからさ」
そう言って、碓氷がどこかに歩いていった。
ガチャリとドアが開く音。
「じゃああとは彼らに任せるとしようかな」
足音、金属音。
俺はこれから、双葉と同じ目に遭うのか。
白衣の男たちが俺を取り囲んだ。
「ちなみに言っておくけどね、私の名前は碓氷じゃないんだよ」
碓氷は出ていく前にそう言った。
「どういう、ことだよ」
ドアの縁に寄りかかり腕を組む。
「免許証の偽造くらいはできるんだよね。そもそもキミ、免許持ってないからわからなかっただろうけど」
「じゃあお前はなにもんなんだよ」
フフッと笑い、胸ポケットから何かを出した。
それは自分のIDカードのようなものだった。
「私の名前は齊間景。齊間十蔵の息子さ」
景は高笑いを残して出ていった。




