十話
夜になって研究所がある山へと向かった。俺もレベルが上がってきたので人一人抱えて走ることくらいはできるようになった。まあ個人的な感情がないわけでもない。俺が碓氷を担いでいかなければフレイアが担いで行くことになるだろう。でもそれはなんだかちょっと嫌だった。
碓氷に案内されて山の中を歩く。最初は山道のような場所だったがどんどんと道がなくなっていく。こうなると碓氷の方も心配だがやはり双葉が心配になる。
双葉の方を見たが「大丈夫」と言いたげに微笑んでいた。あまり過剰に心配しすぎるのもよくないか。
「ここだ」
碓氷が立ち止まってそう言った。
「ここって言われてもな……」
なにもない山の中。前も後ろも右も左も草木しか見えない。
その場でしゃがみこんだ碓氷はスマートフォンを出して操作し始めた。すると地面からなにかの取っ手が突き出してきた。碓氷がそれを握って時計回りに回すと、数メートル先の地面が隆起し、地下への階段が出現した。
「行こう。この先だ」
碓氷が顎で階段を差した。その仕草がどうにもキザったらしく見えてしまう。こんな状況だっていうのに。
足音を最小限にして俺たちは階段を降りていった。
施設の中はミカド製薬の地下と似たような作りになっていた。白い廊下、同じようなドアが並んでいる。きっとこのドアの中でウイルスが製造されていることだろう。
「ここにウイルスがあるんだよな?」
「そのはずだ。私の情報が間違ってなければだがね」
「ここはどれくらいの規模なんだ?」
「詳細は私にもわからないが、齊間景が使った金を考えれば地下二十階ないくらいだと思われる」
「そこまで行くのか……」
「いや、持ち出すことを考えると地下二十階にウイルスを置くとは考えにくい。おそらく十階までの間にウイルスは保管されてるはずだ」
「見当はついてるのか?」
「一応。八階の奥に金庫室がある。私はそこじゃないかと睨んでいる」
「わかった。とりあえずそこに向かおう」
廊下の部屋はガラス張りで廊下からは丸見えだ。だがフレイアがステルスをかけてくれるおかげで問題なく通貨することができる。
碓氷を先頭にして俺たちは八階の金庫室を目指した。用心のため走ることはせず、地形を覚えつつ階段を降りていく。
「さっき金庫室って言ってたけど開けられなきゃ意味がないんじゃないか?」
「いくつか思いつくものがあるから大丈夫だ」
階下に向かう度に、少しずつ明かりの明度が落ちているような気がする。実力行使となった場合に負ける要素はないと思うが、それでも暗くなってくると不安になる。
「真剣な顔つきになっているな。怖いのか?」
碓氷が微笑みながらそう言った。
「怖いわけあるか。ミカド製薬が作り出した化け物と戦ってきたんだぞ」
「それは相手が化け物だとわかっているからだろう? この先になにがあるかわからないとなれば不安にもなる」
「この先にあるのはウイルスだろ。怖くもなんともない」
とは言ったものの、どうしてか胸騒ぎがする。
この施設はウイルスを作っている。しかも最新のウイルスだ。となれば確実に実験体もいるわけだ。ウイルスの投与方法、もとい感染方法は強力になっているだろう。でもウイルス自体だって進化していてもなんらおかしくはない。今までだって俺が強くなっているから倒せたのだ。いつでも楽勝ってわけじゃないんだから、モンスターそのものが強くなっていると考えるべきだ。
この施設には実験体。それも強いやつが間違いなくいる。
六階、七階、そして八階へとやってきた。実験を繰り返している研究者たちを横目にして俺たちは金庫室の前にやってきた。
金庫室の入り口は大きく突き当たりの壁一面がほぼ金庫のドアのようになっていた。
碓氷は「少し待っていてくれ」と金庫の横にある電子ロックに向かった。
何度か試行錯誤を繰り返し、何度もエラー音を聞いた。ちょうど十回目くらいだろうか、金庫の鍵がガチンと開いた。
「行こうか」
碓氷が金庫の取っ手を回し、俺たちがその金庫を引いた。
金庫の中は暗く、なにがあるのか判断できない。
「電気をつけよう」
碓氷の足音が遠ざかり、一分程度経ったあとで電気がついた。
部屋は非常に大きく、おそらくは学校の体育館くらいはありそうだ。高く大きな赤い棚がズラリと並び、その棚にはバスケットボールくらいの大きさの箱が陳列されていた。数え切れないほどの量だ。
「これがそうなのか」
「おそらくな。箱の中に試験管が入っているはずだ」
碓氷が再度近付いてきた。
「でもどうやってこれを処分するんだ?」
たぶん本来は来る前に考えなきゃいけないことだったんだが、あまりにも時間がなくて乗り込んでしまった。
「奥の方に青い棚があるだろう? あの青い棚がワクチンだ。ワクチン兼中和剤といったところだな」
「ワクチンでもあり中和剤ってすごいな」
「ミカド製薬の技術は世界一だからね」
「そうでなきゃ世界で活躍はできないってか」
奥の青い棚へと向かった。
「青い棚のワクチンを赤い棚のウイルスに混ぜればとりあえず仕事は終了だな」
その時、急に目眩がした。
ヒザをつき、呼吸を整えようと何度も深呼吸をした。
「なんだろ、疲れでも溜まってたんかな」
そう言いながらフレイアと双葉を見た。二人はどうしてか仰向けで倒れていた。
「いやあ、さすがに化け物だけあって効きが悪いね」
そう言ったのは碓氷だった。
「どういう、ことだよ」
喋りづらい。なんだか体中が痺れてくるみたいだ。
「ミカド製薬の人間という時点で信頼すべきではなかった。いや、最初はかなり疑っていたね」
「裏切るのか……!」
「裏切ったわけじゃないさ。最初からこうするつもりでキミたちと接触した」
「お前も齊間家の手先だったってこと、か、よ……」
視界が狭くなっていく。体が傾く。頭が床に当たった。が、痛みはなかった。
「おやすみ。私のモルモットたち」
最後に、そんな声が聞こえた。
しかし俺はその言葉の意味を理解できなかった。今はただ眠りたかった。眠れば楽になる。眠ってはいけないとわかっていても、この睡魔に抗うことはできなかった。




