八話
待ちに待った休日がやってきた。向こうの世界で、こっちの世界でと行き来しているせいか精神的に休まることがほとんどない。特に向こうの世界では休日という概念がほとんどないようなものだ。こっちの世界での土日くらいはゆっくり休みたい。
と、こういう時に限ってチャイムが鳴る。
「誰だよ……」
うんざりしながら、けれどドアスコープはちゃんと覗く。昔の俺ならば勢いでドアを開けていた。しかしこっちの世界でもいろいろあったせいでつい身構えてしまう。
ドアスコープには見たことがない中年男性が立っていた。スーツ姿で、今までのミカド製薬の役員を彷彿とさせるなにかがあった。
左手に魔力を込めたまま、そっとドアを開けた。
「警戒しないでもらいたい」
その男は言った。
「警戒する必要があるかないかを知ってるってことは、アンタはいろいろ知ってる人間ってことになるな」
ドアの隙間から男を見れば一枚の名刺を差し出していた。
ミカド製薬代表取締役、碓氷敏也。
「ミカド製薬の社長、なのか?」
一気に体中の血液が沸き立つような感覚になった。無意識にこの男を警戒しているのだ。殺意も敵意もないこの男を、ミカド製薬の取締役というだけで半ば拒絶反応のようになっているのだ。
「正確には違うな。ミカド製薬は大きな会社ゆえ、日本には代表取締役が五人いる。海外にもいるがね。社長のようなものだが、少し違う。このへんは割愛したところなんだが」
「そんなヤツがなんの用だ。一人じゃないんだろ」
「一人だ。自分のオートバイで来たのでね」
確かに、後方には一台のバイクが見える。ここからでもわかるくらい大型のバイクだ。スーツ姿であれに乗ってきたというのも眉唾ものだ。
「で、なんの用事だよ」
「できれば話は中でしたいのだが」
「ミカド製薬の社員を家に入れると思ってんのか?」
コイツはおそらく俺たちのことを知っている。だからこそ警戒されている理由もわかっているし、一人でいることを証明しようとした。つまりコイツはあのウイルスのことも、俺たちがそれを倒していることも知っているのだ。
「キミ……いやキミたちが私のことを不審がるのも仕方がないと思う。だがキミたちに被害を与えるために着たのではないのだ。むしろ逆、だな」
「逆ってどういうことだ? 意味がわからないぞ」
「キミたちに頼みに来たのだよ。今ミカド製薬の中で起こっていることを止めて欲しいとね」
「ウイルスのことか?」
「そういうことだ」
「俺たちがそれを止められると思ってんのか? 俺たちは一般人だぞ。ミカド製薬なんてデカい会社がやってることをなんとかできると思ってんのか?」
「キミたちのことは知っているさ。あの化け物たちを退治したそうだな。それに地下にも侵入した」
「そこまでバレてんのか……」
意外だった。ミカド製薬からのアクションがないからてっきりバレていないかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「地下に入ったことがバレてるのになんでミカド製薬はなにもして来ないんだ?」
「あそこには監視カメラが隠されてるんだよ。当然だとは思わないか? 秘密裏に作られた研究施設だぞ?」
「じゃあ今でも俺たちの映像が残ってるのか」
「いや、もうない」
「ないってどういうことだよ」
「私が消しておいたからな。あの時、私が会社にいてよかったと感謝して欲しいくらいだ」
男が薄く笑った。
「なんで映像を消したんだ? 俺たちはミカド製薬の敵だろ」
「ミカド製薬の敵ではないぞ。ミカド製薬の中の一部の人間がキミの敵なんだ。そして私は敵ではない。間接部署ではあるが、一応あそことは関わりがある。だからここに来たというわけだ」
「情報でも渡してくれるってか? アンタが情報を持っていたとしても、俺がそれを信じるとなぜ思った?」
「キミたちもある一定の情報は入手しているだろう? でも肝心な情報がないから動き出せない。違うか?」
今までの動きを見てきたかのような言い草だ。
しかし、的は射てる。
「なにも言えないってことはそういうことなんだろう。私が出せる情報はすべて出そう。だから話を聞いてはもらえないだろうか」
男は躊躇することなく頭を下げた。
俺たちが化け物を倒したことを知っているのならば、一般人では敵わないことくらいはわかっているはずだ。そんな相手の前で無防備に頭を下げた。
これが、コイツなりの意志の証明ってやつか。
俺はドアを開けて「入れよ」と言った。男は頭を上げて「すまない」と言いながらも家に入ってきた。




