六話
リビングでは双葉がビニール袋の中身を片付けていた。
「フレイアは?」
「お風呂。フレイアさんがいつ帰ってきてもいいように朝お風呂洗ってお湯入れておいたんだ。ちょっと追い焚きするだけで使えるって言ったら飛んでったよ」
「そりゃ風呂には入りたいだろうな」
一日いなかったわけだし。
「そういえばじゅんちゃん、再就職始めたみたいだね」
「そ、そうなのか。そりゃよかった」
これからじゅんちゃんにも気を配らなきゃいけないんだな、そういえば。優帆とじゅんちゃんの両方を守るとなるとかなり難しいがこうなったらやるしかない。二人の命が脅かされるのだって、もとを正せば俺のせいなんだ。
それに困ったら俺が死ねばいいのだ。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
その言葉にハッとした。俺は今、自分が死ねばすべてリセットされることを良しとした。
「いや、なんでもない。部屋にいるからご飯できたら呼んでくれ」
早足で自分の部屋に戻った。ドアに背もたれにして座り込む。
「どうして、そんなこと……」
今までそんなことを考えたことはなかった。どうしようもない状況に置かれて、その上で仕方なく死を選ぶことはあった。でもさっきのは違う。俺は他人が死んだところでリセットされるのだから問題ないって思ってしまったんだ。
最近は特に自分の精神面や思考回路に疑問に思うことが多くなった。
「どうしちまったんだよ俺は」
口には出してみるが誰かが答えてくれるはずもなかった。
途端に怖くなってくる。自分が自分でなくなるような感覚が胸の内で湧き上がってきて、その気持ちを制御できないまま体中を駆けずり回っていくみたいだ。
誰かと話をしている時だけはこんなことを考えずに済む。早く夕食になってくれないかと、俺は自分の顔を両手で覆った。
コンコンとドアがノックされた。「いいよ」と言うとフレイアが入ってきた。
「お風呂開いたよ。次入ったら?」
「わかった、そうする」
立ち上がって廊下に出た。
悩みはいろいろある。ありすぎて困るくらいだ。でもそれをフレイアに悟られるわけにはいかないのだ。考えたくはないが、フレイアもまた魔女派の人間なのだから。
風呂に入ってテレビを見て夕食を食べた。夕食が終わってすぐ、フレイアに言われて会議をすることになった。俺は飲み物を、双葉はお菓子をテーブルに置いた。
「それじゃあこれから重大な話をします」
コホンと、フレイアが咳払いをした。
「ミカド製薬にあった地下の施設はあれで全部みたい。単純にあそこでウイルスを作っていた」
「それは前突き止めただろ?」
「更に地下があったんだよ。でもそこでも結局同じようなウイルスを作っていただけでそれ以上の収穫はなかったよ」
「で、重大な話ってのはそれだけじゃないんだろ?」
「あの薬、最初は人体に直接注射してウイルスを埋め込んでいた。そして次に接触感染や飛沫感染。最終的には空気感染するように仕向けられている」
「それも前回のでわかってる」
「ではなぜそんなことをしているのか」
フレイアがニヤっと笑った。
さすがに前回理由までわかるほどの調査はできなかった。それがわかったとなると、ウイルスを作ろうとした最初の人間もわかるかもしれない。
「理由がわかったのか?」
「ミカド製薬の地下には行ったよね。さらに下に行ってみたんだ」
「一人で行ったのか? そんな危ないことなんでしたんだ」
「イツキにはこの世界での生活がある。それに私一人なら身軽だしね」
「身軽だしってお前なあ……」
「まあまあとりあえず聞きなさいって。最下部にはちゃんとデータも残ってた。どうやらミカド製薬は作ったウイルスをばらまきたいみたい。そしてばら撒こうとしている人間はミカド製薬会長、齊間十蔵」
「会長って、前社長ってことか?」
「そういうこと。パソコンに通信データも残ってたから間違いない。でも十蔵の居場所まではわからなかった。なによりも気になったのが、十蔵の他にも黒幕がいるみたいなんだ」
「黒幕? 十蔵がウイルスをばら撒こうとしてたんじゃ?」
「ばら撒こうとしていたのは十蔵。でも作ろうとしていた人物は違う。ここが難しいところなんだけど、なんでもそうであるように製造元と販売元は違う。その二つの意見が合致してあのウイルスが作られたとなれば、製造元を突き止めない限りウイルスも止まらない」
「ミカド製薬を潰しても第二のミカド製薬が現れる」
「御名答。だから次は十蔵と繋がりがある人物を調べたい。それが、かなり難しいんだけどさ」
今の所齊間十蔵に関する情報はないんだろう。
しかし、新たな進展が物凄い方向に向かってるな。すべての黒幕がミカド製薬であればもっと簡単な話だったのに、こうなると更に深いところまで調査しなきゃいけなくなる。
「近いうちにまたミカド製薬に侵入した方がいいかもしれないな」
「そのへんは私がなんとかする。イツキとフタバは今まで通り生活してて」
「ちょっと待て。また一人でやるつもりか?」
「正直な話、私一人の方が早いんだ。連携を取る時間も必要ないし、逃げるのにも仲間を心配する必要がない。もしモンスターと戦うことになっても問題ないしね」
「そりゃ、そうなんだが」
「心配ないって。大丈夫だから。二人はこの世界で普通に生活して。ここがアナタたちの世界なんだからさ」
その微笑みを前にしてなにも言えなくなってしまった。フレイアが言っていることはすべて正しいからだ。フレイアの方が強いし頭もいい。一人の方がいいのは間違いない。それにこの世界が俺たちの本来いる場所だという点もそうだ。そこまで言われてしまったら、俺は退くしかないじゃないか。
「無事で帰ってきてくれればそれでいい」
「任せて。フタバのご飯も食べたしちゃんとやれる。今日の夜にさっそく出るからそのつもりでいて。窓から出るからちゃんと締めてね」
「ああ、わかった」
そうして今日の会議は終了した。有意義といえるほどの内容ではなかったが、一応今後の方針が決まったということでいいだろう。




