三話
ドアを開けると靴が二足。双葉とフレイアだ。
茶の間に入ると二人がテレビを見ながらお菓子を食べていた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ああ、ただいま」
「今言うんじゃなくてドアを開ける時に言いなよ」
なぜかフレイアに怒られた。
「まあいいじゃないか。結果はどうだったんだ?」
「だいぶ前のめりだなあ。そんなに気になる?」
「気になるに決まってるだろ。で、どうなんだよ」
「問題なし。フタバちゃんを襲った連中も、ユウホちゃんを襲った連中も記憶の改竄はできた。もう狙われることはないよ」
「そうか、よかった……」
気が抜けたらドッと疲れが出てきた。いや、気を張っているつもりはなかったのだが、優帆が狙われなくなったとわかっただけで身体の中からなにかが抜けていくようだ。
「安心しきった顔しちゃって、そんなにユウホちゃんのことが大事なの?」
ニヤニヤしながらフレイアが茶化してくる。このもやもやした気持ちはなんだろう。今すぐにでも「俺はフレイアが好きだ」と伝えたい気持ちと「そんなことできるわけがない」という気持ちがせめぎ合っている。せめて優帆に気があるという部分だけでも誤解を解きたいところだ。
「そりゃ、幼馴染だからな」
「ホントにそれだけ?」
「それだけだって。他意はない」
これ以上言及されると面倒だ。さっさとリビングを出て自室に向かった。
「おい! 逃げるんじゃない!」
「逃げてないよー」
この時間だと双葉が風呂を沸かしておいてくれているだろう。自室でスウェットに着替え、風呂に入ることにした。
身体を洗って湯船に浸かる。磨りガラスの向こう側に人の影が見えた。
ドクンと、心臓が脈った。浴槽の中で立ち上がり身構える。風呂場で襲われことがあるせいか、視認できない存在を確認できないと安心できない身体になってしまったのだろうか。
「フタバちゃんがお風呂上がったら夕食だって」
「あ、ああわかった……」
人影が遠ざかっていく。フレイアの気配がなくなったのを感じて浴槽に座り込んだ。
双葉かフレイアに決まってるじゃないか。なにを警戒してるんだ。なにを、安心してるんだ。
浴槽のお湯をバシャバシャと顔にかけた。
最近は特におかしい。戦うことが少しだけ楽しく感じたり、ひりつくような殺気にゾクゾクしたり、少しでも怪しいところがあれば身構えたり。異世界に転生した時なんて人を殴るのだってモンスターを殺すのだって初めてだった。気配とか危険予知に関しては慣れてきたと言えば聞こえはいいが、ちょっと神経質すぎる気もする。
戦うこと、殺すことに関しては正直よくわからない。相手が強かろうが弱かろうが興奮しているのは間違いない。相手が強ければ強いほど胸が高鳴るのも感じる。あの時だってそうだ。ここに来る直前、ルイと対峙した時だって少しだけドキドキしてたんだ。あんな状況じゃなかったらよかったのになんて、今でも考えてしまう。
「アホくさ……」
単純に俺が普通じゃなくなったってだけの話だ。現実がどうとか異世界がどうとか、実際そんなこと関係ないんだ。
と、思いたい。
風呂から上がって食事をし、みんなでテレビを見ながらお菓子を食べる。異世界でのストイックな生活から帰ったからか、割りと自堕落なこの生活は心に潤いを与えてくれるようだ。
十時を過ぎたあたりでミカド製薬のことを調べに行くとフレイアが出ていった。俺も行くと言ったのだが、学校もあるし、双葉や優帆のことを頼むと言われてしまえば断るわけにはいかなかった。
「おやすみ、お兄ちゃん」
「ああ、おやすみ」
十一時前に自室に戻ってベッドに入る。自分のベッド、一人用の部屋なのになぜだか少しだけ寂しく感じる。フレイアがいないことなんて多かったのに、どうして今になってこんな気持ちになるのかわからなかった。
目を閉じて眠気がやってくるのを待った。
そうして、少しずつ微睡みがやってきたころに気づいた。俺は寂しいんじゃない。不安なんだ。心配なんだ。ちゃんと帰ってくるかどうかわからないから。
でもきっと彼女は帰ってきて、いつもみたいに笑顔を見せてくれるに違いない。心配ではあるが、信頼しているからこそこうやって眠ることができる。
早く朝になれ。そうしてまた彼女に会うのだ。そうすればこの不安は杞憂に終わるのだから。




