二話
授業を受け、休み時間にはたっつんやサダとくだらないやり取りをして、昼食を食べて。優帆の方は双葉とフレイアがなんとかしてくれるだろうし安心して過ごせる。たっつんにもサダにも「今日は優帆とアイスを食べに行く」と言ったらからかわれてしまった。幼馴染なんだからそれくらい問題ないはずだ。
それにしても最近は妙に距離が近い気がするな。ほとんど顔を合わせなかった時間があるとは思えないほど仲は良好だ。それが逆に怖いくらい。最初はツンケンしていた優帆の態度もだいぶ良くなってきた。ただ、どうしてそうなったのかまではよくわからないままだ。
放課後を迎え、下駄箱までやってきた。
「遅い」
すでに優帆が待っていた。基本的に時間には正確なんだよな、コイツ。というか服装以外に乱れたところは特にない。成績だって悪くないし、悪いことは悪いと言える。俺に対しての態度はまあ、あんまり良いものとは言えないけれど。
「トイレ行ってただけだろ」
「我慢しろ」
「鬼か」
靴を履き替えて昇降口を出た。教室までは別々に行くのに昇降口から一緒に帰るっていうのも不思議なもんだ。
「ミャーコから割引券もらってきた」
ビシっと割引券を見せつけてくる優帆。非常に嬉しそうだ。ミャーコっていうとあのツインテールの派手な子だな。まあ優帆の友人は基本派手なのだが。
「30%割引か。新しい店舗の割には太っ腹だな」
「新しい店舗だからこそ、こうやって割引券を配ってるのよ。そうやって固定客を増やしていくわけ」
「よく考えるよな、そういうの」
「商売は戦争だもの」
「なんでお前が威張ってんだよ」
「別に威張ってなんていないけど」
頬を膨らませながら割引券をバッグにしまった。でも不機嫌になったというわけでもなさそうである。
「でもいいのか、俺なんかと一緒で」
「は? 行く人がいないから仕方なくアンタと一緒に行くのよ」
「そうなんだろうけど、それにしたって他にも友達はいるよなーと思って。男友達だっているだろうし」
「男友達……いないことはないけど、そんなに親しくはないかな。ミャーコたちはよく遊んでるみたいだけど、私は男子にはあんまり興味ないし」
「だから彼氏も作らないのか?」
「必要ないから。告白されても困るし、今は女友達と遊んでるのが楽しいから」
「お前らしい意見で安心したわ」
「どういう意味よ」
こんな見た目だし、俺が知らないところで男遊びもしてるんだろうと勝手に決めつけていた。
と、そこで気づいてしまった。俺は間違いなくホッとしている。優帆に彼氏がいないことは知っていたし、見た目は派手だがそこまで遊んでいないこともわかっている。それでもなお、本人の口から聞いて安心したんだ。
俺は優帆を意識しているのか。いや違う、そんなわけない。彼女は幼馴染で、友人で、家族みたいに思ってるから安心しただけだ。
きっと、そうに違いない。
隣を見ると優帆が前を向いて歩いている。いつの間にか身長差ができた。俺の身体は男の子から男になって、優帆の身体は女の子から女になった。小さいころはほとんど変わらなかったのに、年月と共に様々なものが変わっていく。
「ん? なによ」
下から睨まれて、なぜかわからないけどドキッとした。
「そ、そういや化粧朝より濃いな」
咄嗟に出た言葉がそれだった。
「何回か化粧直ししてるからね」
「朝もトレイ行ってたしな。でもそんなに気合い入れて化粧しなくてもいいんじゃないか?」
「アンタにはわからない女子のたしなみっていうのがあるの」
「朝だって化粧してただろ。あの程度でいいんじゃないかってことだよ」
「ホントわかってないわね、化粧もおしゃれなの。そう考えれば納得できるでしょ?」
「でもゴリゴリに化粧すればおしゃれかって言われるとそうでもないだろ? お前は薄化粧の方が似合うと思うけどな」
「似合うって、どういう意味よ」
「どういう意味って言われても……」
これは傍から見れば「お前は化粧をしなくても可愛い」と言っているように聞こえないだろうか。
「まあ、いろんな意味でだよ」
「ちゃんと言いなさいよ」
「お、アイス屋が見えてきたぞ」
はぐらかすようにして駆け出すと「もう、なんなのよ!」と優帆が追いかけてきた。
化粧なんてしなくても、きっと優帆は可愛いと思う。それは幼馴染としての贔屓目だとかそういうんじゃなくて、一人の男として見た場合にそう思うだけだ。
男として、優帆のことを見ているのか。自覚してしまうと気恥ずかしくなる。意識してしまうとどう接すればいいかわからなくなる。
店内では女子高生たちが並んでいた。俺たちは最後尾に並び、十分後にアイスを買った。テイクアウトで、カップを持ってそのまま外に出る。店内は女子高生やらカップルやらが多すぎていたたまれなくなったのだ。
「うん、美味しい」
優帆は嬉しそうにパクパクとアイスを口に運んでいた。確かに美味い、それは間違いなかった。
だが俺はそれどころではなくなっていた。
アイスを食べる優帆の横顔を見ていると、本当の自分の気持ちがわからなくなってくるのだ。
ぐるぐると頭の中を駆け巡る思考に答えを見つけられないまま、アイスを食べ終わり、自分の家まで帰ってきた。その間にした優帆との会話もよく覚えていない。
「ねえ」
優帆が立ち止まった。振り返ると、少しだけ頬が紅潮しているように見える。
「どうした。もうちょっとで家だぞ。暑さにでもやられたか?」
「そういうんじゃないけどさ」
視線をそらしてもじもじしている。いつもの優帆であれば言いたいことなんてズバッと言ってくるはずなのに。
「言いたいことあれば言えよ。気持ち悪いだろ」
「気持ち悪いとはなによ。ただ、最近なんか悩んでるみたいだから」
そっぽ向いたまま彼女は言った。いろんな出来事があったし考えることも多かった。でも優帆にまで気を使わせることになるとは情けないな。
「大丈夫だよ。なんでもない」
「ホントに?」
「ホントだ。だから気にすんなって。それにお前に心配されると気持ち悪いからな」
「ムカつくヤツ」
自宅へと駆けていった優帆。家に入る前にこちらを見て中指を立ててきた。そして、そのまま家へと入っていった。
「行儀悪すぎだろ」
まあ、そんなところもアイツらしい。
たっつんやサダがいてくれると、俺はこの世界に戻ってきたんだって実感できる。どうということはない普通の日常の中にいるんだって実感できる。
でも優帆はちょっとだけ違う。アイツがいてくれると、この世界に戻って来なくちゃって思ってしまうんだ。派手で横暴でうるさくて、それでもそんな女と同じような時間を生きてきた。幼馴染とかいうどうすることもできない腐れ縁があって、イヤになった時期だって当然あった。
それでもアイツがいない「現実」は「現実」じゃないから。それに俺の近くにいるからという理由で危険に曝されることだってある。俺が引き起こしてしまったであろう危険から優帆を守れるのは俺だけなんだ。
だから、帰ってこなきゃっていう気持ちになるんだ。




