一話
意識が浮上してきた。起き上がると自分の部屋。幾度となく経験してきた現実世界へと回帰だ。
頬を二度叩く。メリルのこと、クラウダのこと、異世界のことと考えなきゃならないことは山程あるが、現実世界でもやらなきゃいけないことはあるんだ。
第一に優帆の命を守ることだ。今日、優帆は車で攫われることになってる。まずはそれを止めて、同時に男たちに二度とそういう気を起こさせないようにしなきゃならない。誘拐されたところに飛び込んで助けてもいいんだが、正直優帆が攫われること自体が気に食わない。優帆が怖がるところも見たくないし、アイツがそれによってトラウマを植え付けられる可能性があると考えたくない。だったらアイツらが行動を起こす前に潰すしかない。その潰す方法が浮かばないのが歯がゆいところではある。
「ん……おはよう、イツキ」
隣でフレイアが目を覚ました。頭を抱えているところを見るとやはり頭痛がするんだろう。
「ちょっと待ってろ、今頭痛薬と水持ってくるから」
「うん、ありがと」
階下に降りて菓子パンと頭痛薬と水を持っていった。フレイアはゆっくりと菓子パンを食べ、それから薬を飲んだ。
「今日はどうする?」
「優帆を攫うだろうヤツらを見つけ出してなんとかしなきゃならない。でもその方法が見つからないんだ。力ずくで言うことを利かせるくらいしかないかな」
「時間さえかければ記憶操作くらいならできないこともないけど」
「できるの? え? 初耳」
そういうのはもっと早めに言って欲しかった。
「でも私は補助魔法が得意じゃないから時間がかかる。あ、フタバちゃんの力を借りればなんとかなるかも」
「双葉が? 確かにアイツ補助っぽいもんな」
「フタバちゃんは魔法の才能あるよ。レベルが低いだけでね。だからこの件は私とフタバちゃんに任せてもらってもいい。イツキはいつもどおりに生活して」
「まあ、フレイアがそう言うなら」
「わかったならさっさと支度して。学校、行かなきゃな」
ヘヘッと、フレイアが歯を見せて笑った。この顔をされるとどうしても反論できなくなってしまう。
双葉はフレイアの手伝いをするために学校を休むようだ。
朝食をとって玄関に向かう。
「いってらっしゃい」
「気をつけて」
二人に見送られて家を出た。今日もまた暑くなるんだろうなとため息をつくと、向こうから足音が聞こえてきた。まあ、見なくてもだいたい誰かはわかる。
「アンタも登校?」
「見りゃわかんだろ」
もう一度ため息をついて学校に足を向けた。背後から聞こえてきた足音は若干速度が上がり、気がつけば優帆が隣に来ていた。
「顔色、あんまりよくなさそうだけど」
「ただの寝不足」
「ゲーム?」
「そんなところだ」
こっちの世界ではちゃんと寝たはずなのだが、精神的なダメージが身体に直結しているせいか少し身体が重い。
「ゲームで夜ふかしして休むのはさすがにないわね」
「そうだろ。だから仕方なく行くんだよ」
そうだ、仕方ないんだ。俺はコイツについててやらなきゃいけない。なにが起きるかわからないから優帆の近くにいる。今起きていることは普通の人間にはどうすることもできないのだ。屈強な男だろうがなんだろうがモンスター相手には勝てない。身体を鍛えてなんとかなる相手なら俺だって無理して学校なんかにいかない。
もしかして、俺は今日優帆のために学校に行くのか。いや、間違ってはいないがこれは仕方なくだ。仕方なく学校に行くのだ。
「ねえ、聞いてるの?」
と、優帆が顔を覗き込んできた。なんだかいつもより化粧が薄いような気がするんだが気のせいか。
「なんだよ、急に前に出てくんなよ」
「駅前に新しいアイスのお店ができたんだって」
「だからなんだよ。今日も暑いし友達と行ってこいよ」
「アイツらはもう行ったんだって。なんか出かけた先で偶然会って食べたんだって」
「じゃあもう一度行けばいいだけじゃねーか」
「アンタどうせ暇でしょ? だったら学校帰りに付き合ってよ」
「どうして俺が……」
アイスは食べたい。でもなんでコイツと行かなきゃいかんのだ。イジられて腹を立てながら食べるアイスなんぞごめんだぞ。
「いい? 今日の放課後だからね」
「おいおいおい、なんで決まってんだよ。了解してねーよ」
「拒否権があると思ってるあたりが浅はか」
「俺はお前の奴隷じゃないが」
「アイス食べたくないの?」
「こんなに暑いんだからアイスは食べたい」
「じゃあいいでしょ」
「いいとは言ってない」
「奢ってあげるから」
「じゃあ行く」
「なんなの……」
そりゃ奢りって言われたら行くに決まっている。そして美味しかったらフレイアと双葉を連れて行ってやりたいしな。まあ開店直後で混んでるかもしれないがそれは仕方ないだろう。
「下駄箱で待ってればいいか?」
「そうしてちょうだい」
わかっている。優帆は俺と噂になんてなりたくない。だから教室や廊下から一緒に帰ることはない。俺と優帆が幼馴染であることを知らない人間から見れば、男女ペアで帰っていれば恋人に見えてもおかしくない。
だから俺は優帆が言うとおりにするのだ。彼女の命令に従っているつもりはない。ただそれで優帆の立場が守られるのなら俺がとやかく言うことではない。優帆はスクールカーストという概念でいけば上位にあたり、俺はきっと中位から下位に位置する。俺が優帆の立場であればその地位を失いたくない。
相手が幼馴染であっても、だ。
学校に到着し、優帆は教室には向かわずトイレに行った。化粧を直すと言っていた。一応化粧はしていたと思うが女の化粧というのはよくわからん。




