最終話
訓練所を出て廊下を走り抜けた。二段飛ばしで階段を登り、そのままクラウダの部屋の前までやってきた。
俺の顔を見てアニスが静かに一礼した。
「お疲れ様ですイツキさん。クラウダ様になにか?」
「ああ、聞きたいことがある。会わせて欲しい」
「しかし今は――」
その時、クラウダの部屋のドアが開いた。ドアを開けたのはノーラだった。
「入りな。クラウダ様が呼んでる」
「でもノーラ!」
「いいんだ。魔女の意思だ」
顎で指示され、ノーラに導かれるようにクラウダの部屋に入った。
「おやおや、汗だくだな。訓練は大変だったか?」
クラウダがティーカップをテーブルに置いた。今日はベッドではなく、窓際のイスに座っている。
「今日は体力テストだけらしいけど、それでもキツイよ」
「これからもっとキツくなるからな、覚悟しておいた方がいいぞ」
「ああ、そうだな」
歩み寄り、クラウダの前に立った。
「今日はなんの用だ?」
横目で俺を見た。その眼光は鋭く、老いているということさえも感じさせないほどの威圧感があった。
「聞きたいことがある」
「またかい。知識欲に溢れてる若者は嫌いじゃないが、今度は私以外の人間に訊いてほしいものだね」
「いいや、アンタじゃなきゃダメなんだ。アンタの口から聞かなきゃ納得できないんだ」
「それほど切羽詰まってるってことかい。いいよ、聞いてやる」
指を組み、穏やかに微笑んだ。その姿を見て怒りがこみ上げてくるようだった。
俺の心中など知ったことかとこんな顔をしているのが気に食わなかった。
「昨日、アンタは言ったな。レッドハウスを見つけるのは困難だって」
「確かに言ったね」
「魔法やスキルがあるから特定が難しいんだって」
「それも言った」
「でもアンタはこうも言ったぞ。特殊能力あるからって」
「それがどうしたっていうんだい。おかしなことはなにもないだろ。そういう世界なんだから」
「おかしいだろ。この世界は魔法があって、スキルがあって、モンスターがいる世界なんだよ。それがあって当然の世界だ。だったら特殊でもなんでもない。それが普通じゃなきゃいけないんだ。特殊能力なんて言い方はおかしい」
「そんなのは言い方一つだろう」
「いや違うな。アンタのあの言い方は「魔法やスキルが特別な物だ」って言い方だ。魔法が手足のように扱える世界で、アンタはそれを特別扱いしたんだ」
「それがなんだって言うんだ。魔法を満足に使えない人間だって多く存在する。それならば魔法を特殊な能力だと言ってもおかしくはない」
クラウダの顔から笑みが消えた。
「アンタは、なにを隠してるんだ」
俺はいつまで彼女の眼光に耐えられるだろうか。冷たく鋭い眼光を向けられて、今すぐにでも顔をそむけてしまいたくなる。それでも逃げるわけにはいかないんだ。
「少しだけ、甘く見てたかもしれないね」
再度微笑んだクラウダがゆっくりと立ち上がった。
次の瞬間、ヒュンという風切り音がした。
クラウダの額には一本の矢が刺さっていた。半透明な矢だった。
彼女の身体が崩れ落ちる。けれど、俺はその体を支えることよりも振り返ることを優先した。
「やあ、久しぶり」
そう言いながら、そいつはノーラの首をへし折った。
「ルイ……!」
「そんな目しなくてもいいじゃないか」
ルイの顔がどんどんと紅潮していく。
「ゾクゾクするじゃないか」
一足飛びで懐に潜り込んだ。勢いを殺さずにアッパーを放つがルイはへらへらしながらそれを避けていた。
俺は何度も拳を振るうが、ルイには笑いながら避けられてしまう。
廊下に出るとアニスが床に転がっていた。腕、脚、首を胴体から切り離されていた。
「どうしてこんなことができるんだよ……!」
「ああ、その子? 喉を掻き切ったんだけどね、それでも涙ながらにドアを死守してたから。勢い余って腕を脚を切っちゃったんだよね」
ヘヘッと、嬉しそうに笑った。
「なにがしたいんだよ、お前」
「なにがってほどでもないよ。あー、でも今日はやることが決まってる」
人差し指を俺に向けた。
「キミを奪いに来た」
ガキーンと、大きな金属音が階下から聞こえてきた。それから数秒と経たずにたくさんの金属音、人々の叫び声、ガラスが割れる音が聞こえてきた。
「デミウルゴスが入ってきたのか」
「そういうこと。全部全部、キミのためだからね」
本当に嬉しそうに話をするルイを見て、嫌悪と同時に恐怖がやってきた。
本能で理解したのだ。この男には俺の言葉は通じない。意思疎通というものが、俺とルイの間では絶対に成り立たないと。
「俺を殺すのか」
「殺す? そんなもったいないことしないよ? キミはアイオーンだからね」
「アイ、オーン……?」
足音が階段を登ってくる。これは魔女派の人間たちのものじゃない。きっとデミウルゴスの連中だ。
「だからキミは殺さない。生かしておくんだ。腕をもいで脚を切り落として、それでも生かしておく。それがデミウルゴスの掟だから」
ルイが一歩前出てきた。アイツの後ろからは鎧を着込んだ兵士たちが階段を上がってきた。見たことがない鎧だ、間違いなくデミウルゴスだろう。
俺が取れる行動なんて多くない。ここで捕まったらなにをされるかわからない。それこそ自害さえもさせてもらえないだろう。
ルイが一歩前に出れば俺は一歩下がる。そうやって、少しずつだが壁の方へと押しやられていった。
「さっきのは抵抗した場合の話だから安心してよ。抵抗さえしなきゃ丁重に扱うから。デミウルゴスの王として、ね」
「嫌だね」
「どうして? 人々はキミに傅くよ?」
「お前達のやり方が嫌いだからだよ」
「じゃあどうする? 戦う? で、結局捕まると思うんだけどな。キミはボクには勝てないと思うし」
「だろうな。でも戦う気もない」
「じゃあどうするつもり?」
「こうするのさ」
一瞬で脚に魔力を集め、また一瞬で窓に向かって突っ込んでった。
力加減を間違えたせいかかなり跳んでしまった。だが城の最上階から飛び降りるのだ、地面に直撃すれば生きてられないだろう。
窓の向こうを見ればルイが苦い顔をしているが、俺はヤツに向かって笑ってやった。お前はこれから俺がどうなるか知らないだろ。次会った時は覚えてろよ。
しかし、下にはたくさんのデミウルゴスの兵士がいた。魔法を使われたらこのまま死ぬこともできないかもしれない。
「覚悟はできてるね」
声が聞こえた。
顔を横に向ければフレイアと双葉がいた。
「お前ら、なんで……」
「待ってたんだよ。クラウダの部屋には行かれなさそうだったし、イツキならこうするかもって思って」
「これしか方法がなかった」
「ああ、これでいいよ。それにクラウダも死んだんだろ。じゃあ、こうするしか方法がない」
フレイアが槍を振りかぶった。
「来いよ」
「言われなくても」
突くのではなく切った。俺の胴体を真っ二つにするように、その槍が振り下ろされた。
ピリッとした痛み。それが激痛に変わって、視界がズレる。そのままなにも考えられなくなった。
景色は見えている。フレイアのことも双葉のこともわかる。でもこの状況やこれからのことなんかは考えられなかった。
そして、俺の意識はなくなった。
【to the next[expity point]】




