十話
仕方なく部屋に戻った。暗い部屋の中でベッドに腰掛けて思考を巡らせる。
メリルは経験値になった。俺の経験値だ。
ライセンスを見ればレベルが上昇していた。現在のレベルは105だ。いつのまにかレベル100を超えていた。そういえばエドガーとも戦っているのでそのせいかもしれない。スマートフォンを見る習慣はあるけどライセンスを見る習慣はないので、これからはマメに確認した方がいいかもしれない。
でもクラウダはレベルを上げるための経験値という意味ではなく、人生として経験値のようなことを言っていた。
人の死を看取ること、親しい人を殺すこと、そういうことを経験しておけということなのか。そんな経験したいわけないだろ。
「したい、わけがないだろ」
そうだ、したくないのだ。
俺は人を殺したくない。それが親しい人間であれば当然だ。親しい人間の死を見るのでさえ嫌なのに、どうし俺がこの手で殺さなきゃならないんだ。
しかし、俺が自分の手で誰かを殺すことそのものに意味があるのだとしたらどうだ。それ自体が経験になるんじゃないのか。やりたくないことをやる経験。人を殺す経験。
親しい人を、失う経験。
「なんでそんなこと……」
コンコンと、ドアがノックされた。こういう時にやってくる人物は二人しかいない。
思考を止めるのはイヤだったが対応しないわけにもいかないだろう。
「どうぞ」
ドアが開いて部屋に入ってきたのはフレイアだった。
「どう、調子は」
彼女は近づき、俺の横に座った。
ギシっとベッドが揺れた。
「気分は良くない」
「当然だよ」
「メリルがああなったのもそうだし、メリルを殺したのが自分だっていうのもうんざりする。どうしてこうなっちまったんだ」
頭を抱えると、フレイアが肩を抱いてくれた。
「もう、大丈夫だから」
「大丈夫なもんか。もうメリルは戻って来ない。やり直すこともできないんだ。双子の時みたいに、死んで蘇らせることができない。彼女はもう、この世にいないんだ」
涙を堪えきれなかった。
「俺が、殺した」
一度ダムが決壊すれば激流を止めるものはなにもない。せき止められていたものは膨大で、簡単に制御できるものではないのだ。
「仕方なかったんだよ。誰かがやらなきゃいけなかった」
「笑ったんだよアイツ。笑いながら俺に殺された。たぶんああなることを知ってたんだ。知ってたのに、ああなる道を選んだ」
「それが彼女の意思ってことなのかもね」
「どうしてメリルは俺に殺されることを選んだんだ?」
「それは私にもわからない。でも殺されるならせめて好きな人にって思う乙女心なんじゃない?」
「お前、それ……」
フレイアも知っていたのか。メリルが俺のことを好きだって。
「メリルに言われたことがあるんだ。私はイツキさんを諦めませんよって。身よりもなくて、友人もいなくて、両親もわからなくて。その中でもイツキの存在は特別だったんだと思う」
「だから俺に殺された……?」
「他の誰かに殺されるよりもいいって考えたんだよ」
「そんなの、そんなのって」
身勝手だ。あまりにも独りよがりで、こっちのことなんてなにも考えてない。
それでもメリルを責めることなんてできなかった。
だってアイツは、こうなる未来を知っていたんだから。その上で俺に殺されることを選び、モンスターになった。
「こういう経験も時には必要なんだよ。だからさ、もしも私が死にかけたり、足手まといになった時は、その時はイツキが私を殺してね」
「なんで今そんなこと言うんだよ」
「大事な人に殺してもらいたいっていう歪んだ乙女心かな」
「イヤだよそんなの……二度とごめんなのに…… 」
きっとその時になったら俺はフレイアを殺すんだろう。
なぜか。
決まっている。俺がフレイアを好きだから。最期になるなら彼女の願いを叶えたいと思うからだ。
想像するだけで辛くなる。何度も見てきたフレイアの死。それを自分の手で行う日が来ると考えると更に涙がこみ上げてきた。
思わずフレイアに抱きついた。
「おーおー、泣きたいだけ泣けばいいさ。そういう日も、時には必要だよ」
背中を撫でられると気持ちが落ち着いてくる。それでも感情のうねりを制御することができず涙が出てきた。
フレイアの心臓の音が心地よかった。
背中に、頭に、腕に。彼女の温かな手が俺の体をなでてくれる。
この感じ、どこかで……。
そんなことを考えているうちに微睡みに包まれていく。温かく、甘い匂いがする。
ふと優帆の顔が瞼の裏に浮かんだ。どうしてこんな時にと思ったが、深く思考するだけの時間は残されていなかった。
ゆっくり、ゆっくりと意識が沈殿していく。
今はもう寝てしまおう。それが一番の逃げ口だと知っているから。この眠気に、身を任せてしまおう。




