九話
深呼吸を何度か繰り返し、俺は自室を出た。ステンドグラスから差し込む月明かりが綺麗だった。
階段を登り、部屋の前までやってきた。ノックをすると「どうぞ」と声が聞こえてきた。
部屋の中に入るとベッドの上で上体を起こし、本を読んでいたであろうクラウダがこちらを見た。
「来ると思っていたよ」
「予知能力か?」
「そういうんじゃないさ。昼間のことで訊きたいことがあるんだろう? 私が言った爆弾という意味を問うためにここに来るだろうなと予想していた」
「わかってるなら話は早い。アンタはなにを知ってるんだ? デミウルゴスについて、メリルについて知ってることを教えてくれ」
クラウダは深くため息を吐いた。
「そうだな、メリルには思い入れもあるだろうし説明はしてやろう。メリルが育った施設は通称『レッドハウス』だ。レッドハウスは子供たちをデミウルゴスの駒として育成する場所だ。しかし育成された子供たちが長く生きることはない」
「戦って死ぬからか?」
「そうじゃない。元々短命なんだ。デミウルゴスの上層部しか知らないが、レッドハウスは元々ある人間のクローンを製造する場所だった。結局完璧なクローンを作ることが困難であり大量生産ができない。そこで出来損ないのクローンを戦力として使うことになった。主な役割は、自爆行為」
「メリルみたいにか。でもメリルは自爆っていうかなんていうか、モンスターになったんだぞ? どこが爆弾なんだ」
「人々が生活する町の中でいきなりモンスターが出現したらどうなる? モンスターはダンジョンの中にしか存在しないのに、だ」
「戦闘能力がない一般人は殺されるだけ……」
「そうだ。爆弾と言っても差し支えないと思わないか?」
「だったら早くレッドハウスを見つければいいだろ。そうすればモンスターの被害に怯えることもないし、子どもたちがモンスターになることもない」
「できたらやってる。魔法やスキルという特殊能力がある以上、それを困難にしている人物がいるんだよ。難儀な世界だ」
またため息をついたクラウダ。本当に見つけられないのだろうとすぐにわかった。
怒りがこみ上げてくる。コイツはメリルがモンスターになることを知っていたのだ。知っていてなんの対処もせずに生活させてた。メリルがモンスターになれば兵士が殺されることもあっただろう。それらの事象を想定しながら傍観し続けたのだ。
「メリルのことを知りながらなんで対処しなかった」
「対処できないからだ。あそこまで育ってしまったら、もうモンスターになる道しかない」
「どうにかして抑えることもできただろ。モンスターになるまでの時間を延長するとか、メリルを隔離するとか、方法はいくらでもあったはずだ」
「そうしようと思ったさ。だから彼女を呼び出して話をした」
「今の話をメリルにもしたのか?」
「したさ。彼女がここに到着した夜にな。そしたら彼女はこう言った。このままにしておいて欲しいと。そうすればきっと、ある人が私を救済してくれるからと」
「ある人? 救済? アイツは一体はなにを――」
その時、メリルの最期の姿を思い出した。
アイツは兵士を誰一人として殺さなかった。最期まで自我を保とうと足掻き続けて、俺と言葉を交わしていた。
そして俺が殺した。
「アイツを救済する人物は、俺か?」
「そういうことだ。メリルは最初からお前に殺されるつもりだったんだ。この世界で生きるために、経験値となったのだ」
怒りが脳天を突き抜けるようだった。
「ふざけんじゃねーぞ! 経験値だ? メリルは死んだんだぞ!」
「それが彼女の望みだ」
「んなわけねーだろ! まだ十代だ! デミウルゴスから開放されて、これから新しい人生を歩もうとしてたんだぞ! それをそのへんのモンスターと一緒にすんじゃねーよ!」
「確かに、私の言い方が悪かった。では言わせてもらうが、モンスターにはモンスターの人生があるとは思わないか?」
「なに言ってんだ? 今はそんなことどうだっていいだろ」
「よくはない。考えたことはないか? 人がモンスターに変貌する姿を見て、他のモンスターも人から変化した姿かもしてないとは思わなかったか?」
「そんなこと思うわけないだろ。どうかしてる」
「そうか。そうなんだな。お前は人生を俯瞰し、物事を考える気はないんだな」
「アンタはなにを言ってるんだ? 俺になにを考えろっていうんだ?」
「メリルのことは申し訳なく思う。しかしこれも重要な経験なんだ。さっきも言ったが、彼女は経験値になったのだ。経験値とは文字通り、その人間の経験となるもの、経験の糧だ。お前が吸収するための、成長するためのものなんだ」
「経験値っていう言い方をやめろよ」
「今はまだ頭に血が登っているからわからないのかもしれないが、もう少しちゃんと考えてみるといい。メリルの死を無駄にするなよ」
クラウダは「すまないが疲れた」と横になってしまった。これ以上会話するのは難しいだろう。最初に会ったときから調子はよくなさそうだったし、一億歳という年齢はいくら魔女であっても重いものなのかもしれない。




