八話
角を曲がると、兵士たちに取り囲まれたメリルの姿があった。
「メリル!」
駆け寄って兵士たちをかき分けていく。
「どいてくれ! 俺はそいつにようがあるんだ!」
兵士たちは俺を止めようとはしなかった。俺とメリルが対峙するのに数秒もかからなかった。
「その子は元々、時限爆弾として作られたんだよ」
向こう側の長い階段からクラウダが声をかけてきた。
「時限、爆弾……?」
「モンスターへと変貌して人々を食い荒らす、そういう時限爆弾だ」
メリルを見た。彼女は自分自身を抑えているのか、ブルブルと震えながら涙を流し続けていた。
「お前は、知ってたのか?」
「知ラナイ。デモ、コウナル気ハ、シテタ」
「だから昨日、あんなことをしたのか?」
「ワカラナイ……ワカラナイ!」
メリルの周囲に火の玉が出現し、それが無作為に飛んでいく。壁に、廊下に、兵士に当たって爆発を引き起こす。あっという間に兵士たちが吹き飛んで、俺とメリルだけになった。
「なあクラウダ。コイツを元に戻す方法はないのか」
「こうなってしまった以上、どうすることもできない」
「殺すしかないのか」
「そうだ。殺すしかない。今すぐに」
メリルが俺に向かって歩いてくる。一歩、二歩、三歩。その瞳に敵意はまったく感じられない。
「イツキ、サン」
彼女が右手を伸ばしてきた。
「私ヲ、殺シテ」
「なんで俺に言うんだよ。もっと苦しまずに殺してくれる人はいっぱいいるだろ?」
「アナタガ、イイノ。アナタジャナキャ、ダメナノ」
「なんで俺なんだ? 俺はお前より弱い。優柔不断で、一人じゃなにも決められない」
「ジャア、今決メテ」
彼女は両腕を伸ばした。やってくれ、という意味だとすぐにわかった。
俺がメリルを殺すのか。
ここで殺さなかったらどうなる。
決まってる、誰かが手を下すに違いない。
「できねーよ、そんなこと」
「最期ノオ願イ。聞イテ、くださいませんか?」
少しだけ、モンスターとしてではなく人としてのメリルが帰ってきたような気がした。
「アナタじゃなきゃ、イヤなんです」
ぽたりぽたりと、涙が床に落ちていく。
どうしてこうも無力なのか。俺のことを好きだと言ってくれた女の子さえも守れないのか。守らせて、もらえないのか。
「大丈夫。アナタに殺されるのなら、本望ですから」
彼女がそっと目を閉じた。俺の気持ちとは裏腹に、彼女は覚悟を決めてしまった。
「殺してあげなさい。それが彼女の最期の望みであるなら、それを叶えてあげるべきだと思う」
「んなこと、アンタに言われなくてもわかってるよ!」
彼女の笑顔を思い出すと、一歩前に進むこともできなくなってしまう。顔がメリルでなかったら、もしかしたらなんとかできたのかもしれないのに。
その時、メリルの体が大きく震えた。そして顔に赤いヒビが入った。
「おいメリ――」
次の瞬間にはメリルの顔は砕けていた。その先にあったのは、例えることが難しい別の顔があった。
魔力が大きく膨れていくのがわかった。まだ両腕を広げてはいるが、無抵抗な状況がいつまでも続くとは思えない。このモンスターが暴走したらたくさんの兵士が死ぬ。調子が悪いであろう魔女でさえ、もしかしたら危険な目に遭うかもしれない。
じゃあ、どうしたらいいんだ。
答えなんて一つしかないんじゃないのか。
「あああああああああああああああああ!」
モンスターに向かって飛び込んでいった。そして、俺もまた両腕を広げた。
俺よりもずっと大きくなってしまったメリルを、俺は力いっぱい抱きしめた。
「気付いてやれなくて、見つけてやれなくて、本当にごめんな」
もっと早く、彼女の気持ちに気付いていたら、また別の未来があったのかもしれない。それでも俺には好きな人がいるから。
「俺はお前の気持ちには応えられないんだ」
だからこそ、ちゃんと見つけ出したんだって伝えたかったんだ。いなくなったら暗くなるまで探すんだぞって、伝えたかったんだ。
「ワカッテ、ル」
「クソがあああああああああああああああ!」
目一杯の魔法力を注ぎ込んで目の前のモンスターを燃やした。抱きついているおかげが火の回りが非常に速かった。
「ごめんなさい。ありがとう」
彼女は最期にそう言った。間違いなくそう言ったのだ。
「待て、待ってくれ! お前まさか!」
メリルはわざと完全なモンスターになったのだ。俺が殺すのを躊躇わないように。殺しても罪悪感を抱かないように。
兵士たちによってモンスターから剥がされた。兵士たちの腕力は強く抵抗することもできなかった。ただ、燃えているメリルを見つめていることしかできなかった。
なんでだろう。異形の彼女が、わずかに笑ったような気がしたんだ。
フレイアと双葉に連れられて部屋に戻ってきた。酷く汗をかいていたが風呂に入るきにはなれなかった。
もしも俺が死んだら、もう一度やり直せるんだろうか。そもそもメリルがああなったのはいつだ。俺が眠る前だったら、助け出すことはできなくなる。
それよりも一つだけ、確かめなければならないことがあった。きっとあの人ならば知っているはずだ。知らないはずがないのだ。




