七話
しかし、これで多少は暇が潰せるというものだ。
防具はいらないのでそのまま部屋を出た。どこから探したらいいのかわからないが、とりあえずメリルの部屋に行ってみるか。
メリルの部屋に到着し、ノックをしてから声をかけた。反応がなかったので、僅かな罪悪感を胸にしながらもドアを開ける。
俺の部屋と同じように、彼女の部屋もほとんど物が置かれていない。それにメリルの姿もない。
「そりゃそうだ」
見つからないから俺が探すことになったんだから。
それにしてもなんで俺が探す羽目になったのかが疑問だ。こういう時に捜索できるようなスキルだって誰かしら持っててもおかしくないだろうに。
部屋の中を一通り見て回るが、見るような場所はほとんどない。ベッドの下とかクローゼットの中とかその程度だ。
それから城の中を探し始めた。端から端まで探すつもりだったのだが、メリルの隣の部屋は入れなかった。ライネが入れない場所も多いと言っていたが、さすがに拒否されるのが早すぎると思う。
結局入れない場所が多く、城の中も廊下や食堂などの共用施設にしか入れなかった。そんな場所にいたなら俺じゃなくたってメリルを見つけられる。
城を出て城下町へ。まだお昼前ということもあり非常に賑わっている。こんなところに溶け込まれたら見つけるのも一苦労だ。それでも町の中をウロウロしていれば誰かが見ているはず。
近いところにある店から順々に話を訊いていく。メリルの部屋にはマントがなかったから、今でもマントを被っているはずだ。背が低くてマントを羽織っていて、身を隠すように移動している、というような特徴を伝えながら話をした。
どんどんと城から遠ざかっていくが、それでもメリルの情報は得られなかった。
屋台で昼食を済ませてから捜索を再開する。
滲んでくる汗を袖で拭った。少しずつだが、さすがに焦りが出てくる。
そもそも一言もなくどこかに出かけるというのが不自然で、これだけ探しても足跡一つ出てこない。ここまでなにも出てこないとなると、俺の探し方が間違っているのではとさえ考えてしまう。
空が茜色に染まっても、俺はメリルを見つけ出すことができなかった。この町は魔法に覆われているため勝手に外にでることはできない。にも関わらず町の中にも城の中にもメリルはいなかった。
なにかを掴まなければというはやる気持ちはあるが、夜になれば捜索も困難になる。
そう思いながら町を囲む外壁を見上げた。どうにかしてここから出たのではないか。なにかしらの穴があって、出る方法があったのではないか。
「おーい、イツキー」
その時、遠くから声がした。フレイアだ。
「どうした。呼びに来てくれたのか」
フレイアは俺の前に立ちニコリと微笑んだ。
「そういうこと。夕食も近いしさ、迎えにいった方がいいかなって」
「でもメリルがまだ見つかってないんだ」
「そのうち戻って来るって言ったのはイツキでしょ?」
「そうなんだが……」
フレイアは俺の手を取り「とりあえず帰ろ」と城へと引っ張っていった。
ここでも妙な違和感があったんだ。ここでの違和感の正体はよくわかった。
なぜ、フレイアはメリルの捜索を手伝わなかったのか。なぜクラウダは双葉にはやらせなかったのか。なぜ、俺だけだったのか。
違和感の正体がわかっても、新しく出てきた疑問に対しての答えは出てこなかった。そうしているうちに城に着き、食事をし、風呂に入った。
今日もまたバルコニーにやってきた。夜風が涼しく気持ちがいい。だが、昨日の出来事を思うと心中穏やかではない。
「どこ行ったんだよ」
時間が経てば経つほどに不安が大きくなっていく。昨日の様子では逃げたりはしないだろうし、逃げたとしたらなにから逃げたのかが問題になる。となればはやり不慮の事故という線が濃厚だが、事故が起こりそうな場所に見当がつかない。
後ろから、足音が聞こえた。
振り向けば、そこにはメリルが立っていた。
いやそうじゃない。おそらくメリルだったものが立っていた。
「イツキ、サン……」
辛うじて顔面だけは人としての体を保っている。しかし体はおぞましく、体は爬虫類、腕は甲殻類、脚は哺乳類と見るに耐えない姿に変貌してしまっていた。
「お前、なんで……」
「コレガ、私、ナンデス」
「どういうことだよ。説明してくれよ。なんでこんなことになったんだよ」
「モウ、ドウスルコトモ、デキナイン、デス」
メリルは大きな口を開け、咆哮した。耳をつんざく甲高い雄たけびに耳を塞ぐ。彼女はものすごい速度で城の中へと戻っていく。次の瞬間には大きな爆発音。けれど、俺はその場から動くことができなかった。
「大丈夫、イツキ」
フレイアがバルコニーに飛び込んできた。俺を心配してきてくれたんだろう。
「フレイアか……ああ、大丈夫だ」
「あれ、メリルよね」
「みたいだな。でもなんでこんなことになったんだ? あんなモンスターみたいな姿、絶対おかしいだろ」
心がかき乱される。今なにが起きているのかも整理できない。なんだ、どういうことだ。なんで、どうしてこうなった。
「城内で暴れている以上、メリルはなんとしても倒さなきゃいけない」
「メリルを殺すのか?」
「あの状態から治せるのなら治す。でも、無傷で捕まえるのはかなり難しいと思う」
「メリルを、殺すのか?」
フレイアの眉間にシワが寄った。怒っているわけではない。眉尻が下がり、酷く悲しそうな顔をしていた。
「――わからない」
「わからないってなんだよ。どうにかできるだろ? 魔女がいるんだから、どうにでもなるんじゃないのか?」
「魔法は万能じゃない。それはイツキだってよくわかってるでしょ。魔法が万能であれば、そもそもアナタが死ぬこともないはずなんだから」
言い聞かせるような口調に腹が立った。なんでそんなことを冷静に言えるんだ。昨日まで仲良くしてた人間が化け物になっても顔色一つ変えないで、そいつを殺すことになって躊躇がないってのか。
それが、この世界の人間だってことかよ。
「クソっ」
バルコニーを飛び出し、メリルが向かった先へと駆けていく。廊下にはところどころに焦げたような跡があった。ライネが言ったように、城が破損することはないみたいだ。
なおも聞こえてくる爆発音。廊下に続く焦げ跡。それえらを頼りにしてメリルを追った。




