最終話
大体三十発くらい打ち込んだだろうか、ミノタウロスが後退った。けれどこっちも体力の限界で、そろそろ腕も上がらなくなってきた。
「イツキ!」
「よしきた!」
最後の一発、ミノタウロスの胸に拳を打ち付けた。ミノタウロスはまた一歩下がる。俺は邪魔にならないようにとその場をすぐにはなれた。
次の瞬間、フレイアの手から一本の光が放たれた。槍投げの要領でなにかを投げたのだ。
一本の光はミノタウロスの胸に吸い込まれ、貫通して空の彼方へと消えていった。エドガーのときもそうだったが、フレイアは時間を置いてチャージする技が非常に強力なのだ。俺が敵の相手をしていられる限り、フレイアにフィニッシャーを任せておけば間違いない。
ミノタウロスはどんどんと後ろに下がっていき、どっしりと尻もちをついた。高いところから大岩でも落としたのかと思うような音だ。
そして、ミノタウロスは動きを止めた。
「終わったか」
「そうみたいね。でも、これどうしようか」
商店街は半壊状態。多分俺たちの姿はフレイアのおかげで見えていないんだろうが、それでもこれは酷すぎる。商店街が土煙にまみれ、霧のようになってしまって前方がかなり見えづらいのだ。
「必要経費として割り切るしかないんじゃないか?」
「ミノタウロスも倒せたし、そう思うしかないかな」
突如、ミノタウロスが腕を上げた。近くにあった標識を掴み、折った。折った標識を振りかぶった。
嫌な予感がしたため、俺は急いで双葉の方へと走り込む。双葉へと飛びかかった次の瞬間、標識が俺の背中を掠めていった。標識は土煙の中へと消えていった。
「危なかったな。大丈夫だったか?」
「う、うん。でもなんか向こうで女の人の声がしたような気がするけど……」
「誰かに当たっちまったか? すぐ治療すればなんとかなるかもしれないな」
双葉と共に標識行方を追った。この先はすぐそこに壁があったはずなので遠くにはいってないはずだ。
徐々に人影が見えてくる。スカート、女性か。髪が長い、きっと女性だろう。だが、なぜだか俺の胸はざわついていた。
近づくたびに胸のざわつきが強くなる。近づくなと、そう言っているのか。俺の本能が拒否しているのか。
うちの制服だ。
身長は高くない。
痩せていて、そこそこモテるんじゃないだろうか。
息が苦しい。土煙のせいじゃない。
「なんでだよ……」
壁には標識に貼り付けられた一人の女生徒がいた。
「なんで逃げなかったんだよ……!」
女生徒が僅かに顔を上げた。口から血を流していた。胸から滴る血液が、命が長くないことを予感させる。
駆け寄って、彼女の頬を両手で覆った。
「なんで逃げなかった!」
視線を合わせるが、彼女は微笑むだけだった。
「優帆!」
彼女の目から光が失われていく。首の力が抜け、俺の両手に頭の全重量が乗っかった。
「待て、待ってくれ。今助けるから。まだ間に合うはずだ! なあフレイア!」
後ろを振り向くが、フレイアは眉間にシワを寄せたまま首を横に振るだけだった。
「こんなのねーだろ。逃しただろ、守ったはずだったろ。俺だって生きてるだろ。どうしてお前だけが死ぬんだよ。どうして、お前が……!」
何度頭を揺らしても、彼女が起きることはきっとない。そんなことは俺だってわかってる。でもそうせざるを得ないんだ。確かめ続けることでしか、その存在を失ってしまったことを忘れられないから。認めてしまったら、実感してしまうから。
「お兄ちゃん……」
双葉にそう言われるが、返す言葉なんて見つからない。
コイツの、優帆の顔が思い出される。一番印象的だったのは、昨日のキラキラとした笑顔だった。
綺麗だったんだ。綺麗だと思っちまったんだよ。
わかってたんだ。あの日香本さんが来なかったのは、たぶんコイツが香本さんと話をしていたからだ。話をつけたからだ。そのうえで、コイツは双葉を守ろうともしてくれたんだ。コイツは、俺と双葉を守ってくれたんだ。自分がなにかされることを覚悟しながら、俺たちのことばっかり考えててくれたんだ。
そんな彼女を、俺はこのまま見殺しにしていいと誰が思うんだ。
「このまま俺が眠れば優帆が死んだままの未来が出来上がる」
「そう、だね」
俺の思考を理解してるんだろう。フレイアは硬い声色でそう言った。
「俺はそんな未来。望んじゃいないんだ」
「また捻じ曲げるかい?」
「最初から歪んでるんだよ。死んでやり直すなんておかしいだろ。だったら、それを突き通すのが俺の役目だろ」
「思い通りの結果にならなかったらやり直す、か。正しいことだと思ってるわけじゃないんだよね」
「正しいわけあるか。そんなのめちゃくちゃだ。嫌なことがあっても前に進むしかないのが人の正しい生き方だ。それでも、俺は諦めたくないんだ。諦めなくていいなら、そっちのがいいに決まってる」
「それをいいと思ってるのが自分だけだとしても?」
「そうだ。俺は俺の欲望のためにこの力を使う。そういうことがあっちゃダメか?」
フレイアは諦めたようにため息をついた。
「今更でしょ?」
「ありがとう」
「それじゃ、やろうか」
右手を上げたフレイア。俺はそれを更に右手を上げて制した。
「悪いけど、今回は自分でやるよ」
「自殺に失敗するのが嫌だからって私に頼んだことあったよね。それでも?」
「それでもだ。俺はコイツを守りきれなかった。俺は、罰を受けなきゃいけないんだと思うから」
「ユウホちゃんのために?」
「そんな言い方したら卑怯だろ」
「じゃあ、誰のために罰を受けるの?」
「決まってるだろ」
精一杯の笑顔を作った。
「俺のためにだよ」
そう。誰かのためじゃない。俺は自分のために未来を変えるんだ。自分のために死に、やり直すんだ。
ようやくわかった。誰かのためとか、なにかのためなんて大義名分はつくっちゃいけない。なぜなら、それで上手くいかなかったとき、きっとその誰かやなにかのせいにしてしまうから。
それなら俺は最初から自分のために行動し、自分のせいにするんだ。それなら誰も傷つかない。それなら誰かを責めることもないと思うから。
優帆を貫いた標識。それの真ん中辺りを切断してただの鉄パイプを作った。
身体強化を腕だけに集中し、鉄パイプを両手で握りしめる。狙うのは眉間。短い距離ではあるが、思い切り引き寄せれば未強化状態の頭を貫通することくらいわけないだろう。
「また、向こうでな」
「じゃあね、イツキ」
「またね、お兄ちゃん」
別れの言葉を聞き、決意が鈍らぬうちにと深呼吸を一つ。
「すまん、優帆」
最後にそう言って、俺は自分の頭に鉄パイプを打ち込んだ。
頭を強く打った時のようなグワンとした感覚。自分が今なにを見て、なにをしているのかわからなくなる。暑いのか寒いのか、痛いのかどうかもわからないまま地面が近づいてきた。
こうして、俺はなんとも間抜けな形で初めての自殺を成功させることとなった。
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