十六話
「ごめん、遅れた」
フレイアが右の方角から走ってきた。
「今までとレベルが違うみたいだぞ」
「そうみたい。ミカド製薬が作るウイルスの精度が上がってきてる。このままだと、もっと強力なモンスターが産まれるかも」
「でも今は目の前の敵、だな」
「そうだね。強くはなったけど私たちの敵じゃない。自分を信じて」
「おう、随分自信もついたしな。双葉は援護頼むぞ」
「わかった。気をつけてね、ふたりとも」
前方からモンスターが現れた。エキドナ、ウンディーネ、アルラウネ、ハーピィ。女形のモンスターばっかりだった。
「四体、女型……」
一瞬、小屋の中の女子生徒たちを思い出した。そんなこと、あるはずがない。今までだってミカド製薬の人間がモンスターになって襲いかかってきたんだ。一般人がモンスターになるだなんて――。
「ありえるのか」
「どうしたの?」
「いやごめん、なんでもない」
形容し難い、筋肉隆々のモンスターと戦った時、たしか男が近隣住民をモンスターに変えたことがあった。だから可能性は低くない。ミカド製薬は俺たちを監視しているだろうし、最近起きた出来事だって見てたはずだ。そのうえであの女生徒たちを選んだとしたら合点がいく。
「いくよイツキ!」
「ああ、わかってるよ」
考えるのはあとだ。
エキドナとアルラウネが前から突っ込んでくる。ウンディーネが左から、ハーピィが上空から襲いかかってくる。
「上と横は私が!」
「じゃあ前が俺だな」
エキドナが尻尾を横に振った。合わせるように、アルラウネが両手から蔦を伸ばして俺を拘束する。しかし、その程度で俺の動きを制限できるわけがない。
蔦を無理矢理引きちぎり、エキドナの尻尾を受け止める。エキドナの身体を持ち上げて地面に叩きつけた。もう一度蔦を伸ばすアルラウネだが、その蔦を逆に絡め取って引き寄せる。近づいたところで龍顎砕で上空へとふっ飛ばした。相手がドラゴンだろうがなんだろうが、一定以上の攻撃力さえあれば関係ない。
エキドナが起き上がってくるが、コイツらの戦闘力は今のでよくわかった。
「リバーショック!」
下から抉るように拳を打ち込む。
「崩激掌!」
腹に掌底を叩き込んだ。手のひらに骨が砕ける感触があった。背骨までいっててもおかしくない。
上を見ればアルラウネが落ちてくるところだった。これもまた崩激掌でふっ飛ばした。つもりだったのだが、アルラウネの防御力が低いせいか、俺の手が胴体を貫通してしまった。今はモンスターだが、元々人だということを考えるといい気はしない。
胃の奥からこみ上げてくるものを強引に飲み込んで、アルラウネの体を地面に放り投げた。
フレイアの方も終わったみたいだが、肌を刺すような感覚は残ったままだ。
「どういうことだ?」
「まだいるよ。奥の方に、もうひとり」
ゆっくり、ゆっくりと、身体を揺らしながら歩いてくる。身長は俺の二倍はあるだろうか。そのへんの車やバイクをなぎ倒しながら接近してくる。
大きな体躯、盛り上がった筋肉、顔は牛のようで巨大な角が生えていた。
「ミノタウロス、か」
「みたいね。どんどんとモンスターが完全な形をとれるようになってきてるみたい」
今まで肉団子みたいなやつらが多かったけど、それがちゃんとしたモンスターとして形をつくり始めたのだ。
「あれは、ちょっとヤバいかもね。イツキは気をつけて」
「フレイアもだろ」
「そりゃもちろん」
顔を見合わせて頷いた。そしてフレイアが動き出す。フレイアが前衛、俺が後衛だ。
彼女の攻撃が上半身に向けてのものであれば俺は下半身を、フレイアが右に移動すれば俺は左に。こうやって的を絞らせないように動く。こうすれば簡単に捕まることはない。
しかし何度打ち込んでもミノタウロスはびくともしない。一応きいてはいるみたいだが、もっと負担をかけていかないと倒せそうにない。
「連転脚!」
一回目の蹴りは当たったが、二回目の蹴りが大きな手に掴まれた。そして、地面に叩きつけられる。
一瞬だけ意識が飛んだ。
フレイアがミノタウロスの腕を蹴って助けてくれたが今のはかなりきいた。
「どうする」
「時間、稼げる?」
「どれくらい?」
「一分」
「あれと一分相手するって結構難しいんだけどな」
皮膚は鉄のように固く、ダメージが通っているかもよくわからない。力が強いので一回掴まれると死ぬまで地面に叩きつけられてしまいそうだ。
「できるでしょ?」
「そりゃもう。できるに決まってるだろ」
ミノタウロスと一対一。上等じゃないか。
時間を稼げばいいんだから、無理に攻撃しなくてもいいのだ。
豪腕で攻撃の速度も尋常ではない。それでも集中すればちゃんと見えるのだ。
突き出された拳を紙一重で躱し、肘の部分にアッパーを打ち込む。これもほとんどダメージなし。
攻撃を避け続けながら、フレイアの方を見た。フレイアは自分の胸を親指で二度ほど叩いた。
「胸を狙えってことか」
力任せの攻撃なのがよかった。速度は早くともフェイクがない。攻撃を避けるたび、俺はミノタウロスの右胸を攻撃していった。一発一発は弱くてもいい。何度も同じ部分を攻撃することが大事なのだ。




