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それでも俺は異世界転生を繰り返す  作者: 絢野悠
〈expiry point 5〉Secretive behavior
154/252

十五話

「おろして、欲しいんだけど」


 橋の前でそう言われた。たしかにこのままだとさすがに目立つか。


「すまん」


 ゆっくりと優帆を降ろした。思ったよりも足取りはしっかりとしていて、けれど手は若干震えているようだった。


「よくわかったね。あそこだって」

「たっつんが連絡くれたんだ。車のナンバープレートが写った写真も送ってくれた」

「そうなんだ。いい友人持ったな」

「ああそうだよ。いい友達だ」


 優帆は一人で歩き出して後ろで両手を組んだ。俺はその後ろ姿を追いかけるようにして歩き始める。


「こんなふうになるって、そんな気はしてたんだ」

「こんなふうって?」

「香本や玲音になにかされるんじゃないかって」

「昨日の一件があったからか?」

「昨日のヤツだけじゃないんだなこれが」

「なにかあったのか?」

「玲音の告白、断ったからね」

「アイツそんなこと……」

「でも、アンタはそれを知ってたじゃん?」

「は? 俺が? なんで?」

「見えたから。アンタが追いかけてくるの」


 まさか最初からバレてるとは思わなかった。


「いや、悪いことだなとは思ってたんだけど……」

「別にいいって、私もアンタの告白見てたから」

「お前もかよ」

「お互い様。でも、いやだからなのかな。玲音と香本の目論見に気がついたっていうか」

「アイツら、最初からなんかしようとしてたってことか」

「というか、アイツらの意見が一致したんだと思う。玲音は私にフラれたから嫌がらせがしたかった。香本は元々双葉に嫌がらせをしてて、その一環でアンタに告白した」

「あー、やっぱりそういう感じか」

「残念そうな顔するなよ。そのうちいい女が見つかるって」

「今回のでトラウマになりそうなんだけど」

「だったら信頼できる女をアンタが選べばいいでしょ?」

「信頼できる女、ね」

「心当たりないの?」

「双葉、かな」


 当然フレイアの顔が真っ先に浮かんだが口に出すわけにはいかなかった。


「妹じゃん」

「そうなるよね」


 なぜか、優帆は「ふふっ」と笑った。


「なんだよ」

「アンタらしいと思っただけ。でもまあ、これで落ち着いてくれればいいけど」

「さすがに落ち着いてくれないと困るけどな」


 商店街の方に行くと双葉が待っていた。俺たちのことを探していたんだろう。


「お兄ちゃん! ゆうちゃん!」


 かけてきて、抱きついた。俺にではなく優帆にだ。それもまあ当然なんだが。


「大丈夫? なにかされなかった?」

「大丈夫だよ。ありがと」


 仲良さそうに顔を寄せ合って笑っていた。優帆は双葉の頭をぐしゃぐしゃと撫で回すが、双葉はそれを受け入れている。微笑ましくて、嬉しく思う。


「それじゃ、帰ろうか」


 優帆が先頭に立ち、商店街へと歩いていく。


「イツキ」

「なんだよ」

「今日はさ、ありがとね」


 また、大きく心臓が脈打った。


 夕日に照らされた満面の笑顔。キラキラと風に揺れる細い髪の毛。どこかフレイアにも似た、少しイジワルな歯を見せた笑み。これを見て「可愛い」と思わない方がおかしいんだ。


 ああそうか、俺は今優帆のことを「可愛い」と思ったんだ。間違いなく優帆を女の子として意識し始めたんだ。


 それがわかって、思わず視線を逸らしてしまった。


「どったの?」

「別になんでもねーから。さっさと帰るぞ」

「あー、わかった。優帆ちゃんの魅力に気がついちゃったなー? どうなんだー?」

「そういうわけじゃねーから。顔を覗き込むなよ」


 下から見上げるようにしてくるものだから、どこに顔を向けていいかわからなくなる。


「えっと、ホントに?」

「違うつってんだろ。ほら行くぞ」


 双葉と優帆の手を取って無理矢理前に進む。こうすることでしかこの状況を打破できない自分には若干苛立ちさえあった。


 その時だった。ピリピリとした空気が商店街を包み込んだ。一般人の叫び声が聞こえてきた。同時になにかが壊れるような音も。


「双葉」

「わかってる」


 俺たちが来た方角からなにかが近づいてくる。肌を刺すこの感覚。いつもの感じだ。ウイルスで変貌した、異形のモンスター。前回よりも間違いなくレベルが高い。この感じだと警察が来るのも時間の問題だろうが、警察でなんとかできるとは思えない。それなら警察が来る前になんとかしなきゃならない。


「三体、いや四体か?」

「これ、マズイんじゃないかな」

「お前は優帆連れて逃げろ。俺が食い止める」

「無理だって! 二人でなんとかしようよ! それにフレイアさんだってすぐ駆けつけてくれるだろうし」

「フレイアがすぐ来るなら、お前は優帆を連れて逃げてくれ」

「絶対イヤ。私はここに残るから」


 睨めつけられて、たじろいだ。ここまで自己主張してくることが珍しいからというのもあるが、なによりもその眼光があまりにも鋭かった。


「優帆」

「な、なに?」


 優帆は二の腕をさすりながら顎を震わせていた。俺や双葉でもビビるくらいだ、一般人がこうなるのも無理はない。


「今すぐ走って逃げろ」

「逃げろって、アンタたちはどうするの」

「聞くな。今すぐ、走って、逃げろ。頼むから、言うこときいてくれ」


 優帆は顔をくしゃっと、不安げに歪ませた。そして一言も発することなく背を向けて駆けていった。これでいい、戦闘力のない優帆にはいち早くここを離れてもらわなきゃいけないんだ。

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