十二話
放課後を迎えて、俺はすぐに一年の教室に向かった。階段で身を隠しながら双葉の教室を盗み見る。
俺だってわかっている。兄貴として恥ずかしくないのかだとか、気持ちの悪いストーカーみたいだとか、過保護だとか縁切り対象だとか傍目から見ればヤバいヤツだろう。しかしながら俺は双葉のことが心配で仕方がないのだ。俺はなにを言われても構わないと思っている。まあ、その影響が双葉に波及すると考えると自重しなければいけないのだが。
そうしているうちに双葉が教室から出てきた。様子は……昨日とあまり変わりない。
このまま階段を降りて下駄箱で待っていてもいいかもしれない。と、そう思ったときに異変に気がついた。
双葉の後ろから香本さんが出てきたからだ。香本さんだけではない、彼女の友人と思われる女生徒が三人。後ろから双葉に話しかけているように見える。それだけじゃない。香本さんたちはニヤニヤと笑っているのに対し、双葉は顔を伏せて暗い顔をしていた。
小学校の時の記憶が蘇る。双葉がいじめられ、毎日暗い顔していた頃の記憶だ。
こちらへと歩いて来るのが見えたので、一度階下に降りて身を隠す。どうやら双葉たちも下に降りてくるらしい。彼女たちが三階に降りれば俺は二階へ、彼女たちが二階に降りれば俺は一階へと少しずつ降りていった。
階段の脇、暗がりで様子を見ていると、彼女たちは下駄箱ではなく反対の方向へと向かっていった。そのまま直進すれば体育館の方だが、そんな場所にいったいどんな用事があるというのか。
とても怪しいのはわかっているが、このまま見過ごすわけにはいかなかった。
廊下を直進して体育館の方へ。しかし体育館から道を逸れて部室がある方角へと足を向けた。
「なにしてんのよアンタは」
「うおっ……なんだよ優帆か。ビビらせんなよ……」
いきなり横に立って声をかけてくるもんだから、生活指導の先生かと思ってしまった。
「またアイツらね。懲りない連中」
「知ってんのか?」
「知ってるもなにも、校内でもそこそこ有名なギャルグループじゃない。なんで知らないの?」
「知るわけないだろ。俺は自分の身の回りのことで精一杯だ」
「あっそ。じゃあ教えてあげるけど、このままだと双葉がどうなるかわからないわよ」
「どうなるんだ?」
「おとなしめの女生徒一人をさ、不良と仲良くしてるようなギャルグループがつるんで遊ぶと思う?」
「お前と双葉を見てるからなんとも言い難いが」
「私には不良の友人なんていねーっつーの! しばくぞ!」
「その感じがヤンキーっぽいじゃん……」
「でも、わからないわけじゃないんでしょ? だから尾行してる」
「それを言われると返す言葉もない」
「じゃあさっさと行ってあげなよ。つってもやり方間違えると拗れるから気をつけないとヤバいと思うけどさ」
「そういうこと言われると行きづれえな」
「煮え切らない男だな」
ドンっと、思い切り背中を押された。
「お兄ちゃんだろ、しっかりしろよ」
そう言われて覚悟が決まった。物理的に背中を押してもらって覚悟が決まるなんて、不甲斐ないにも程がある。
簡単なことじゃないか。
「おう、俺はお兄ちゃんだからな」
優帆が右手の親指を立てて口端を上げた。だから俺も親指を立て、拳を握り込んだ。
香本さんたちが向かった部室に駆け出した。彼女たちがちょうど部室に入っていくところだった。
静かに歩み寄りドアの前へ。今はなきハンドボール部の部室だった。
「おーここが魔王の根城ってわけだな」
「ずいぶんときゃわいい魔王たちだったけどな」
その声を聞いて振り向けば、そこにはたっつんとサダが立っていた。たっつんの手には金属バット、サダは特になにも持っていないがガタイがいいので立っているだけで様になる。
「なんでお前らがここにいるわけ?」
「そういう言い方はヒドくない? 助太刀に参上してやったってのに」
たっつんが金属バットで軽く素振りをした。
「状況わかってる?」
「そりゃわかってるよ。性悪女どもに双葉ちゃんが攫われちゃったんだろ。最近お前の様子がおかしいと思ってたんだよなあ。だからサダと相談して優帆ちゃんに話を訊いたわけよ。そしたらこうなるかもしれないって言われたから。なあ」
「まあ、そういうことだ」
サダも心なしか笑っているように見える。
「この中に何人いるかわかんねーぞ? もしかしたらボコボコにされるかも知れない」
「だからなによ?」
「だからなにって……」
突如、サダがノシノシと歩いて来て肩を組んできた。
「ボコられるなら一人より三人の方が痛くなさそうだろ?」
「サダの言う通りだ。水臭いじゃん」
「お前ら……」
マジで泣くかと思った。ボコボコにされることを覚悟してでもついてきてくれる友人なんて、きっとこの先コイツらだけだ。
「双葉ちゃんは俺の未来のお嫁さんだからな」
「ざけんな、それは許さん」
「そのうちお兄ちゃんと呼んでやるぜ!」
そんなことを言いながら、たっつんは部室のドアノブを回した。案の定鍵がかかっているのか、押しても引いても動かない。
「レオン?」
と、中から女の子の声が聞こえてきた。レオンなんて名前はこの学校で一人しかいない。芳村玲音のことだ。
俺が知らないレオンくんがいたら申し訳無さすぎるけど。
「悪いけどレオンくんじゃねーんだ。ここ、開けてくれよ」
たっつんがドアノブをがちゃがちゃやり続けた。部室の中では複数の人間が動き回る気配がする。
「開けてくれないなら壊しちゃおうかなー? んでお前らのせいにして先生に言うけどいいのかなー?」
「わかった、今開けるから。だからちょっとだけ待ってて」
この声、香本さんだな。ああ、なんかいろいろと見えてきた気がする。




