十一話
その上で、俺は決断を下す。
「いるよ」
「そうなんだ」
「なんだよその反応」
「詳しく訊くつもりもないから」
「じゃあなんで訊いたんだよ」
「他にしゃべることないからよ」
「口下手か」
「逆に訊くけどアンタと私でなにしゃべんの? 駅前にできたカフェの話しでもする?」
「あー無理無理、そういうのついていかれないから」
「好きなアーティストの話?」
「俺あんまり音楽聞かないから」
「ドラマとか」
「アニメの方がいいなあ」
「つまんねー男……」
「つまんねー女がなに言ってんだ」
ゴスっと、脇腹に拳が刺さった。
「痛いんだけど」
「痛くしたんだけど」
「そういうバイオレンスなとこ直せば彼氏なんてすぐできると思うのに」
「今は彼氏とかいらないけどね。面倒なだけだし。アンタは彼女とか作らないの? その好きな人に告白すればいいのに」
「俺にもいろいろあんの。それに告白するとしても、まだまだ俺じゃダメなんだよ」
「ダメって?」
「相応しくないような気がするからな。もうちょっと俺が男として成長したら告白でもしようかな」
「男として成長? じゃあ一生無理じゃん」
「俺のことバカにするの好きだね?」
俺がそう言うと、優帆は今日初めて笑顔を見せた。
「好きだよ。面白いから」
「お手柔らかに頼むよ」
「殊勝じゃない」
「慎ましく生きていくことの重要さ、身を持ってお前に教えてやらなきゃなと思ってさ」
「アンタも人のことバカにするの好きじゃない」
「そりゃ好きだよ。俺がバカにできる人間ってこの世の中にお前くらいだからな」
更に一発もらってしまった。
「ムカつく男」
「慎ましい生き方を教えてやってもこれだ」
「それよりも今度面白そうなゲームが出るんだけど」
「もしかして世界同時発売のアレか」
「そう、アレ。買う?」
「たぶん買うと思う」
「じゃあ買ったら早速パーティ組もう。私のドロップ運をアンタに見せつけてやりたい」
「お前そういうのマジやめろよ。俺のドロ運絶対吸ってんだろ」
「装備が作れなくて悔しがるアンタを見たい」
「性格悪すぎでしょ」
こんな馬鹿話ができる女ってのも優帆以外にはいない。双葉はゲームとかしないし、なによりも優しすぎてイジれない。優帆は適度にいじってくるし、だからこそこっちも話しやすいのだ。
でも疑問が一つあった。どうしてコイツは朝から機嫌が悪かったのか。そしてなぜ放課後になって急に機嫌が直ったのか。訊いても答えるようなやつじゃないからあえて訊かないが、気にならないと言えば嘘になる。
嘘にはなるが、このままでいる方がいい気がするのだ。これがコイツと俺との距離であり、ここから遠ざかれば疎遠になるし、近すぎれば友人ではなくなるような気がしたんだ。
優帆とは家の前で別れた。いつもより少しだけテンションが高い優帆の相手をするのは疲れる。
「ただいまー」と俺が言うと、やや間があってから「おかえりー」と帰ってきた。
リビングに行くと、ハーフパンツにタンクトップ姿のフレイアがテレビを見ていた。
「帰ってたのか」
「そりゃ帰るよ。イツキが学校に行ってる間に帰ってきて、お風呂入って寝た」
「もう生活リズムめちゃくちゃだな」
「大丈夫大丈夫。私そういうのあんまり気にしないから。食事の時間になればお腹は空くけど数日耐えられるし、眠らなきゃいけないときには眠れるし、眠らなくても数日保つから」
「すごい生命力だな……」
「鍛え方が違うからさ」
「鍛え方でどうにかなるとは思えないんだけど?」
「まあまあそれはいいじゃん。早くお風呂入ってきなよ。ご飯の時間に間に合わないぞ」
「お、おう」
風呂に入って部屋着に着替えた。リビングに戻れば、双葉特製のハンバーグが俺を迎えてくれた。
三人で手を合わせて食事が始まった。
「今回はどこに行ってたんだ?」
「ミカド製薬の地下さ、最奥に行くにはもっと高位の権限が必要なわけよ。だからあの地下の研究室に出入りしてて、役職が上の方の人を探ってたわけ」
「収穫は?」
「あったよ。確かセンム、とかだったかな」
「専務、ね」
社会人のそういう役職はよくわからんが、ドラマとかではかなり地位が高いような気がする。
「今日の夜もまた出るよ。その人のこと調べたいから」
「気をつけろよ。向こうがこっちに気がつくとは思えないけど、万が一ってこともありうるからな」
「ちゃんと気をつけてるから大丈夫さ」
「フレイアがそういうならいいんだが……」
そこで不思議に思い双葉の方を見た。一度も会話に入って来ないのが気になった。
双葉はでしゃばるタイプではないが、思ったことは割と口に出すことが多い。フレイアを心配するのだって、俺が言うのと同じようなこと言ってもいいものだ。
「ん? どうしたの?」
一瞬だけ見えた。深く沈み、なにかを考え込んでいる顔だった。
違う、そうじゃない。あれは考え込んでいる顔ではない。なにか、他人に言えないことを抱え込んでいるときの顔だ。
「学校でなにかあったか?」
「ううん、なんにもないよ。いたって元気」
「それなら、いいんだけど」
無理をして笑う双葉の姿に一抹の不安を覚えた。胸騒ぎがする。なにかよくないことが起きるような、そんなざわつきがあった。
「お兄ちゃんおかわりは?」
「ああ、もらおうかな」
なんとかしなきゃならない。あの顔は昔の顔と一緒だ。誰に助けを求めていいのかわからず、部屋の隅で毛布をかぶって一夜を明かすような、そんな追い詰められたような顔だった。
明日も俺はサダとたっつんとは遊べないらしい。同時に、双葉と帰ることもないだろう。あまりやりたくはないが、明日の放課後の予定は決まった。




