十話
次の日、俺は双葉と二人で学校に行くことになった。いや、優帆と一緒に学校に行きたいわけじゃないのだが、最近仲がよかっただけにちょっと違和感がある。
「なんでアイツ早く学校行ったんだ?」
「用事があるとかって言ってたけど」
「用事の内容は聞いてないと」
「そういう言い方をしたってことは聞かれたくないんじゃないかな?」
ふと、昨日の出来事が蘇ってきた。
「まさか芳村と……」
いや、芳村の告白は断ってたはずだ。
「なにか言った?」
「いや、なんでもない。そういや昨日訊くの忘れたことがあったんだ」
「私に?」
「一年の香本さんって知ってる? 香本紅実さん」
その瞬間、双葉の顔が一瞬曇ったような気がした。
「喋ったことはないけど知ってるよ。香本さんがどうかしたの?」
「んー、昨日ちょっと話しかけられてな。一年だっていうもんだから知ってるかなと思って」
「ごめんね。クラスは同じなんだけど特に仲がいいってわけじゃないから」
コミュニティ能力が高いはずの双葉が知らないってのも妙な話だが、たしかに双葉とはタイプが違う。香本さんは割と派手めだしな。
教室に入ると優帆がすでに椅子に座っていた。
「おはよう」と俺が言うと「おはよう」と返してきた。それきりスマフォをいじりだし、俺と話しをしようとしなかった。というよりも話しかけるような空気ではなかった。
なんとも言えない感じのまま、ホームルームが終わり、授業が始まった。
授業の様子もそうだが、休み時間も優帆に変わった様子はない。普通に授業を受けてたし、教師に指名されればキチンと答える。友人たちとも楽しそうに喋ってた。だが俺の方をチラリと見ては嫌そうな顔をする。なにがあったのか、ちゃんと説明してもらわなきゃ困る。
授業が一通り終わって優帆に話しかけようとした。しかしサダとたっつんに話しかけられ、気がつけばすでにいなくなっていた。二人が誘ってくれたカラオケも断ったというのに、断った理由となった人物がいない。ついてないにもほどがある。
ため息をつきながら教室を出て屋上に向かった。香本さんに返事をしなきゃいけないからだ。
一日考えた結果、香本さんからの告白は断ることにした。というかたぶんだが告白された瞬間から俺の気持ちは決まっていた。告白されたことは嬉しい。それでも俺はフレイアのことが好きなのだ。いつか彼女に守られるだけでなく、俺が彼女のことを守れるような存在になりたい。
屋上への階段を一段ずつ上っていくがそのたびに緊張が高まる。断ることは決めていたが、どうやって断ったらいいかがわからないのだ。極力傷つけないようにするにはどうすればいいんだろうか。
「やっぱちゃんと優帆と話しをして助言を訊くべきだったな……」
まさかこういう形で後悔することになろうとは思わなかった。
屋上のドアの前で深呼吸を二回。そして、ゆっくりとドアを開けた。
「まだ来てないのか」
フェンスまで歩き、グラウンドを見下ろす。部活動で汗を流す生徒の姿が見えた。ああいう青春も悪くなかったと思うが、スポーツをして汗を流して、疲れた身体で家に戻るっていうのは面倒だ。本当に好きになれなきゃできないことだからこそ、精を出す姿は尊敬する。
そういえばフレイア、昨日帰って来なかったな。メッセージにはちゃんと返信してきたのでヤバいことにはなってないと思うが、一日一度くらい姿を見ないと安心できない。安心できないというのは方便で、実は顔を見て話がしたいというのが本心だ。きっとこんなこと、本人には一生言えないんだろうな。
空が茜色に染まってきた。しかし香本さんは現れない。ここで俺は察するべきだったのだ。
「あー、そういうことか……」
頭に手を当てて、思わず笑ってしまった。
最初から俺をからかって遊んでいただけなのだ。冴えないモテない特徴がない。そんな上級生を狙って遊びの対象にしていたのだ。確かに香本さんは派手めだし、好意を向けられるようなことをした覚えもない。おおかた罰ゲームかなんかだったんだろう。というかそう思わなきゃ辛いだけだ。
「帰るか」
正直断ろうと思っていたし、来なきゃ来ないでちゃんと断らなくてもいいから気が楽だ。ただ、浮かれてしまった自分が恥ずかしくて仕方がないのだ。こんな姿、優帆や双葉、それにフレイアに見られなくてよかった。
校舎の中は静かで、今まで生徒が授業をしていた場所だとは思えない。それほどまでに様変わりしていた。教師はまだ残っているので、一階まで降りればようやく学校らしくなってくる。
「よっ」
下駄箱に到着すると、なぜか優帆が立っていた。腕を組んで下駄箱に寄りかかっていたのだ。
「よっ、じゃねーだろ。どうしたんだよこんなとこで」
「べっつに。元々今日はサーヤの勉強に付き合ってただけだし。図書館帰り」
「その見た目で図書館は似合わないでしょ」
「図書館くらい行くわ!」
「まあいいけど」
「よくないけど?!」
「とりあえず帰らないか? いろいろあって疲れちまった」
「運動なんかもしてないくせに」
そう言いながら優帆は靴を履き替えていた。
部活中の生徒たちの声を背にして校門を出た。この時間ともなれば生徒も多くないし、優帆と二人で歩いていても冷やかされない。
「アンタさ」
「なに」
「好きな女とかいんの?」
「なんだよ急に」
顔を見てみるが特に変化はなかった。本当に会話を繋いでいるだけなのかもしれない。
しかし、どう答えていいのかわからなかった。確かにフレイアのことは好きだ。でもどこの誰だと追求されると困る。名前を上げるまで一生その話題を出されかねない。




