九話
優帆は芳村に振り返った。
「さあ、どうだろうね」
その隙に階段を飛び降りた。そのまま一階まではノンストップで駆け下りた。
優帆がモテるというのは、サダやたっつんから聞いたことがあった。しかし告白の場面に遭遇するのは
これが初めてである。毎回こんな回りくどい断り方をしているのだとすれば、それは優帆の律儀な性格が表れていると言ってもいい。私はこうだからアナタはダメだと、ダメな理由を明確に示しているのだ。これは性格や性質の問題であって簡単に変えられるものじゃない。
「告白されるってのも大変なんだな」
ちなみに俺は一度も告白されたことはない。
下駄箱に到着して靴を出した。息が切れていないのはさすがと言わざるを得ない。本格的に体育の時は身体能力を制御しなきゃならないようだ。
「あの」
その時、声が聞こえた。
「はい?」
後ろを振り返ると一人の少女が立っていた。身長は低めで双葉と同じくらい、肩にかかるかかからないかくらいの茶色がかった髪の毛。顔立ちはぱっちりしていて、薄化粧ではあるが割とちゃんと化粧をしている。水色のリボンの色からして一年生だ。スカートは短めで、遊んでいるというほどでもないが双葉よりも優帆に近いタイプに見えた。
「深山先輩」
「え、うん。そうだけど、なんか用事?」
一年の女子は格好からは想像できないような恥じらった顔を見せ、もじもじしながらこう言った。
「深山先輩のこと、中学校の頃から好きでした! 私と付き合ってください!」
固まってしまった。なにを言っていいのかわからず、とりあえず彼女の全身を凝視する。顔は可愛いと思う。体つきはちょっと幼いけどそれも悪くない。アンバランスなはにかんだ表情やスカートを握りしめる仕草も高得点だ。
そうじゃない。どういうことなんだこれは。下駄箱にいた生徒たちもこぞってこちらを見ているではないか。今までの学校生活にない窮状にどうすることもできないでいた。
「ダメ、ですか?」
上目遣いは得意技、と言わんばかりにこちらを見上げてくる。
そこにどうしてか違和感を覚えた。俺に告白してくることもそうなのだが、気になるのは「やけに慣れている」という部分である。そうやって考えれば冷静にもなれる。こんなもの、命のやり取りに比べればなんてことないじゃないか。
「名前、教えてもらってもいいかな?」
「コウモトクミです。香る本で香本、赤い果実の実で紅実です」
「香本さんね、わかった。急に言われて俺もびっくりしてるからさ、ちょっと時間が欲しいんだ」
「ちょっとってどれくらいですか?」
短すぎても長すぎてもダメだな。程よい日数というと二日とか三日とかだろうか。
「じゃあ明日までに答え出すから。明日の放課後に屋上来てくれ」
「わかりました。じゃあ、明後日、また」
彼女はそう言い残し、小走りで校舎の奥へと消えていった。
しかし野次馬はまだこちらを見ている。右手で「しっしっ」と追い払うと、腑に落ちないという感じで散っていった。俺が告白されるのがそんなに納得いかないのか。
「穏やかだったはずの日常はどこいったんだよ……」
優帆が告白されるところを目撃したかと思えば、その数分後に自分が告白されることになるとは誰が予想しただろう。
「帰るか……」
上履きを下駄箱に押し込み校舎を出た。
それにしても香本紅実か。以前どこかで見たことがあるような気がするんだがよく覚えていない。一度双葉に聞いてみてもいいかもしれないな。同じクラスだったら話を聞けるはずだ。
結局一人で帰路につくこととなった。いつも誰かと一緒にいたせいか、なんとも言えない寂しさを感じながら、少しだけ早足で帰り道を歩くのだった。




