七話
就寝時間が遅かったせいか、起きるのもつらく頭が重い。なによりも今日が月曜日というのが面倒で仕方がなかった。ブルーマンデーというやつだ。
フレイアは隣でぐっすりと眠っていた。起こさないようにこっそりと抜け出し、制服やカバンを持って静かに階段を降りていった。
双葉が用意してくれた朝食を食べ、俺が洗い物をし、双葉と優帆の三人で学校へと向かう。こういう平穏な日常が毎日続けばいいのにとそんなことを考えてしまった。しかし今の状況から考えればまず無理だ。俺とフレイアがいかに早くミカド製薬との決着をつけられるか。早ければ早いほど俺の平穏な日常が帰ってくる。
頭を振って思考を切り替える。またこんなことを考えて、答えが出ないことにいつまでも囚われるな。今は目の前の問題に集中するしかできないのだ。
「どうしたの? 難しそうな顔して」
すっと、ごく自然に優帆が俺の顔を覗き込んできた。
「急に出てくるなって」
「出てくるってなによ。ずっと横にいて話しかけてるのに反応ないんだもん」
「悪い悪い。ちょっとだけ考え事をな」
「なに考えてたのかは訊かないでおいてあげるけど、話しかけたらちゃんと応えてほしいわね」
「わかった、次から気をつける」
「わかればいいのよ」
なぜ胸を張って偉そうにしてるのか。反応してやるのはこっちの方だっつーのに。双葉は双葉でクスクス笑ってるだけだし、俺を擁護するつもりはさらさらないっていう感じだ。
学校に到着して双葉と別れた。俺と優帆は自分のクラスへ。同時に教室に入ると「今日も同伴出勤か。羨ましいな」「もう弄る気力もないくらいいつもの光景じゃん」なんてクラスメイトに言われる。高校一年の頃はオシドリ夫婦とかも言われてたな。その度に優帆がキレてたが、気がつけば優帆は怒らなくなって、クラスメイトからの野次も減っていった。
学校の授業は退屈でもあり、落ち着く環境でもあった。穏やかに過ぎていく時間を感じると「この世界に生きているんだな」と心底思う。時間の流れも遅いし、勉強するということが有意義に感じられる。非日常の世界に一度は憧れたが、憧れというのは焦がれたままにしておくのがいいのかもしれない。実際その状況にならないと良し悪しはわからないものだ。
それでも時間は過ぎ、あっという間に放課後になった。たっつんは部活、サダは家の用事があるらしく一人で帰ることになった。優帆と帰ってもよかったのだが教室にはいない。
頭を掻きながらカバンを持ち上げ、一人寂しく教室を出た。狭いコミュニティの中で生きる、もとい友人が少ないというのはこういうときにやや惨めである。
教室を出て階段の方を見ると、ちょうど優帆が階段を降りていくところが見えた。もしかしたら専門教室がある二棟へ向かうのかもしれないが、この時間に二棟に用事はないだろう。
小走りで優帆を追いかけた。廊下でおしゃべりをする生徒を避けて階段へ。どうやら上に登っていったらしい。
「一年のクラスになんの用だ……」
この学校は上から一年生、二年生、三年生というふうに学年が割り振られている。中学のときは逆だったので驚いたものだ。理由は未だにわからないが「年寄りに対する優しさ」ということにしておいた。
双葉を追いかけて屋上に行くとすでに誰かが待っていた。背が高くガタイがいい。顔は堀が深く間違いなくイケメンの部類に入る。
「バスケ部のエース様じゃねーか。なんでこんなとこにいんだよ」
名前はたしか芳村玲音だったか。学校内でも人気があり、気がある女子は数しれない。それを鼻にかけているところがあるので俺は正直好きじゃない。アイツと他の生徒の話を聞いたことがある。
『女なんてちょっと優しくしてやればすぐ股開くじゃん』
『そりゃモテるヤツならそうだろうな』
『好き好きって言っときゃコロッと落ちんだよ。今度コツ教えてやっから』
『お前みたいに上手くできるか自信ねー』
『さっき言ったろ。相手が求めてる「愛の言葉」ってのを囁き続けてりゃいんだよ。俺だってフラれたことあるよ? でも何度も言い続けるんだ。別に好きじゃなくても好きだっていい続けりゃそのうち落ちる』
『ゲスい考え方だなーお前。ヤレりゃそれでいいってか』
『お前だってそうだろ?』
『わかってんじゃん』
なんて言いながらゲラゲラ笑ってた。そういうクソ野郎に捕まる女って、後々から「男なんて信じない!」って言いながらクソ野郎に引っかかり続けるか「あの人は優しいだけなの。相手の想いに応えちゃう人なの」って言いながらクソ野郎に引っかかり続けるかの二択だ。いや、俺も創作物の知識しかないから本当かどうかはわからないが。
芳村のことは詳しくないが、泣かされた女はかなり多いという噂だけは耳にしている。
優帆と芳村の距離が二メートルほどまで近づいた。このままでは会話が聞こえないので聴覚を強化して盗み聞きの態勢に入った。
「なにやってんだ俺は……」
別に優帆の恋愛事情に興味があるわけじゃないし、アイツがどんな男と付き合おうが俺には関係ない。俺と優帆はただの幼馴染なわけで、たぶんこれからもその関係は変わらない。
「だが聞く」
どんな男と付き合ってもいいが芳村はダメだ。あの女タラシと付き合うくらいなら俺と付き合った方が間違いなくいい。




