五話
結局そこも上階と似たような設備が並ぶだけ。左右はガラス張りで、逆にこちらが見られているような感覚さえある。製薬会社の工場というのはこんなものなのか。さすがにそんなわけはないと思うが。
通路をどんどん進んでいく。そして突き当りにまたドアがあった。二人で足を止め、思わず息を飲んだ。
「D、か」
ドアには大きくDの文字。
「違う。Dじゃないよこれ」
Dの横には小さく文字が繋がっている。
「でみ、うあーじ……?」
正直読み方がわからない。こんな英単語教わってないぞ。
「デミウルゴスだよ」
「これ、デミウルゴスって書いてあるのか?」
「そう。魔女から直接教わったから間違いないはず」
「じゃあアイツが言ってたDっていうのはもしかして……」
「デミウルゴス。この先にある『なにか』っていうことだと思う」
鼓動がうるさい。身体筋組織が痙攣しているような感覚が癪に障る。異世界のデミウルゴスとこちらのデミウルゴス。なにか関係があるのだろうか。あるのだとしたらどういう関係だ。どうやって関係を持ったんだ。
「この先に真実がある」
「わかってるよ」
フレイアがドアの横に設置された装置を操作し、再び眼球を取り出した。Dと書かれたドアがガチンと音を立てて開いた。おそらく本気で気を引き締めなきゃいけないのはここからなんだ。
ドアの向こうは淡く白い光が灯っていた。今までいろんな光を見させられていたせいか少しだけ安心してしまった。
すぐに階段があり階下へと降りる。構造的には今までと変わりない。左右はガラス張りで、けれど突き当りにはなにもなかった。
「ここが最深部ってことらしいな」
「手近な場所に入ろう。たぶんこの眼球があれば入れるはず」
今までドアを開けてきた要領で一番近いドアを開けた。正直なところ、一階や地下一階となんら変わりないように見えてしまう。棚には薬がズラリと並び、部屋の中央や壁際のテーブルには試験管やら顕微鏡やら、あとはよくわからない機材が置いてあった。部屋の奥にはもう一つガラス張りの部屋があった。きっと無菌室ってやつだろう。
薬品の棚にもロックがかかっていた。それだけ厳重に扱ってるっていうことだろう。
「普通の薬を扱うにしちゃ、ちょっとやりすぎなんじゃないか?」
「それだけ危ないってことでしょ」
「解除できそうか?」
「やってみてもいいけど、ダメだった場合のリスクが高すぎると思う。それに今までの機械と形状が違う。一応イッケイの指も持ってきたんだけど、使ってみる?」
「形状が違うってなると指紋の方なんじゃないか?」
「後悔しない?」
「わからないならわからないなりきに試行錯誤するしかないだろ? ダメだったら、いつもどおり頼む」
「すぐそうやってPスキルに頼ろうとする」
「それしか方法がないんだ。でも方法があるだけましだろ? 一発勝負を何回も繰り返せるんだから」
「ズルいよ、そういう顔するの」
フレイアは眉根を寄せてため息をついていた。自然にしていたつもりだから自分ではどんな顔をしてるかわからない。それでもフレイアは俺の意思を汲み取ってくれる。それだけで十分だった。
ピピっと音がして、薬品棚のロックが解除される。使いやすいようにここだけは指紋認証にしているんだろう。つまり薬品の製造に携わる人間なら誰でも開けられるってことになる。
「見てイツキ。試験管にラベルが貼ってある」
ティマイオス一型、ティマイオス二型、ティマイオス三型というラベルの試験管。すべての棚を見て回ったが、ここにはティマイオスというラベルしか置いてなかった。
次の部屋に移動すると、今度はクリティアスという名のラベルだ。どこかに資料でも置いてあればわかりやすいのだが、確証がまだ得られない。
「これがウイルスの名前だとすると合点がいく」
「納得できるのか?」
「ティマイオスとクリティアスのどっちかはわからないけど、どっちかは先発ウイルス、つまり注射器でしか人をモンスターにできないウイルス。そしてどちらかは後発ウイルス、範囲は狭いけど空気感染で人をモンスターに変えられるウイルス」
「だとすれば、今もウイルスは進化している可能性がある」
「すでに空気感染にまで発展できてるってことは、次はその規模を拡大、ウイルス自体の免疫力を強化、生命維持力を高めてより強い個体を作ろうとするはず」
「ティマイオス、クリティアスとは違うウイルスを探せばいいってことだな」
「そういうこと。っていうことで」
フレイアがポケットからなにかを取り出した。
「はい、これ」
受け取れってことだろう。
「あんま聞きたくないんだけどさ、これ、なに?」
「イッケイの左人差し指」
「猟奇的過ぎて息が詰まりそう」
「今更切り離された人体に抵抗感じないでよ」
「うう……頑張る……」
渋々指を受け取り、俺たちは二手に分かれてこのフロアを調べることにした。
時間を三十分と定めて行動を開始。急いで散策に向かった。




