四話
深夜一時、家を出てミカド製薬に向かった。
双葉には優帆の方を見てもらうことにしたので、今日のところは俺とフレイアの二人になる。双葉も来たがってはいたのだが、ミカド製薬が優帆とじゅんちゃんに手を出さないとも限らない。ちゃんと言い聞かせればわかる子なのでお兄ちゃんはすごく助かってます。
株式会社ミカド製薬。全国にたくさんの工場や研究所を持ち、その手は海外にさえ伸びている。国内だけでなく海外の製薬会社を何社も吸収して規模を大きくしてきた。本社であるあの工場は特にそうなのか、非常に警備が厳しいように思える。夜中だというのに何人もの警備員が行ったり来たりしているのだ。現在裏口の方を見張っているが、塀の外の目視できる範囲でも十人以上の警備がいる。
「これ、ホントに大丈夫なのか?」
ミカド製薬からおよそ五十メートルほど先の三階建の家。その屋根に登って様子を窺っていた。
「大丈夫だよ、ちゃんとステルスかけるから」
「熱源感知とかでバレたりしない?」
「全部遮断するから問題ないって。たぶん」
「そのたぶんが怖いんだけど」
「この世界に魔法の概念はないんでしょ? だったら考えすぎない方がいいって。この世界の科学技術より、私たちの世界の魔法の方が上なんだから」
「魔法っていうくらいだから上なんだろうけども」
「そんなに心配ならやめとく?」
「そういうわけにもいかない。俺が危険な目に遭うならまだしも、優帆たちにも危険が及んでるんだ。これ以上野放しにはできない」
「そうそうその意気その意気」
身をかがめていたフレイアが上体を起こした。
「それじゃあ、準備はいい?」
「不安しかないけど行かなきゃ進展もないからな」
「男の子だからな、しっかりしないと」
この笑顔だ。歯を見せて笑うこの顔を、できれば二度と歪めたくない。
「おう、行くか」
お互いに頷き合って屋根から飛び降りた。
飛び降りるのと同時にフレイアがステルスをかける。これで誰からも視認されることはない。
身体強化のおかげでミカド製薬には三秒程度で到着した。だがそのまま止まることはない。勢いそのままに塀を飛び越えて敷地内に侵入。すでに侵入したことがあるフレイアの後ろについて、早足で裏口に向かった。
塀の中は外よりも厳重なのか、警備が見張っていない場所がないんじゃないかってほどだ。
裏口に到着してもなお、警備員の往来があって中に入るタイミングがつかめない。
「どうする」
「大丈夫。仕掛けはしておいたから」
フレイアが指を鳴らす。次の瞬間、俺たちが飛び越した塀のしたあたりで小さな火が上がった。
「着地したときやったのか」
「そういうこと」
警備兵が一斉に火元へと向かっていく。その間にフレイアが裏口のロックを解除。滑り込むようにして中に入った。
中は暗いが、眼球を強化すれば小さな光源だけでもなんとか見える。非常口用の緑色の光があるので問題なさそうだ。
「上手くいくもんだな」
「これからでしょ。さ、行くよ」
「行くよってお前も入ったことないだろ? どこ行くんだ?」
「虱潰し。入れるところは全部入る。でも一旦最奥まで行ってから。一度全容を確認しておかなきゃ」
「お前にはお前の考えがあるんだろ。じゃあそれでいこう」
「おーけー」
フレイアに頼り切りだが、戦闘力も判断力も彼女の方が上だ。俺の役目はフレイアのサポート、それと万が一の時は自害することくらいなものだ。後者は相当勇気がいるけど、やらなきゃいけない時っていうのは必ず来る。
考えただけで手が震える。果たして俺は自分で自分を殺せるのだろうか、と。
裏口からの通路は短い一本道だった。その先に地下へと通じる階段。その階段を降りていくと非常口用の緑の光が消えた。代わりに青い光が天井に灯っていた。かなり弱い光だがその弱々しさが気味悪かった。
通路の左右は壁もドアもガラス張りだった。いくつもドアはあったが、ドアにはアルファベットと数字で部屋番号がペイントされていた。ここから見える限りでも部屋の中には顕微鏡やら薬品の棚やら、そこまでおかしい部分は見られない。
そうしてまた階段があった。
それからはその繰り返しだった。五個目の階段を降りたあたりだ。新しいドアが道を塞ぐ。
「ここも認証が必要なのか」
「多分大丈夫だと思う」
フレイアがなにかをポケットから取り出す。たしか裏口から入る時も同じようなことしてたな。
「なあ、それってもしかして……」
「見ない方がいいと思うよ」
おそらく、いや間違いなく眼球だ。
いろんな思考が脳内を巡っていたが、その間にロックは解除されたらしい。あまりの手際の良さに驚きを隠せない。ロックナンバーを入力して網膜認証するだけとはいえ、だ。
扉の奥は赤い光で廊下が照らされていた。階層ごとに色を変えているのだろうか。
ゾクリと、背中に粟立つ感覚があった。
「フレイア」
「どうしたの」
「なんか、おかしくないか?」
「実は私も同じことを思ってた。あまりにも簡単すぎる」
「いやそうじゃない。ヤバイ感じがする」
「ヤバイ感じじゃわかんないんだけど」
「なんかある。こう、レーザーとかそういう感じのやつ。スパイ映画とか……見たことないか。そうだな、どっかにビームの照射装置があって、そっから光の線が出てくるんだ。んでそれに触れるとスパッといく感じの」
「なんかあるかな。ちょっと見てみる」
フレイアは通路に少しだけ頭を入れて中を見た。
「確かに、上の方に見たことがない細い筒みたいなのがある」
「それが照射装置だ。熱源感知とかそういうのだと思う。中に入るなら最新の注意が必要――」
話の途中だというのに関係ないと言わんばかりにズカズカ入っていってしまった。
「おいフレイア!」
が、特になんともないようだ。
「大丈夫、なのか?」
「だから、ステルスっていう魔法はそういうものなんだってば。熱源とか関係ないの。ほら先行くよ」
さすがに今のは心臓が十分の一くらいに縮んだかと思った。頼りになるのはわかるが驚くほど無謀とも思えるような行動はやめてほしい。でもそれが言えるような勇気はない。




