二話
早足で家に戻ろうとした時、黒塗りのセダンが俺の家の前に停まった。
中からは屈強そうなスーツ姿の男が二人、それと前回現れた役員の男が出てきた。屈強そうな男たちはボディーガードかなんかだろう。それだけ役員の男がいい役職ってことだ。
「悪いんだが、それはキミに宛てたものじゃないんだ。返してもらえるかね」
「アンタが秋山一慶さんかな。こっちも悪いね、これをじゅんちゃんに渡すわけにはいかないんだ」
男は顎を触り、空を見上げた。
「いかにも一慶は私だが、それはまだ試作段階なんだ。世に出るといろいろ面倒なことになる」
「じゃあ力ずくでなんとかするか? こんな真っ昼間から喧嘩でもしようって? どうかしてるぜ、アンタ」
「喧嘩なんてする気はないよ。曲がりなりにもミカド製薬の役員なのでね、できれば無駄な被害も出したくないし、騒ぎにもしたくない」
「騒ぎにしたくない人間がこんなもん送りつけるのかよ」
「それを使って騒ぎを起こすのは我々ではないからね。しかし、キミが間に立つというのであれば是非もない。今まで好き勝手やってくれたようだが、今度ばかりはそうもいかないよ」
秋山の前に、ボディーガードの二人が立ちふさがった。その男たちはポケットからなにかを取り出して首に当てた。プッシュ式の小型注射器であることはすぐにわかった。
「そいつらはお前の部下なんじゃないのかよ!」
「部下だよ。中東の貧民街から大金で買ったんだ。大丈夫さ、彼らは何度も実験を繰り返して人に戻るすべも心得ている」
ボディーガード二人はみるみるうちに変形していく。やがてじゅんちゃんの時のような、筋肉が隆起した化け物になった。だがじゅんちゃんと違うのはそのサイズだ。身長は高いが、それは元々の身長が高かっただけの話だ。つまり、目の前にいる化け物は容姿は変わったが身長に変化がない。今まで見てきた化け物とは少し違うようだ。
「キミ、というかキミたちには大いに興味がある。ここで殺してはもったいない」
秋山は俺を指さし「捕まえろ」と言った。
とてつもない速度でやつらは突進してきた。肉弾丸と言う表現が似合う。
しかしこの程度どうっていうことはない。腕や脚を掴んで道路の方へと投げ飛ばす。ここで戦ったりしたら被害が出てしまう。
「ごめん、遅れた」
フレイアがどこからともなく飛んできて俺の隣にならんだ。
「様子を見たかったから認知遮断の魔法を周囲にかけてきた。だからここで戦っても目立つことはないよ。あんまり得意な魔法じゃないから時間かかっちゃったけど」
「つっても周りの家が壊されちゃたまらんだろ……」
「大丈夫。私がやりたかったのは化け物の姿を隠すことだけだから」
「それってどういう――」
次の瞬間、化け物二体を雷が襲った。どこからの攻撃だ、と当たりを見渡すと、双葉が申し訳なさそうにこちらに手を振っていた。
「双葉がこれを……?」
「雷の魔法ならコツくらい教えてあげられるからね。これで一件落着っと」
戦闘するき満々だっただけに少しだけ拍子抜けしてしまう。
今、俺はなにを考えた?
戦闘する気があった。戦うつもりだった。ここで戦えば被害が出ることをわかってて戦おうとしてたのか?
「どうしたの? 早くアイツ捕まえなきゃ」
いつの間にか秋山は車に乗り込んで走り去ろうとしていた。顔には焦りの色が見える。
秋山はもっと上手くいくものだと思ってたんだろう。その考えは間違っていない。現に一回はまんまとやられたんだから。今俺が上手くやれてるのは一回失敗してるからで、もしも秋山が同じ一日を繰り返していたらこうはならなかった。
「双葉!」
道路まで出てきた双葉に小包を投げた。危なげない動作でキャッチした双葉は大きくため息をついているようだった。
「行かせるわけないでしょ!」
走り去ろうと速度を上げていく車の前に立ったフレイアはその車を真正面から受け止めた。俺はその隙にドアを開けて秋山を引っ張り出した。
「さあ、話を聞かせてもらおうか」
ギロリと、秋山が俺を見上げた。そして悔しそうに下唇を噛み、ジャケットの右ポケットを自分で殴りつけた。
「お前なにを……」
言いかけて、秋山の変化に気がついた。ジャケットからはオレンジ色のモヤが出始めていた。
急いで秋山から離れた。秋山の身体はぼこぼこと変形し、数秒と立たずに変形は顔にも及んでいた。
「Dに、栄光あれ……!」
そうして、秋山は完全に化け物になった。前回見たじゅんちゃんが変形した姿に酷似している。まさか自分のポケットに忍ばせていただなんて思わなかった。これでまた話を聞く相手がいなくなったか。
「イツキ! 合わせて!」
そう言いながらフレイアが化け物へと向かっていく。
「任せろ!」
前回と同じ戦闘力なら、コイツはボディーガードとは比較にならないほど強いはずだ。俺もそうだがフレイアだってやられた相手だ。
そう、フレイアもやられたのだ。
彼女が化け物の後ろ側から膝を蹴った。ガクリと膝を曲げたところを俺が顔面に一撃入れる。
彼女が横っ面に蹴りを入れれば化け物の動きが停まった。俺は胴を殴りつけ、化け物の身体が大きくのけぞった。
「いくぞフレイア!」
「これで決めるわ!」
俺が拳を大きく引いた。同時に、フレイアが重心を下げる。
「紫電一閃!」
「光焔万丈!」
炎を纏った俺の打撃が顔面の左を、雷を纏ったフレイアの蹴撃が顔面の右側を直撃した。化け物は身体を痺れさせながら燃え盛り、瞬く間に全身が黒焦げになってうつ伏せに倒れた。
「意外とあっけなかったな」
「不意打ちでもされなきゃこんなもんでしょ」
「これどうするんだ? 認知遮断で見えないつっても、これをこのままにしておくわけにもいかないだろ。ボディーガードの方もなんとかしなきゃならんし」
「ボディーガードの方も、殺すしかないかな。このまま野に放つってわけにもいかないし。幸いというかなんというか、認知遮断はこの車にもかけてある。だから、三人とも車に詰め込んでそのへんに捨ててくるっていうのが現実的かな」
「その魔法ってどれくらいまで続くんだ?」
「頑張れって張り続ければ一週間くらいはなんとかなるとは思うけど」
「それじゃあ一週間保たせて欲しい。ここで秋山がやられたってわかれば、次にどんな手を使ってくるかわかったもんじゃないからな」
「それもそうね。それじゃあ、少し遠くの河川敷にでも置いてくるわ」
「車、運転できるのか?」
「わけないでしょ。無理矢理魔法で持ってくんだよ。戻ってくるまで待っててもらえる?」
と、双葉が持つ小包を指さしていた。
「わかった、戻って来るまで開けない」
フレイアは歯を見せて笑い「よろしく」と言った。
黒焦げになった化け物を車に押し込み、車を抱えてどこかに跳んでいった。魔法って車を持ち上げるくらいの腕力も出せるのか。あの苦しそうな様子からすると長時間は保たなそうだが。
フレイアを見送った俺たちは、一応周りを見渡してから家に入った。
「もう、急に投げないでよ」
と双葉に言われたのは言うまでもないだろう。




