一話
起き上がると、そこはいつもの部屋だった。そう、俺の部屋だ。
ぼーっとする頭を抱えて、少しの時間そのままの姿を保つ。ずいぶん長い時間あっちの世界にいた気がする。
時計を見ると十時前、確か前回は十時とかに家を出て、優帆の家に行って、帰ってきたらじゅんちゃんが化け物になってたんだ。今からならまだ間に合うかもしれない。
急いで着替えを済ませて部屋を出た。一階に降りると双葉が朝食を用意して待っていた。
「お兄ちゃん起きたんだ、早いね」
「まあ、ちょっとな。って、お前も早いな」
「これからゆうちゃんの家に行くんでしょ? ゆうちゃんとじゅん兄ちゃんを助けるために」
「そうだ」
「それじゃあちょっとだけでも食べてってよ。朝食は必要だよ」
「そんな悠長なこと……」
続きを言おうとしたが、微笑む双葉を見て仕方なくイスに座った。用意されたトーストをコーヒーで流し込む。最後にヨーグルトを食べて立ち上がった。その間五分もなかったと思う。
「せっかちだなあ」
「今は急がなきゃヤバイからな。ありがと」
それだけ行って、俺は優帆の家に向かった。
インターフォンを押すとすぐに優帆が出てきた。
「こんな時間にどうしたの?」
「じゅんちゃんはいるか? いるならすぐに会いたい」
「急になによ」
「いるんだよな?」
「自分の部屋にいると思うけど……」
「そうか、失礼させてもらうぞ」
優帆を押しのけて家に入った。「なに! なんなの!」とは言うが、決して止めようとしないあたりが優帆の優しさってやつだろう。
階段を上がってじゅんちゃんの部屋の前までやってきた。四回ノックをすると「はい」と、中から返事がした。
「俺だ、イツキだよ。話がしたい」
「イツキか? ちょっと待ってろ」
数秒後、じゅんちゃんがドアを開けてくれた。その瞬間にドアノブを掴んで無理矢理中に入る。ドアを閉めると、廊下で優帆が「なんなのよー!」と叫んでいた。
「ど、どうしたんだよお前」
じゅんちゃんは引きつった笑みを浮かべていた。それも仕方がないとは思う。誰だってこんな強引なやり方したら顔も引きつる。
「ミカド製薬からなにかアクションとかなかった?」
「いや、特になかったが」
「そうか……それならいいんだ」
ここでようやく緊張の糸が切れた気がした。つまりまだ手遅れにはなってないということだ。
「ミカド製薬がどうしたんだ?」
「いや、ちょっといろいろあってさ。なにもないならいいんだ。それじゃあ失礼させてもらうよ」
じゅんちゃんの部屋から出ると優帆が腕を組んで待っていた。
「男同士の内緒の話?」
なにか言い訳をしないと、と思いながらいい考えが浮かんだ。こういう咄嗟の判断も、もしかしたら異世界で培われたのかもしれない。
「そんなところだ。昨日じゅんちゃんに貸したDVDのケースの中身がな」
「もしかしてえっちぃやつ?」
「いや、中身が入れ替わってたかもしれないなって思っただけだ。それだけ、それだけだから」
急いで階段を降りて「それじゃあ失礼!」と優帆の家を出た。
外に出てライセンスを取り出す。朝起きてフレイアがいなかったってことは、フレイアは今もミカド製薬の方を調査してるってことなんだろう。
フレイアに〈ミカドからの刺客が向かってないか〉とメッセージを入れた。返信はすぐに返ってきた。
〈ミカド製薬の裏口から出ていった車を追ってる〉
〈そいつらがなにかアクションを起こすかもしれない。追跡を続けてくれ〉
〈わかった〉
これでじゅんちゃんが化け物になったあとに現れたあの男を牽制できるはずだ。問題はやはりじゅんちゃんの方だ。アイツらはどうやってじゅんちゃんを化け物にしたんだ。それがわからないと対処のしようがない。
そのとき、宅急便の車が走って来るのが見えた。あれは確か優帆の家に届け物があったはずだ。
じゅんちゃんはなにも知らないと言う。この時間でなにも知らないじゅんちゃんが化け物になるにはこれ以外には考えられなかった。
優帆の家の前で宅急便を待つ。車が止まり、配達業者が荷台から荷物を持ってきた。小さなダンボール箱が一つ。
「葦原潤一さんのお宅ですか?」
「はいそうです。荷物ですよね、待ってたんですよそれ」
「そうですか。それじゃあここにサインお願いします」
サインをして荷物を受け取る。業者はそのまま車に乗り込み走り去ってしまった。
差出人は「ミカド製薬 秋山一慶」と書いてある。
「アキヤマ、イッケイ……?」
この差出人、前回現れたミカド製薬の役員なんじゃないだろうか。
とにかく中身を確認しなきゃいけない。




