十二話
気持ちがいい朝の日差し。そよぐ風は頬を撫で、事件の終わりを感じさせた。
「こんなところにいたんだ」
振り返ると、呆れ顔でフレイアが立っていた。
「ちょっと一人になりたくてさ」
「部屋に行ったらいないから心配しちゃったじゃん。今度から、どこかに出かける時は声くらいかけて欲しいな」
「ああ、次からそうする。エドガーの方はどうなった?」
「無事に捕まった。ヒルシュとの共謀も証明されたし、今までの犯罪も露呈した。たぶん刑務所からは一生出られないと思うよ。凶悪犯が行く特別な刑務所で自由時間も一切ない場所。受刑者同士の交流もさせてもらえないような刑務所らしいから心配しなくてもいい」
「そりゃよかった。これ以上被害も出ない」
「ヒルシュも捕まえたし、この件も完全に終結って感じだなあ」
「結局ヒルシュも捕まったのか」
「私たちは見逃すって言ったけど、警察が見逃すだなんて一言も言ってないしね。ヒュンタイク姉妹が警察で助かった。じゃなきゃ警察も動いてくれなかったと思うし」
「確証がないわけだしな、匿名の通報じゃ動かないわ」
木々が僅かに揺れ、葉と葉が擦れ合って涼しそうな音がした。
「ねえ、訊いてもいい?」
「なんだよ、改まって訊くことなんかあるのか?」
「どうしてあんなに頑張ったの? いつものことにも見えるけど、なんだかちょっと違う気がしたんだよね」
「なんだかってなんだよ」
「うーん、いつもより必死というか、なにかに急かされてる感じがしたっていうか」
よく見てるな。
とは言え、双子が殺される夢を見ただなんて縁起の悪い話もしたくない。
「あんな大男だぞ。双子だけでやらせたらどうなるかわかったもんじゃない。そう思ってだけさ」
「目が治ってそんなに時間も経ってないのにすごいね」
「わかってるのになにもできないっていうのも嫌だろ。だったら無理矢理にでも介入してやろうって思ったんだ」
「自分勝手だね」
「他人の顔色だけうかがっててもなにも進展しないって気がついたからな。確かに気にしなきゃいけない時もあるんだろうけどさ」
「それでも我を通すんだ」
「そうじゃなきゃ解決しないこともある」
大きく背伸びをすると、身体の中からギシギシという音が聞こえてくるようだった。無理が祟ったのだろうか、それとも遅い成長期なのか、身体が軋んで仕方がない。
「んじゃ帰るか」
「そうだな。フタバちゃん、すごく心配してたし」
ニッと、フレイアが歯を見せて笑った。
爽やかで快活そうな笑顔。どこか懐かしく、この笑顔を見るとどこか安心するんだ。
宿屋に戻ると、一階の食堂では双葉と双子がおしゃべりをしながらお茶を飲んでいた。年が近いのもあるし、双葉はこっちの世界で友人と呼べるような人もいない。ここで双子と友人関係になれば、こっちの世界で生活する上でもハリが出るかもしれないな。
ふと、彼女たちの姿を見ていて疑問に思うことがあった。
俺はなにを目的にしているのだろう、と。
死ぬことで現実世界と異世界を行き来することができる。それは何度も経験しているから間違いない。だが逆に、俺は必ずどちらの世界でも死ぬような思いをしなければいけないのだ。しかも、それを強いられることばかりだ。
死ぬことは怖い。痛いのも嫌だ。しかし、起こってしまうのだからどうすることもできない。
俺は一生、二つの世界を行き来しなければならないのだろうか。もしも生きていくとしたら、どちらかの世界を選ばなければいけないのだろうか。
現実の世界は大切だ。両親がいる世界、友人がいる世界、慣れ親しんだ世界。そこに戻りたいと思うのが当然のことで、それが当たり前のことなのだ。俺がいるべき世界はあちら側。それは間違いないのだ。
だが、こちらの世界に魅力を感じているのも事実だった。まるでゲームのような世界。法律は秩序という部分は現実世界よりもずっと緩く、例えば定職につかなくてもどうとでもなりそうな世界。非常に気楽で、魅力的な世界だ。それにここにはフレイアがいる。
「どうしたの、可愛い双子と可愛い妹が待ってるんだから行こうよ」
フレイアが俺の手を取り歩き出した。
引っ張られるようにして三人と合流し、テーブルを囲むことになった。
「怪我の方は大丈夫なの?」
ふんぞり返ってアルが言った。
「そういうお前はどうなんだ」
「私は大したことないわよ。ちょっと骨が折れたくらいだし。アンタの方が重症だったでしょう?」
「俺の方は優秀なヒーラーが何人もいるから問題ない。リアの方はどうだ?」
「まだ身体は痛みますが、メディアさんたちのおかげで動けるくらいまでは回復しましたよ。まあ、しばらく仕事は無理でしょうけど」
それでも清々しい顔で微笑んでいた。
ちょっと強引だったけど、これでよかったんだって思える。だって、自分が助けた少女たちがこんなふうに笑ってくれるんだから。
「すぐに戻るのか?」
「もうしばらくここに居ますよ。海上で具合が悪くなって困るので。イツキさんたちはどうするんですか?」
「そういやまだ聞いてなかったな」
「エルドートまではもう一息だし、一時間後には出るってゲーニッツが言ってたよ」
「そうか。じゃあ俺も準備しないといけないな。双葉は準備済んでるんだよな?」
「私はもう大丈夫」
「そうか、んじゃ一度部屋に戻るか」
カップの中身を全部飲み干して立ち上がった。
その時、アルが「待って」と俺の動きを制した。
「どうした?」
「あーっと、えーっとねえ……」
「アル、しっかりして」
リアがアルの肩を小突いた。
「わかってるわよ」と言ったあとで、深く深く深呼吸をした。そして勢いよく立ち上がり、また深く深く頭を下げた。
「今回は、本当にありがとう。アンタがいなかったら、私もリアもどうなってたかわからなかった」
今度はリアが立ち上がった。
「私からもお礼をさせてください。ありがとうございました」
こうやって改まって言われると困ってしまう。俺は俺がやりたいと思ったことをしただけなんだから当然だ。格好つけたいとかそういうのじゃない。ただ、親しい人、知っている人が死ぬ姿を見たくなかっただけだ。全部、俺のエゴなんだ。
「いいよそういうの。感謝されるのは悪い気分じゃないけど、そこまでしなくてもいいって」
「そういうわけにもいかないでしょ」
顔を上げたアルの瞳は潤んでいた。
「アンタだって大変な思いをしたでしょ。死ぬかもしれないところだったでしょ。いくらお人好しだからって、未来予知の力があったって、あの大男に向かっていったのは事実じゃない」
「すいません、アルが感情的になってしまって。でもわかって欲しい。私たちも、目の前で知り合いが死ぬのは見たくないんです。きっとイツキさんも同じなんですよね?」
息を飲む。この子は、それをわかっていて礼をしたのだ。
「ああ、そうだよ。だからそこまで感謝される覚えはない。もしもその気持ちがあるなら、もし俺が助けを求めた時には助けて欲しい。それでチャラだ。どうだ?」
アルとリアが顔を見合わせ、小さく頷いた。
「わかった。これは貸しだから、もう感謝もしないし頭も下げないわ」
ビシッと、こちらに人差し指を向けてきた。
「いいよ、それで。その時はよろしく頼むな」
手を差し出すと、アルは一瞬面食らったようだ。そのあとで恥ずかしそうに俺の手を握ってきた。
「ええ、ちゃんと連絡しなさいよね」
「大丈夫」
「それじゃあ私も握手を」
空いている左手をリアに取られた。
「これで、一件落着だな」
全員が笑顔だった。
今だけは現実世界だとか異世界だとかは忘れよう。ここにあるのが「現実」ってことで、無理矢理納得することにした。




