十話
小さく息を吐き出した。殴り合いになったら不利になる。こちらに視線を集めながら、なおかつ俺が得意とする距離を維持して戦う。それが難しいことくらいわかっている。なにせ俺よりもエドガーの方がリーチが長い。にも関わらず俺もエドガーもインファイターだ。
「受けて立ってやるよ」
一番気をつけなきゃいけないのはエドガーのAスキルだ。引き寄せたり引き離したりを自由にできるなんて厄介極まりない。相手に触られないように、それでいてこちらが一方的に攻撃できる方法。
そんな方法は、きっとない。
相手の動きをよく見ながら走り込む。エドガーは目を爛々と輝かせていた。獲物を狙う目。舌なめずりを一つ。俺のことは敵と思っているわけじゃない。ヤツにとっては獲物、自分と対等の存在だとは思っていないのだ。
どうしてか、俺はワクワクして仕方がなかった。
強敵と戦うことが楽しいのか。そうではない
窮地に立たされていることが嬉しいのか。そうではない。
女の子の前でかっこいいところを見せつけたいのか。きっと、そうじゃない。
やってやろう、どうにかしてコイツの鼻を明かしてやろう。弱い俺がコイツを倒す。もしもそれができたら――。
「最高じゃないか……!」
大きな右拳が伸びてくる。飛んできたという方が正しいかもしれない。身体を強化し、視力や反射神経を強化してもなおエドガーの攻撃は速かった。
だが避けられないほどではない。俺だってただ死んで生き返ってを繰り返してきたわけじゃない。経験からなにを学び取り、どうやって活かすかを考えてきたんだ。
エドガーの攻撃を避け、右の方へと移動する。まずは右足に一発、拳を打ち込んだ。固くびくともしないが、こうやって地道に攻撃を積み重ねるしかない。
「きかねえなあ!」
俺を追い払うために腕を振りかぶった。これもまた速い。それでも避けることはできる。体が大きいせいか攻撃が見やすく、非常に避けやすいのだ。これならばフレイアの方が速いんじゃ、とさえ思える。
すばやく移動を重ねながら、脚を中心にして攻撃を続けていく。俺には一発も入れられないのに、それでもエドガーは笑っていた。
脚には無数の切り傷がついていた。アルがつけたものだとすぐにわかったし、これに便乗しない手はないと思った。少しでもダメージがあるのなら、そこを重点的に攻めれば活路はある。
これならいける。攻撃を続けてさえいれば、コイツは脚から崩れていくはずだ。どんな弱い攻撃だって続けていれば結果になる。雨垂れ石を穿つということわざがあ――。
気がつけば、俺は宙を舞っていた。なにが起きたんだ。いったい、俺の身になにが怒ったんだ。
強かに背中を打ち付けた。肺の空気どころか、口から血が吹き出した。地下室の壁に打ち付けられたのだと、数秒経ってから理解した。
「ばっかだねえ」
のっしのっしと、エドガーがこちらに歩いてくる。なんでアイツがピンピンしてるんだよ。攻撃してたのは、俺だっただろ。なにがどうなったんだよ。誰か、答えてくれよ。
なにか言葉をと思ったが、口から出てくるのは赤い液体ばかりだった。また死ぬのか。こんなバカなこと、あってたまるものか。どうやって倒すんだ。こんな、こんな化け物みたいな男を。いったい、どうやって……。
「お前が避けられるスピードで攻撃してやったに決まってるじゃねーか。そうやって目をならさせておいて、最後に一発ドカンよ」
ゲハゲハとツバを撒き散らしながらよく笑う。ほんと、そうやっていつまでも笑ってろよ。
何度か咳払いし「あー」や「うー」といった言葉を発する。なんとか話はできるようだ。
「お前、見た目に似合わず、狡猾、だよな」
「ただぶっ潰しただけじゃ楽しくないだろ? 顔を歪ませて、泣き叫んで、最後には俺に命乞いをする。これが最高なんだ。こうじゃなきゃ意味がねーんだ」
「クソだな」
「褒め言葉だねえ。そんな言葉、相手に好き勝手やられてるヤツのセリフだからよお」
「じゃあ、お前も吐くことになるかもな」
「ああ? なんか言ったか?」
「お前もすぐに言うってことだよ」
「はあ?」
エドガーの背後がピカッと光った。刹那、エドガーの足が止まり、苦痛の表情で後ろを振り返る。
どうやって倒すなんて疑問、誰だって抱くに決まってるだろ。そもそも俺一人で倒せるだなんて最初から思ってないさ。俺は、彼女よりもずっと弱いからな。
雷霆フレイア。彼女が敵の背中を見逃すはずがないんだ。
幾度となく放たれる電撃の槍。それを苦しそうに受け続けるエドガー。感電しているのか、その場からうまく動けないようだった。
「お兄ちゃん……!」
双葉が素早く近づきヒーリングをかけてくれた。完全回復には至らないが双葉だって少しずつレベルが上がってきている。これなら、まだやれるはうだ。
「クソアマがあああああああああああ!」
感電しているはずなのに前に進み始めるエドガーはさすがとしかいいようがない。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
目にも留まらぬ速度で、エドガーの足めがけてなにかが飛んでいった。「なにか」の正体なんて一つしかない。




