九話
ヒルシュの背中を見送ったあと、俺たちはヤツが言っていた森に向かう。フレイアがメディアと連絡を取ってくれたが、ヒルシュが言うように小屋に張られた結界が強力で中には入れないらしい。
「本当にこれでよかったのかな」
走りながら、フレイアに向かってそう言った。
「そこは心配しなくて大丈夫でしょ。今は双子の身を案じることに集中しなさいって」
フレイアは笑っていた。彼女がなにを考えているのかさっぱりわからない。
海沿いの森に入ってすぐ、フレイアが魔法陣を発見した。魔法を解除すると、そこにはお大きな穴が空いていた。
こんな穴を一人で掘ったのかとか、ここまでどうやって掘り進めてきたのかとか、言いたいことは呆れるほどあった。でも今口に出すことじゃない。
「先に行くわ。ライトボールで辺りを照らして待ってるから」
先にフレイアが穴に飛び込んだ。
「双葉、行く?」
「え、いや、でも……」
悩んだ末、無理矢理双葉を抱えて飛び込むことにした。双葉は絶叫していたがもたもたしてる余裕はないんだ。許してくれ。
「こっちよ」
フレイアを先頭にして走り出す。限界まで身体を強化して全力疾走した。
大きな音が聞こえて、ずっと先の方でしばらくして明かりが見えた。
近づくたびに、明かりの下で行われている戦闘が鮮明になっていく。圧倒的劣勢。今にも双子のどちらかが殺されてしまいそうな、そんな勢いさえあった。片腕をエドガーに掴まれて身動きが取れないリア、それを見て佇むアル。
早く早くと心だけが急いてしまう。でもこれ以上速度は上げられない。
エドガーがリアを殴りつけた。あんなデカイ拳で殴られて無事でいられるわけがない。
そしてエドガーがリアの腕を離した。次の瞬間、大きな両手がアルの元へと向かっていった。
これ以上は見ていられない。見ていられなければどうする。どうしたい。
「俺は――」
地面を踏み込んだ瞬間に魔法を発動した。お得意の爆発だ。この魔法は攻撃だけに使えるわけじゃない。
爆風を推進力に変え、俺は一気にエドガーへと近付いていった。
「届いたぞ……!」
アルとエドガーの前に滑り込んだ。
「誰がさせんだよ」
両手で目一杯の爆風を発生させた。本当は至近距離で当てたかったがそんなことをしている余裕はなかった。
「な、なんだてめえ!」
熱い空気が地下道の中で渦巻いた。正直を言えばもっとスマートな方がカッコいいんだろうがそこまで器用じゃない
「イ、ツキ……?」
「ああ、もう大丈夫だ」
振り向いて、アルを見つめた。泣いていたのか、頬には薄っすらと涙の筋が見えた。
それよりもなぜ半裸なのか。目のやり場に困ってしまう。
「ごめんなさい、遅くなっちゃいました」
双葉がアルの肩に上着をかけた。我が妹ながらナイスなフォローだ。
フレイアがアルの後ろにやってきた。その腕にはボロボロになったリアを抱えている。
今まで至近距離にいたはずのエドガーが数メートル先で膝をついていた。胸には大きなやけどができていた。少しばかり距離はあったがダメージはあったらしい。
「てめえ、どうやってここまで……!」
肌に感じる殺気。アルとリアは今までこんなヤツとやりあってたのか。
「小屋に結界は張ったみたいだけど、地下室まではそうもいかなかったみたいじゃねーか」
「地下道……?」
アルが不思議そうにつぶやいた。
「そうだ。エドガーはいざという時のために地下道を掘ってたんだよ。だから長い間この町にいてもなにもしなかったんだ。地下道が掘り終わるまでは行動しなかった。無駄に頭が回るよな」
「ヒルシュの野郎、そこまで話やがったのか」
「全部話してくれたよ。お前も見る目がないな」
「拷問でもしたのか? 童顔のわりにやることはえげつないな」
「拷問なんてしねーよ。俺はお前とは違うんだ」
「はん、人間なんてみんな同じだ。欲望の塊。それが人間って生き物なんだよ」
「そう思いたきゃ一生思ってろよ」
両拳を上げた。
「やる気満々ってわけだ。いいぜ、お前ら全員ぶっ殺してやる」
エドガーは大きな口を開け、一直線に向かってきた。
爆発を起こしながら、女性陣から距離を取るようにして動き回る。いくらコイツの動きが速くても、距離さえ離せば人質に取られるようなことはなくなるはずだ。それに万が一があってもフレイアが対処してくれると信じている。
レベル差はある。それにあの筋肉だ、ヒルシュのようにはいかないのはわかっていた。
それでもやるしかないのだ。なにより、ここで簡単にやられたら格好がつかない。
「逃げ回ってるだけかよ!」
そんな安い挑発に乗ってやるほどの余裕はない。なにせ、このままだとまともな戦闘にさえならないのだ。なにか策を考えなければ、捕まって捻り潰されて終わってしまう。
あの夢のように、踏み潰されて終わってしまう。
あんな死に方だけはしてたまるか。惨めで、なにも守れなくて、なに一つとしてなし得なかったまま死ぬなんてごめんだ。
「そんなことしてるとなあ!」
急ブレーキ。腕を伸ばし、魔力を溜めるエドガー。その矛先が女性陣であることはすぐにわかった。
フレイアがいる。大丈夫だ。けれど、エドガーがどんな攻撃をしてくるかわからない。
「クソ野郎……!」
行くしかなかった。任せっぱなしにできるわけがないのだ。これはデミウルゴスとのケンカでもなければ、モンスターとの戦闘でもない。俺がフレイアたちに頼んで助けてもらっているのだ。ここで俺が手を抜くのは違うんだ。
一気に駆け抜け、エドガーと女性陣の間に割って入った。
「来ると思ったぜ!」
もう逃げられない。いや、逃げるわけにはいかない。




