八話
ヒルシュは何度か地面を転がり、そのへんの木の根元に当たって止まった。フレイアが即座に近づき、ヒルシュの身体をその木に括り付けていた。ロープを持参するとは用意がいいな。
「おい、起きろ」
頬を何度か叩いてヒルシュを起こした。しばらくして目を開け、ヤツは小さく舌打ちした。
「今アルとリアがエドガーと戦ってる最中だ。エドガーが捕まればお前も捕まる」
「まあ、そうだろうな」
諦めたのか、思った以上に晴れやかな顔つきだ。
「いくつか訊きたいんだが、なんで別の町に移ってすぐに行動を起こさなかったんだ? アンタとエドガーが同じ町について、なんで何週間、何ヶ月も身を潜めてたんだ?」
「今更隠しても仕方ないが、ただ喋ってやるのも癪だな。どうだ、取り引きしないか」
「どんな取り引きだ?」
「このままいけば双子はエドガーに殺されるだろうな。アイツはバケモンだ。ちっちゃい双子じゃ勝てない。だから策を授けてやる。その代り、今ここで俺を逃がせ」
正直なところ、この取り引きに応じるべきかどうかは迷うところだ。エドガーの残虐性は知っているし、レベルも高く強いことは間違いない。しかし今となってはヒルシュも双子の敵だ。勝手に逃していいものか、俺の一存では判断できない。
「いいんじゃない? こんな小物、逃げたところで大したことはできないさ」
と、フレイアがさも当然のように言った。
「それでいいのかな……」
「大丈夫大丈夫。こんな小物より、アルとリアのことが最優先でしょ?」
腕を組んだ。考えてはみたが、フレイアの言うことはもっともだ。コイツから情報を聞き出せずに双子が死んでしまうだなんて未来は見たくない。
「わかった。逃してやる。でも嘘はつくなよ」
「つくづくあまちゃんだがありがたい。まずはこのロープを解いてくれ。ここで逃げたって捕まっちまうだろうし、ロープを解いてもらってとんずらするなんてことはしねーよ」
確かに、こっちにはフレイアもいるし逃げることは不可能だろう。
仕方なくロープを解いてやると、体中を擦って痛がっていた。
「これは口約束だがちゃんと守ってくれるよな? そうじゃなきゃ喋り損だ」
「あんまりこういうことはしたくないんだけどな。お前が嘘をついて、そのまま逃げるってこともできるわけだし」
「ああそうだ。でも嘘をついたらそこの嬢ちゃんが追ってくるだろ? 俺のことなんて簡単にみつけちまう。だから俺も嘘はつけない。安心しな」
「わかったわかった、無理矢理にでも納得するよ。で、その策ってのはなんだ?」
「俺たちが他の町に移動してからすぐに行動しなかったのには理由がある。最初に逃げ道を作っておかなきゃいざという時に逃げられないからだ」
「逃げ道?」
「基本的には地下通路だな。エドガーはあの図体だし力も強いから、無理矢理地下に穴を掘って物理的に逃げ道をつくるわけだ。そのため、エドガーは普通の宿屋には絶対に止まらない。逃げ道が作れないからな」
「それであんな小屋を借りてたわけか」
「そういうことだ。だから今回も地下通路がある。港町の東側、海沿いの森に出入り口がある。エドガーの小屋に繋がってる。森の中だがそこまで離れてるわけでもない。小屋からはせいぜい数百メートルってとこだ。魔法で入り口を隠蔽してあるから、解除系の魔法をでたらめにぶっ放してるだけでも入り口は見つかるだろうさ」
「そこからエドガーの小屋に入れるってわけか」
「まあ、そういうことだな。エドガーは強化系の魔法が得意だからな、今頃あの小屋は強固な魔法で守られてるはずだ。だが地下通路だけは別だ。そこまで広範囲の魔法は使えない」
「信じていいんだな?」
「信じたくない気持ちはわかるが、すぐにでも向かわないと間に合わなくなるぞ?」
ヒルシュがニヤリと笑った。頭にくる笑い方だが、ヤツが言うことはもっともだった。
「俺たちはこのままエドガーのところに向かう」
「ああそうしろ。俺は逃げる。でも追ってくるなよ。俺は約束はちゃんと果たす男だからな、お前らにもそれを守ってもらわなきゃならない」
「わかってる。行けよ」
「ありがたい。それじゃあな」
そう言って、ヒルシュは森の中へと消えていった。




