七話〈リターン:イツキ=ミヤマ〉
走り込んで一発かましてやったがダメージはなさそうだ。がっちりガードされたのでそれも仕方がない。
ヒルシュのスキルはこの際あまり気にしなくても良い。戦闘に使えるような能力じゃないからだ。
問題なのはヒルシュの戦闘スタイル。武器を持たないところからも、俺やエドガーと同じく素手で戦うタイプなんだろう。レベルが100を越えてるってだけでも気後れしそうなのに同じインファイターというのは相当面倒くさい。
「二発目、打ち込んで来ないのか?」
ヒルシュが楽しそうに笑っていた。
「いろいろ考えてるんだよ。アンタの方がレベルも高いわけだしな」
「なら一緒に来た嬢ちゃんたちに応援を頼んだらどうだ? お前一人よりずっと楽になると思うがね」
フレイアと双葉のことも知ってるのか。知ってたのに俺と戦おうってのもおかしな話だが、戦わざるをえない状況でもあるか。
「いや、応援は頼まない。二人にはそう言ってあるからな」
「そうか、仲間は二人か。貴重な情報をありがとうよ」
「カマかけたのか、嫌なヤツだな」
「誰かついてきてるのは知ってた。だが人数まではわからなかったからな。でもなんで応援を頼まない? 一人はたぶん俺よりもレベルが高いだろ」
「俺が始めた喧嘩だからな。俺がアンタをぶっ倒すよ。じゃないとアイツらに顔向けできないからな」
「双子にいい顔したいだけか。お前も男だな」
「そういうんじゃない。アイツらを焚き付けた以上、俺だって筋を通さなきゃいけないんだ。ただそれだけだよ」
もう一度拳を胸の前で構えた。
「まあ、なんでもいいさ。こっちはお前を半殺しにしてから人質にして逃げさせてもらえるしな」
「できるもんならやってみろ」
一気に近づき、顔面に向けて突きを放つ。だがヒルシュは口端を上げてそれを避けた。
「単調だねえ」
ヒルシュの右拳が腹を直撃。強化をしていても痛いものは痛い。肺の中の空気が漏れるとか、胃の中の物を戻すほどではない。
しかし違和感がある。思ったほど痛くないのだ。コロシアムでの戦闘の時よりも痛くない。それにヒルシュの動きもちゃんと見えてる。レベルはコロシアムにいた連中よりも高いはずなのに。
ヒルシュがバックステップで後退すると、俺は怯むことなく追従した。俺が逃げるとでも思ったのだろう、ヤツの顔がわずかに引きつった。
「前進あるのみってか」
着地からの前進。眼の前にはヒルシュの拳が迫っていた。その場に留まって俺を迎え撃つと思っていただけに面食らった。できることがあるとすれば、この一撃を最小限のダメージで食い止めることくらいだろう。その方法もまた一つしかない。
「ああそうだよ!」
顔を突き出し、ヒルシュの拳を額で受け止めた。やっぱりそうだ。アドルフの方がずっと強かった。アドルフの攻撃に対してこんなことしたらそのまま空中へと浮き上がる可能性だってある。
「威力を殺した? なんなんだよお前、普通じゃないぞ……」
「普通じゃなくて結構なんだよ」
脚に力を込めて前へと進む。身体を右へと軽く振ると、それを見たヒルシュが左へと逃げようとした。
例えばアドルフよりも力が弱く、例えばルージュよりもずっと遅い。でもレベルは高いから反応だけは速いのだ。
きっと左に逃げてくれると思っていた。ありがたいと思いながら、右から左へ、勢いよく身体を移動させながら拳を打ち込んだ。最初からこうしようと決めていただけあって、威力はそこまで低くならない。
俺の拳はヒルシュの横っ腹を直撃した。想像以上に痛かったのか、ヤツの顔には完全に余裕がなくなっていた。
ここで手を休めるほど優しくはない。
即座に左手で肩を掴み、今度は顔面に一発。鼻が折れたのか、地面にぼたぼたと鼻血が落ちた。
「糞、ガキ……!」
違和感の正体がよくわかった。レベルの割には弱いのだ。向こうの攻撃はそこまで痛くないし、こっちの攻撃はかなり痛そうだ。その理由まではよくわからないが、これで臆することなく戦える。
ヒルシュが左腕を薙ぎ払って、それが俺の顎を直撃した。若干脳みそが揺さぶられたが決定打というほどの威力はない。
「逃してたまるかよ!」
逃げようとするヒルシュを追いかけ、腕が届くか届かないかというところで一時停止した。俺が突っ込んでくるとでも思ったのか、ヒルシュの腕が伸び始めているところだった。
急加速して腹に一発打ち込んでやる。一度身を引き、右のミドルキックで追い打ちをかけた。
ゴロンと、ヒルシュが地面に寝転がった。腹を抑えて苦しそうに身悶えている。
「なんなんだよ、お前……」
「なんでもない、普通だよ。普通の冒険者。逆になんでお前は俺にボコボコにされてるのか訊きたいくらいだ」
「その問には私が答える」
トンっと、フレイアが俺の横に降り立った。
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも、人間なんだから当然のこと。レベルってのは上がることはあっても下がることはないんだ。つまり、その人の全盛期がそのまま放置される。レベルっていうのは今の状態のことじゃない」
「それってつまり、生き物だから当たり前みたいに年をとっていくからっていう?」
「そういうこと。全盛期はレベル100以上あったみたいだけど、今となってはイツキよりも弱いの。本人もそれはわかってたと思うけどさ、プライドみたいなのがあったんじゃないかな」
「べらべらとうるせえガキどもだな。俺はまだやれるんだ。俺はまだ、戦える……!」
フレイアが大きくため息をついた。
「ってことだから、引導を渡してあげたらどう?」
「ああ、そうだな」
ヒルシュが脇目も振らずに駆け出してきた。逃げることよりもボコボコにされたことの方がムカつくのだろう。
ブンっと、ヒルシュの拳が空を切る。
「これで終わりだ」
目一杯、顔面めがけて拳を放つ。俺の拳が顔面を捉えた瞬間、爆発でヒルシュをふっ飛ばした。




