三話
夜になって、俺は急いで酒場に駆け込んだ。
「ヒルシュさん! ヒルシュさんはいないか!」
酒場中の視線が俺に集まる。だが気にしない。
「ヒルシュは俺だが?」
酒場の壁際で男が手を上げた。駆け寄り、机に両手を打ち付ける。
「アルとリアが大変なんだ。助けてくれ」
ヒルシュは木製のジョッキをテーブルに置くと、その鋭い眼差しを俺に向けてきた。
「あの二人がどうかしたのか」
「森の中で大男に襲われてるんだ。俺はレベルが低いしどうすることもできない。それで二人が言ってたことを思い出してここに来た。二人を助けてくれ」
「わかったすぐに行こう。店主、急ぎの用事ができた。酒代はつけておいてくれ」
店主は手を上げた。了解ということだろう。
俺とヒルシュは酒場を後にし、東の森へと向かった。町の中を走り抜け、民家がなくなり、森の中を駆け抜けていく。
「こっちだ」
俺の先導で進み、拓けた場所へとやってきた。
「ここだ」と、月明かりの下でそう言った。
俺が振り返ると、ヒルシュは困惑した顔で息を切らせていた。年には勝てないのか、体力はだいぶ衰えているらしい。
「ここだって、誰もいないじゃないか」
「ああそうだよ。誰もいなくて当然だろ。だって二人はエドガーに襲われてないんだからな」
「それは、どういうことだ」
「アンタと二人で話がしたかった、ただそれだけだよ」
嘘だ。俺はヒルシュと話をしにきたわけじゃない。コイツを、ぶっ潰しに来たんだ。
「話などない。はやく二人の元に案内しろ」
「それはできないな。アイツらは過去に決着をつけるためにここに来たんだ。これ以上アンタに邪魔させてやるかよ」
「邪魔だと? そんなバカな。俺は二人に協力してきたんだぞ。それをこんな……恩を仇で返されるとは思わなかったぞ」
ヒルシュはわなわなと拳を震わせ、奥歯を強く噛んでいた。
話をするつもりはないみたいだが、俺は俺で話を進めさせてもらおう。
「アンタがまだ現役だった頃、どこに配属されてたか覚えてるか?」
「さあな、いろんな場所に飛ばされたからわからんよ」
「じゃあ俺が言ってやるよ。アンタは一年ごとに転勤してるよな。で、知り合いに調べてもらったんだよ。軽薄そうな男だけどいろんなこと知っててコネがあるんだ。そいつが言うにはアンタが転勤した先では必ず誘拐事件が起きてる」
そう、エドガーのことを調べていくうちに俺は違和感を覚えた。事件の調書を書いていたのがアルとリアの元上司だったのだ。エドガーが関与したと思われる事件すべて、ヒルシュが書類を作成していた。
だからギルドのメンバーに相談して、グランツに情報収集を頼んだ。グランツは愛想もよく多方面にコネがあるらしく、情報が集まるのに時間はかからなかった。
物的証拠は一つもない。逆に、だからこそ関与していたという可能性が濃くなる。こんな偶然があるわけがないのだ。なにせヒルシュがいない町では一切事件は起きていないのだから。
「俺がやったって言うのか? 冗談じゃない」
「やったのはエドガーだ。そしてアンタはエドガーの右腕。五年前、アルとリアの姉妹が誘拐して殺された。アンタはその時もその町、マルハルクに勤務してただろ。アンタがエドガーを手引きしたんだ。少女がいる家を教えて、根回しして、エドガーが上手く立ち回れるようにしたんだ」
「そんあバカなことがあってたまるか。俺は元警察だぞ、信念を持って仕事をしてた」
「信じるわけねーだろ。カーロン、ネンフィス、ボルキン、ポロッキュ、そしてマルハルク。すべての町にお前がいて、エドガーもいたんだ。それどころか自分の部下を利用して、その部下をエドガーに売り渡すだなんてなんてこと考えるんだ」
「だから言いがかりだと言っているだろう」
「誘拐殺人の書類、アンタが常に作成してるんだな。これも偶然か?」
「逆だ。俺がエドガーを追ってた」
「それならアンタが来る前にエドガーが事件を起こしててもおかしくないよな? それに追ってたってことはエドガーが行く場所をわかってるんだ。事前に手を打つことをしなかったよな? なんでだ?」
「それは、上手く根回しができなかったんだ」
「それはないな。連絡手段なんてたくさんある。まだ事件が起きていない町に配属されたならなおさらだ。でもアンタはなにもしなかったな? 当時、アンタと一緒に仕事してた警察官にも連絡が取れたんだ。エドガーのことはなにも言ってなかったそうだな。追ってたとか、捕まえたいとか、そういうことは一切口にしていなかった。毎日明るく、仕事に情熱的だったって話は聞いたけどな」
「誰かに行って情報が漏れたら困ると思ったんだ」
「困るだろうな。アンタとエドガーがつるんでたなんて知られたくないもんな」
そこでヒルシュは一度深呼吸をした。
「なにを言っても無理そうだな」
「当たり前だろ。俺はアンタがエドガーの仲間だって思ってて、その考えを変えるつもりはない」
「そうか。なら仕方ないな」
ヒルシュが指を鳴らす。すると空気が静止した。僅かに吹いていた風はなくなり、木々の葉が揺れる音も聞こえなくなった。
「覚悟、決めたみたいだな」
「言いふらされちゃたまらないからな」
「本当のことだからな」
「いいや嘘だ。お前が言っていることは一つも真実がない。なぜならここでお前を殺すからな。火元がなくなりゃ火事は広がらん」
「そうだ、それでいい。俺は俺の役目を果たすまでだ。でもな、燃え広がった火は、火元を消したところで収まらないんだぜ」
ヒルシュのAスキルは「インターセプター」で数十メートルにわたって特殊な結界を張ることだ。強度はそこそこだが結界の外に音は漏れず、小さな争いにはもってこいの能力ってわけだ。たしかPスキルは「マインドポケット」で、人の敵愾心を薄れさせるとかいうなんとも言えない能力だった。だからこそエドガーとも話ができたのかもしれない。
レベルは108。俺には少し荷が重い。だからってやらないという選択肢はなかった。
「後悔してもやめてやらん。死んで後悔しろ」
「こりゃこっちのセリフだ。絶対逃してやらねーからな」
俺を中心にして、地面から円形の炎が吹き上がる。拳にも炎をまとわせ、両拳を胸の前で構えた。
「火を飛ばしてこないってことは純粋なインファイターか。エドガーと一緒だな」
「だとしたらなんだよゲス野郎」
ぐぐっと地面を踏み込み、一気に前へと踏み出した。コイツだけは許しちゃいけない。あの二人の姉妹を奪い、ずっと騙し続けてきたんだ。
コイツを二人の前に突き出してやる。そう思いながら、俺は力強く拳を振りかぶった。




