一話
跳ね上がるように飛び起きた。
木造の壁や床、古びた窓、外から聞こえるスズメの鳴き声。この状況がおかしいのだと気づくまでやや間があった。ここは俺の部屋じゃない。つまり、俺はまだ異世界側にいるということだ。
顔に手を当てる。続いて胸、腕、脚と触っていく。体は問題ない。では頭はどうなんだ。俺は確かに殺された。でも、今俺は異世界にいる。
「どう、なってるんだ……?」
意味がわからなかった。こんなことは初めてのことだ、理解が追いつかず頭を抱えた。
夢だったと考えれば合点がいく。しかし、あれが夢だとは思えなかった。二人の凄惨な姿が今でも脳裏に焼き付いている。それに強烈な激痛を忘れることなんてできやしない。
夢であればいい。いいけれど、あれが夢じゃなかったら。
そう考えて、かぶりを振った。二人が無惨に殺されたことが現実だとすれば、俺がここにいること自体が不自然なのだから。
不自然、そう不自然なのだ。
それを言い始めてしまうと、何もかもが不自然に思えてくる。俺が異世界に来たのも不自然だし、現実に戻るのだって不自然だ。フレイアと偶然出会い、旅をしたのだって――。
「おっはよー」
バタンとドアが開き、フレイアが部屋に入ってきた。
「どうしたの? 汗、すごいよ?」
「いや、ちょっと怖い夢を見ただけだ。なんでもない」
急いで立ち上がり、タオルを手にとった。
「昨日のことだけど」と、口をついて出そうになった。だが不安にさせるのも嫌だし、詮索をされても答えようがない。ここはぐっと堪えて、普段どおりの態度を取り繕うべきだと思った。
「そう? なら、いいんだけどさ」
「ああ、大丈夫。風呂に入ってくるよ。すぐ上がってくる」
「おーけー、行ってらっしゃい。その間に朝食頼んどくから。なにがいい?」
「トーストとコーヒーとヨーグルト。あとはテキトーで」
「わかった。モーニングシャワー、楽しんできて」
笑顔で手を振るフレイアに別れを告げ、俺は風呂に向かった。やけに心臓の鼓動がうるさかったが、別に負い目があるわけじゃない。あれは夢だった。だから「なんでもない」という言葉だって嘘じゃない。
そういえば、グランツとゲーニッツがいなかったな。こんなに朝早くからどこへ行ったのかと思うが、あの二人ならばどこかで酔いつぶれていてもおかしくはない。
風呂から上がり、朝食を摂り、一度部屋に戻った。フレイアが俺の顔色を窺っているような気がした。これも被害妄想の一つだと、無理矢理自分で納得させた。
イスに腰掛け指を組む。指の上に顎を乗せ、小さくため息をついた。まだ考えがまとまらない。風呂に入っても食事を食べても、こうやって独りでいても、どうやったってこの動揺を落ち着かせることができなかった。
何度も自分に言い聞かせようとした。あれは夢だったんだって、結局もう一度やり直せるんだからいいじゃないかって。それでもダメだった。頭の片隅に引っかかって取れないんだ。なにがというわけじゃない、今の状況すべてが引っかかっているのだ。
水を飲み、深呼吸を一つ。おかしいというのであれば、とりあえず思い出すことだけでもした方がいい。
双子と会話をして夜にまた会おうって約束をした。アルもリアもなんだかんだ言って、喋ってるときは楽しそうだった。たわいない会話をするような仲になったのだと嬉しくも思った。地図を見せてもらった。夜になって部屋に行ったら二人はいなくて、地図の通りにエドガーのところに行ったけどエドガーはいなかった。その地図が、二人によって工作されたものだと最後まで気が付かなかった。
エドガーの小屋についた頃には手遅れで、アルもリアも酷い有様だった。思い出したくないくらい、残酷な、俺にとって地獄絵図と言ってもいいくらいだった。そして、無謀にも一人でエドガーに挑み、俺も殺された。
正直、あれが現実か夢かは判断がつかない。予知夢というものもあるし、現実とも夢とも断定することはできないのだ。
しかし現実であるのならば、これから起きることは間違いなく起きる。夢であればあの現実は訪れない。予知夢であるのならば、覆すことも難しくない。非常にポジティブな考え方であることは理解しているし、完全に思考を切り替えられたかと言われるとノーだ。それでもこの方法で自分を騙すしかなかった。
何度も死に、何度も生き返り、何度も誰かを助けようとしてきた。だからこそ、余計なことは極力考えない方がいいという結論に至った。思考停止は問題だが、深く考え過ぎればドツボにハマる。それを避けるには前に進むしかないのだ。
そうなればやることは一つだ。まずは双子に会う。同じやり取りがあるのなら、予知夢として未来を変えなきゃいけない。
前回と同じように女子部屋のドアの前に立った。前回同様、魔法についての勉強をしているみたいだ。ドアをノックするとフレイアが出てきた。
「どうしたの?」
「服屋とか防具屋とか見に行ってくるよ。なにか欲しいものとかある?」
「んー、今は特にないかな。でも遅くならないように。みんな心配するってこと、忘れるなよ」
「ああ、昨日は悪かった。今日はちゃんと戻って来るよ」
「ならよし」と、フレイアがニカっと笑った。
ゆっくりとした足取りで階段を降り、そこからは急いで双子がいる宿屋に向かった。




