七話
それからは特に事件も起こらず、航海は順調に進んだ。こんなに晴れやかな日常は久しぶりだった。
海風が心地いい。太陽は眩しいが、それも風情がある。
順調すぎて拍子抜けするくらいだ。気がかりがあるとすれば、双子とのやりとりがほとんどなかったことだ。フレイアもゲーニッツも、顔は合わせたようだが会話もそこそこに済まされたそうだ。
あの双子、アルとリアを危険な目に遭わせたくはない。でもそれを止める権利は俺にはなかった。それにあの二人は警察という危険な職業を自分たちで選んだ。警察になった理由はどうあれ覚悟があってのことだ。俺が苦言を呈したとあれば、彼女たちの覚悟を覚悟を踏みにじってしまうような気がしてならないのだ。
このまま船が港につかなければ、彼女たちが危険を冒すこともない。だがそれだと俺たちもエルトードへはたどり着けない。
二律背反か、と海を見ながらため息をついた。
それから数時間ばかり、船は海の上を走り続けた。港町トラミアに到着した頃には、空には茜色のカーテンが降りていた。
船から降りて背伸びをした。船が悪いというわけではないが、やっぱり陸が安心する。今でもゆらゆらと揺れている感覚があってちょっと落ち着かなかった。
双子は俺たちよりも先に降りていった。右舷側の甲板から二人が降りていくところが見えたから間違いない。誰よりも早く飛び出していったのは、それだけ急いでいたからだ。その理由を知っているだけあって、止めることも諌めることもできやしない。
二人が走り去った方向へと視線を向けた。町中へと直結する大通りのようだった。
「なにしてるのイツキ、さっさと行くよ」
フレイアと双葉以外はすでに歩き始めていた。
「お、おう。ってどこに行くんだ。大通りはあっちじゃないのか」
「予約を取った宿屋が港に面した場所なんだ。どうせ到着は夕方だと思ったから近いところ取ったんだって」
「その言い方だと取ったのはグランツあたりか」
「さすがに私たちの役割がわかってきたみたいだね。偉い偉い」
「はいはい子供扱い子供扱い。さあ行こうか」
「あしらい方も覚えたか」
なんてくだらない話を、双葉は笑顔で見つめていた。
宿は大きめで綺麗だった。掃除は行き渡っているし、床なんかはピカピカだ。天井には小さなシャンデリアがぶら下がっており、今まで泊まってきた宿なんかとは比べ物にならない豪華さだ。
とりあえず荷物を置いたが、例のごとくゲーニッツ、グランツ、メディアは三人でどこかに行ってしまった。どうせバーにで行ったのだろう。
手持ち無沙汰になり、一人で宿を出た。誰かを誘おうと女部屋に寄ったのだが、三人が楽しそうに喋っていたのでやめた。廊下までキャーキャーという黄色がかった声が届いていたからだ。
俺が外に出てきたのは都合がよかったからだ。一人ならば双子と接触できる。ここまできて二人の行為を止めようとは思っていない。少しでも協力して、二人への危険が軽減できればいい。
大通りの方へと向かうと、宿の周囲よりもずっと賑やかだった。ビアガーデンのように、バーが外まで広がっている場所もある。そこで飲み食いする人たちにもどこか品があるように見えた。
賑やかなのはそれだけが原因ではない。さまざまな店が客引きをしている。売っている物も多種多彩で目を引かれる。精巧なガラス製品などはきらびやかで、靴屋やカバンなども値段が少し高めだ。高級魚を専門に扱う店からは、魚介類のいい匂いがした。
かぶりを振って思考を取り払う。気を取り直して、近場の宿屋から見て回ることにした。
が、その必要はなさそうだ。
「よう、アル」
レストランの前で佇むアルを見つけた。
「ちょっと、気安く声かけないでもらえる?」
「そんなに俺のこと嫌いな感じだったっけ? もうちょっと気遣いとか欲しいんだけど」
「気遣いができるほど心に余裕がないのよ」
しかし焦っているようには見えない。
「リアはどうした。もしかしてお前、迷子なのか……? 可哀想に……」
すると、みるみるうちにアルの顔が赤くなっていく。そうでなくちゃ彼女ではない。
「違うわよ! 誰が迷子よ! 迷子になるなら妹のリアでしょうが!」
「誰がどう見ても迷子になる確率高いのはお前だぞ」
「リアとはここで待ち合わせなのよ。別々に行動して情報を集めるのが目的」
「待ち合わせなら宿屋でした方が良くないか? そっちのが安全だと思うが」
「どっちかが安全でもどっちかが危険だったら意味ないでしょ。こうやって外にいれば、連絡が来た場合にすぐ行動できる。と言っても簡単にやられるような私たちじゃないけど」
ない胸を張って高らかに言い放った。フレイアの胸部を思い出し、少しだけ悲しくなった。
「今不埒なこと考えたでしょ」
「考えてない。気のせいだ」
「ならいいけど」
ハッと、アルがなにかに気がついた。俺の後ろを見ている。
振り向くとリアが歩いてくるところだった。
「また会いましたねイツキ」
「ああ、偶然通りかかったらアルがいたもんでな。ちょっとからかって遊んでた」
「遊ぶな! ほら、さっさと帰りなさいよ。私たちはこれから夕食だから」
「なら俺も混ぜてくれよ。人数は多い方が食事も楽しいだろ?」
「お断りだけど?」
「んー、もうちょっと考えてくれてもいいんじゃないかな」
「どうでもいいけど行きましょう。お腹も減りましたし、イツキは口で言っても聞きませんよ」
嗜めたというほどでもないが、リアの一言がきいたらしい。アルは「さっさとついてきなさい」と言ってレストランの中に入っていった。許可をもらえた、と思っていいんだろう。
窓際であり角の席を予約してあったらしく、そこに通された。四人がけであるため、双子が隣り合って座った。




