四話
と、目端になにかが映った。なにかというより誰かだ。
なぜその誰かが気になったかと言えば、完全に商人なんかと風体が違うからだ。
深い青のキャスケットを被り、青い外套、ポンチョのようなものを羽織り、フリルをあしらった白いブラウスを着ている。青いフリルスカートに白いタイツ。人形のように線が細いため服装が似合っている。
低身長の少女が二人。それはメリルよりも小さく、でも纏う空気は一般人のそれとはやや違って見え――。
「あ、イツキ」
声を掛けられた。
間違いない。無表情で抑揚のない声。制服ではないけど、一緒にダンジョンに潜ったこともある。
「どうしてリアがここにいるんだ」
そう、双子の妹リアである。
「ちょっとリア! 先に行かないでって言ったでしょうが!」
開いていたドアからアルが出てきた。
深い赤のハンチング帽。ポケットがたくさんついた赤いジャケットに黒いブラウス。赤いキュロットスカートに黒いガーターベルト。ややマニアックではあるがこれはこれでありだ。
「あ、イツキ」
「リアクション一緒か」
「んなことはどうだっていいのよ。なんでアンタがここにいるわけ?」
「それは俺のセリフなんだが。俺はエルドートに向かってる最中だ。三日くらい船に揺られる予定だ」
「そういえば魔女のところに行くんだったわね。それなら海路を行くしかないか」
「逆にお前らはなんでここにいるわけ? 左遷された?」
「誰が左遷か! 私たちはプライベートよ。有給消化ってやつ」
「じゃあ観光ってことか。目的地は?」
「この先の港町、トラミアよ」
違和感があった。
有給消化と言いながらもちっとも楽しそうじゃない。目つきがキツイから、とかではない。雰囲気というか、空気感がダンジョンに潜っていた時と非常によく似ていたからだ。
「ま、これ以上関わることもないでしょ。私たちには私たちの目的があるからね。アンタも、無理矢理私たちに関わろうとしないでよね。め・い・わ・くだから」
「なにもそこまで嫌がらなくても」
「嫌なものはいやなの。それじゃあね、いい旅を」
アルは「行くわよ、リア」と言って反対側に歩いていってしまった。
リアは最後まで俺の方を見ていた。無表情ではありながらも、少しだけ悲しそうだった。
しかし、あそこまで言われたら仕方がない。接触は避けた方がいいだろう。知らない仲じゃないし、仲が悪かったってわけでもない。正直素晴らしいレベルで寂しいが、アイツらにはアイツらの楽しみ方があるんだろう。
「あ、イツキさん。こんなところにいたんですね」
「おおメリルか。どうしたんだ」
「姿が見えなかったので、どこに行ったのかなって」
「なんか用事か?」
「特に用事とかはないんですけど……」
なぜかもじもじと、照れた様子で身を捩らせていた。
「よくわからんが、暇なら一緒に船の中でも見て回るか」
メリルはデミウルゴスにいた時、好き勝手に外に出られなかったと言ってたな。ならこういう船に乗るのだって初めてだろう。
メリルはパァっと明るい表情になり、全身を使って大きく頷いた。
「行きましょう行きましょう!」
急にウキウキし始めた。一体なんだってんだ、このテンションの変わりようは。
と言っても可愛い女の子とデートみたいなことができるのだ。こっちだって当然まんざらでもない。
メリルは俺の手を取り、早足で通路を歩き始めた。そんなに急がなくても船は逃げないってのに。
それから、夜までの時間はメリルと二人でデートした。
外側の通路を歩きながら、海面から飛び出す魚を見たり、甲板でウミネコに餌をやったり。少し冷えてきたら中に入り、娯楽室でボードゲームをしたり、ダーツなんかをしたり。数時間前の殺伐とした戦闘が嘘のようだ。
もしかしたら俺のことを気遣ってくれているのかとも思ったが、メリル自身も楽しんでいるようなので考えるのをやめた。そんなこと、今考えたって仕方ないと思ったからだ。彼女が楽しんでいるなら、俺が楽しまないのはなにか違うんじゃないかと思ったんだ。
夕食は俺、フレイア、双葉、メリルでとることになった。年上組は食事というよりも飲みに行った。食堂とバーが完全に独立しているらしく、そっちにいったみたいだ。
結局、俺が床に就くまでの間には帰ってこなかった。
船酔いはしなかったし、ご飯は美味しかったし、満足のいく船旅だ。
毎日がこんなに楽しければいいのに、なんて思いながらも目を閉じた。明日はなにをして過ごそうかとか、そんなことを考えながら、俺はまどろみに身を任せることにした。




