三話
宿に戻ると、女子部屋に案内された。そこには双葉がいて、ベッドに座って遅めの朝食をとっているところだった。
俺の姿を見てちょっとだけ不安そうな顔をしたが、双葉はすぐに笑顔に戻った。
「ちゃんと勝ったんだね」
「当たり前だ。そうそう何回も繰り返してたまるか」
しかし、ルイも律儀なヤツだな。雲隠れするような技術があるなら、双葉を殺して消えてしまえばいいだろうに。アイツにもいいところがある、ってことなのか。
感動の再会みたいな感じではあるがあまり時間はない。疲れてはいたが、船の時間が迫っていたので、急いでチェックアウトしなければいけないからだ。
双葉の身体の調子も悪くなさそうだし、たぶん問題はないだろう。
ゲーニッツたちに急かされるようにして宿を出た。
「なんでこんな時間に船を取ったんだよ。もっと遅くてもいいだろ」
俺がそういうと、グランツが申し訳なさそうに眉根を寄せて笑った。
「最近は船の数が減ってね、今日はこの時間しか目的地までの船がないのさ」
「船が減った? 嵐でも近いのか?」
「海中にモンスターが出現したせいで、船が何隻も沈んでるんだよ。ここだけじゃない、いろんな場所でだ」
「モンスターってダンジョンにしかいないんじゃないのかよ」
「海は事情が特殊でね。海中ダンジョンって管理がし辛いらしいんだよ。例えばダンジョンが壊れかけていて、中からモンスターが出てくるっていうのもあり得る話だ」
「ダンジョンって壊れるのかよ……」
「さあね、その辺りは一般人にはわからないよ。世界の真理、ってやつだからさ」
「なかなかにミステリアスな世界だな」
グランツがわからないものを俺が理解できるわけないだろう。そういうものだと思って納得するしかなさそうだ。
船は大きく、いかにも海賊とかが乗ってそうなクラシックな船だった。見るからに木造で、それがまたいい雰囲気だ。
「すげーな、こういう船って帆で風を受けて進むんだよな?」
隣にいるフレイアに聞いてみた。
「一応帆は付いてるけど、基本は空気中の魔法力を吸収して魔法で進むけど?」
クラシック感ぶち壊しである。
「なんで帆がついてるんだよ。必要ないだろ」
「あの帆には風を受けた時に、風の勢いを増加させる魔法がかけられてるんだよ。もしも魔法エンジンが故障した時とかに使う、非常用ってことになるけど」
「魔法エンジン」
「空気中の魔法力を吸収して推進力にする機械だ。私は機械とかよくわからないけど」
「この世界にもそういうのあるんだな。もっとレトロな感じの世界だと思ってたんだけどな」
「船もエンジンだし車もエンジンだし、高価ではあるけど飛行機もあるぞ?」
「俺のファンタジー感がどんどん消えてくな……」
陸と船を繋ぐ橋を渡って船に乗った。客室に入り荷物を積み込んだ。男と女別々で部屋を取ったらしい。
数分すれば、ゆっくりと船が動き出した。こういう外観の船に乗るのは初めてだから、少しだけテンションが上がってしまう。
客のほとんどが商人なのか、物価がどうとか塩の値段がとか、どこどこではエメラルドが採掘されたとか、そんな話ばかりが耳に飛び込んでくる。まあ、モンスターもいるし観光客とかそうそういないだろう。
客室を出て甲板へ。潮風が気持ちがいい。カラッとしていて、風を感じるにはもってこいの日だ。
「さっそく甲板に来たな」
声をかけてきたのはフレイアだった。
隣に並び、彼女は髪を耳にかける。その仕草が妙に色っぽかった。その仕草、どこかで見たことがあるような気がした。フレイアじゃない、別の誰かの仕草だ。それが誰なのかまでは思い出せなかった。
「どれくらいで到着するんだ?」
「港町のトラミアまでは三日くらい、かな」
「そんなにかかんの? そういや客室に折りたたみ式のベッドがあったな」
壁に折りたたむタイプのベッドだ。寝心地はわからないけど、省スペースのためには仕方ないんだろう。
「こういうの、私は割と好きだけどね。穏やかな空気っていうのかな。いろいろ忘れられるよ。イツキだって船旅って経験ないでしょ、あんな世界じゃさ」
「まあ確かに。時間がゆっくりに感じる。こういうのも悪くないかもな」
フレイアと視線が交わる。笑顔なんだけど、なぜかどこか寂しそうな感じがする。寂しいというか、儚げというか、危うい感じがしたんだ。
よくよく考えれば、フレイアはいつも笑顔で俺を受け止めてくれる。いつも彼女に寄りかかってるクセになにを考えてるんだとも思うが、少しだけ、フレイアという女の子がわからなくなる。
「じゃ、私は双葉ちゃんの様子見にいってくるよ」
「それなら俺も行くかな」
「女の子のことは女の子に任せおきなさいって。イツキは船の中でも見てきたらいいよ」
「フレイアがそう言うならそうするが……」
背中をトンっと叩かれ、仕方なく船を見て回ることにした。船を見て回るなんて機会もないし、これはこれでいいか。
食堂も広い、娯楽室もある、トイレも思った以上に綺麗だな。
手すりからちょっとだけ身を乗り出して海を見下ろす。船が海水を分けて進み、わずかに白波が立っていた。
ウミネコの鳴き声。これが日常生活ならうるさいと思うような鳴き声だが、この状況だと情緒がある。




