二話
拳を胸の横で構え、左側に身体を回しつつ振り抜いた。その際、胸の横から少し離れた位置に拳をスライドさせながら打ち出すのがコツだ。
遠心力を利用した攻撃。これはアドルフに教わった。自分の力以上の攻撃力を生み出せるから、的確なところで使えば効果は絶大だとも言われた。
別に、ルイの動きを目で捉えていたわけではない。しかし、俺の拳はルイの腹部を完全に捉えていた。
軽い。そう思えるほど、ルイの身体が吹っ飛んだ。いや違うな。危機察知能力ってやつか、わずかに後ろに飛んでいたようだ。
それでもダメージは大きかったらしく、ルイは数メートル先で腹を抱えていた。着地するだけの余裕はあるのか。
「こんなまぐれが続くと思わないよね?」
「まぐれかどうかはお前が確かめろよ」
打たれたことがないやつは、自分の打たれ弱さに気付かないものだ。
前進、加速。目一杯の魔力を使ってルイへと向かう。
こんな実直な攻めだ、ルイが避けないはずがない。でもそれは万全だった場合の話。今の一発がどれだけの意味を持ってるか、その身をもって思い知れ。
動こうとしたのだろう、ルイの身体が横に揺れる。しかし、思うように脚が動かないのだろう。一発で脚にくるなんて、ひ弱もいいところじゃねーか。
それだけじゃない、さっきの着地も原因の一つだ。無理矢理着地したものだから、脚に疲労が溜まっている。俺を翻弄するために移動を続けたのもあるだろう。
ここで、ルイが戦い方を変えてきた。
こちらに手の平を向けたのだ。
魔法の合図だってすぐにわかった。
「それも対策済みなんだよ」
更に加速。同時に、炎を纏う。
こちらの魔力も最大。そうでなきゃ、レベルが高いルイの氷は受けきれない。
氷の塊がぶち当たる。僅かな抵抗を感じたが、当たった瞬間から氷が解けているのもわかった。
氷、炎、蒸気を抜けて、ルイの前に飛び出していく。
が、ルイがいつものようにニヤリと笑っていた。
ヤツ左手が地面に触れている。
お前が一回魔法を使ったくらいでホッとするようなヤツじゃないことくらい、俺にだってわかってんだよ。
左足で着地し、すぐに右足を地面につけた。左側に飛んで、またすぐに着地。ジグザグに動きながら、再度ルイへと突き進む。
この脚さばきはフレイアからコピーした。速度がある状態の大股から、次の足を小股にして進行方向を変える方法。実はかなり難しく、それでいて脚への負担が大きい。フレイアは簡単にやるけど、俺がやるのは二回が限界だ。それ以上は足が痛くなる。
身体を屈め、一気に突っ込んだ。
ルイの両腕が上がる。これは攻撃のためじゃない。手の甲をこちら側に向けている、防御のための体勢だ。
防御力に自信がないやつが防御をする。それは「それ以外に道がない」からそうするのだ。つまり、俺はコイツを詰ませたと言ってもいい。
右拳を構え、振りかぶる。しかしその攻撃はルイに届かずに空を切る。
ルイが僅かに防御を下げた。
「終わりだ」
拳を振りかぶった勢いで、上半身をひねり、わずかに飛び上がる。上半身につられて空中で回る下半身。下半身が回転を始めたら、あとは右足を大ぶりで振り抜く。
防御が下がったルイの顔面に、右足の蹴りがクリーンヒットした。
吹き飛ぶ、ということはなかった。そりゃそうだ、俺は右足を地面に叩きつけたんだから。
さっき学んだ。横への攻撃に対し、コイツは咄嗟に避ける技術を身に着けている。だから腕を上げたんだ。
防御の体勢をとって、腕がダメージを受けている間に後ろに飛び退く。それがコイツの防御法。それなら下に叩きつけてしまえばいい。
ヤツの身体が軽く跳ね上がった。バウンドし、仰向けのまま動かなくなった。
「後悔、したかよ」
起き上がるな。そう何度も心の中で呟いた。
他人からはまだやれるだろうと見られておかしくない。でも俺は、これまでルイの攻撃を受け続けてきたんだ。それに慣れない行動を取り続けてきた。たぶん明日は筋肉痛だろうなと思うくらいよく動いた。
ルイは立ち上がらない。それどころか、口を半開きにして白目を剥いていた。
『しゅうりょーう! 勝者! イツキ!』
大きく深呼吸を一つ。右腕を高く上げた。
俺だけだったら勝ち目はなかった。いろんな人に助けてもらった。これはちゃんと双葉にも言わないとな。
授賞式というのがあるらしく、一度控室に通された。控室には、タオルを持ったフレイアとメリルが待機していてくれた。
「ここにいたのか」
「試合はちゃんと会場で見てたよ。イツキが勝った後で急いで戻ってきたの」
タオルを受け取り、イスに座った。一度座ってしまうと、ドッと疲れがのしかかる。しばらく動けそうにない。
メリルは濡れたハンカチで顔を拭いてくれた。
「ありがと」
「これくらいは全然。かっこよかったですよ、イツキさん」
「メリルにそう言われると照れるな」
俺がそう言うと、なぜかメリルが照れているようだった。わずかに顔が赤らんでいる。
フレイアの方を見た。
「待っててくれて、ありがとうな」
「ま、これくらいはね」
胸を張るフレイア。内心心配だったろうに、本当に感謝しかない。
「ルイがどうなったか知ってるか?」
「あのあとすぐに追いかけたけど、どこかに行っちゃったみたい。ごめんなさい……でもフタバちゃんは元に戻ってるわ。今は寝てるから、あとで宿屋に連れて行くわね」
「なにからなにまでありがとう」
その時、控室にルージュとアドルフが入ってきた。
「やったな。私を倒しただけある」
「完璧だったよ。称賛を贈ろう」
二人共、爽やかに笑っていた。
俺が倒したはずなのに、ここまで協力してくれた。それに勝利を一緒に喜んでくれる。本当にいい奴らだな。
控室のドアが四回ノックされた。そして、係員の女性が入ってくる。
「授賞式、出られますか?」
「はい、行きます」
膝に手をついて立ち上がる。ちょっとキツイが、動けないことはない。
通路を歩いている最中も、歓声は鳴り止まなかった。
俺が会場に出ると、その歓声は一気に高まった。勝利を祝ってくれてるって感じじゃない。もう単純に祭りを楽しんでる感じだな、これは。
会場の中央には、タキシードを来たデカイおっさんがいた。筋肉でワイシャツがはちきれそうだけど大丈夫だろうか。
髪の毛は白髪だが、じいさんというには妙に若々しいような。。
おっさんの前に立つと、握手を求められた。
「おめでとう、イツキくん」
「あ、ありがとうございます」
誰だろうと思っていると、おっさんは思いついたように頭を掻いた。
「もしかして、私のことを知らないかね?」
「ええ、まあ」
「一応この闘技場の主、ドルガだ。管理人であり、優勝経験もある。というかこの闘技場の管理人は歴代の優勝者の中から選ばれる」
「あー、なるほどね」
この白髪の感じ、年は結構いってるのかもしれないな。それに近くで見ると顔のシワも多い。
「それではこのトロフィーを」
小さなトロフィーを手渡される。トロフィーの下のプレートにはなにか書いてある。
「なにこれ」
「キミの二つ名、その名も『炎帝』だ。キミの戦いっぷりに相応しい名前だろう?」
「俺の二つ名か、ありがとう」
とんでもない厨ニネームをもらってしまったが、これはこれで悪くない。元々厨ニっていうのは俺みたいなの大好きだからな。
最後に堅く握手を交わし、広場を後にした。
控室のところまで来ると、ルイが壁に寄りかかっていた。
「やってくれたね。想像以上だったよ」
コイツ、こんなことになっても笑ってんのかよ。
「そんな怖い顔しないでよ。ちゃんと妹ちゃんは元に戻しておいてあげたからさ」
壁から身を離し、ルイは歩いていってしまう。
「もし次会うことがあったら、その時は覚悟しておいてね」
なんて言いながらも、最後までルイは笑っていた。
できれば二度と会いたくないけど、もう一度くらいは相まみえることがありそうだ。




