十一話
現在の時刻は夜の八時。優帆には一度家に帰れと促し、この家には俺と双葉しかいない。
「ゆうちゃんがお兄ちゃんの言うこと聞くなんて珍しいね」
俺がテレビを見ていると、ダイニングからそう言ってきた。振り向くと一人でコーヒーを飲んでいる。
「アイツだって馬鹿じゃないってことだ」
じゅんちゃんと話をした、なんてことはさすがに言えなかった。ただ、一度話をした方がいいんじゃないかって言っただけ。まあそれだけ言えば俺がじゅんちゃんと話をしたことだってなんとなく理解はするだろう。
「なにかしたの?」
「特になにも。世の中っていう荒波に流されて生きてるもんで、自分から動こうとは思わないわけですよ」
「はい嘘。お兄ちゃんはその荒波に真っ向から抗っていくタイプだよ」
「そう見えます?」
「そうとしか見えない」
「そりゃお前の目が節穴なんだよ」
「そうだったら良かったんだけどね」
「なんか引っかかる言い方だな」
「気の所為じゃない? それじゃあお風呂入ってこよーっと」
「お、このタイミングでってことは久しぶりに一緒に入りたいのかぁ?」
「一緒に、入る?」
両手で頬杖をつき、ニヤニヤしながらそう言ってきた。
こうやって真正面から堂々と言われると腰が引けてしまう。それになんだあの笑顔は。まるで俺をからかっているようじゃないか。
「そそそそそこまで言うならぁ?! 相手になってやろうじゃねーかぁ?!」
声が裏返ってしまった。
「そう? じゃあいこっか」
「え? 否定しないの? 嘘でしょ?」
「一緒に入るって言ったじゃない。ほら、行こうよ」
双葉はスタスタと、軽快にスリッパを鳴らして出ていってしまった。
あれはマジのやつだ。すごく自然に、すごく普通に、なにごともなかったかのようにリビングを出ていった。それにアイツは冗談だったらすぐに冗談だと言う。つまりこれはマジで風呂に入る流れ。
「まさかこの歳で妹と風呂に入ることになるとは……」
邪な気持ちはまったくないが、この歳になれば異性同性関係なく家族に裸を晒すという行為そのものが恥ずかしいものだ。
しかしなんでアイツはいきなり風呂に入ろうなんて言い出したんだろう。俺、なにかしたっけ。
「おにいちゃーん、はやくー」
早くってなんだよ。恋人かよ。
俺は風呂場に向かいながら、どうやってこの状況を切り抜けるかを考えていた。
そして切り抜けることができずに風呂に入ることになった。
「まるでマジックみたいだ」
残念、湯気で裸体がまったく見えないぞ。いや喜ばしいことだが。
「なにがマジック?」
「いや、なんでもない」
「そう? それじゃあそこに座って」
言われた通り、入ってすぐに座らされた。かと思えば頭からお湯をドバーっとかけられた。熱くはないがいきなりはびっくりする。これが冷水だったら「このために風呂に誘ったのか! こいつー!」とも笑い飛ばせたのに。
「頭洗うよー」
「う、うむ。よきにはからえ」
「はいはい、あわあわしましょうねー」
双葉はカシュカシュとシャンプーを手の上に出し、ちょっと慣れない動作で俺の髪の毛を洗っていく。指先の力はちょっと弱めでこそばゆい。
「もうちょっと強くてもいいぞ」
「これくらい?」
「ああ、ちょうどいい」
なんてやりとりをしながら髪の毛を洗ってもらった。妹とはいえ、女の子と風呂に入ってこういうやり取りをするのは結構いいな。
頭をシャワーで流し、今度は身体を洗おうとした。
「いやぁ? さすがにそれは自分でやるかな?」
「そう? それじゃあどうぞ」
ボディブラシを渡された。双葉はそのまま湯船に浸かる。なんかちょっといけないものがいくつか見えたような気がするけどすぐに目を背けた。
身体を洗っている間、双葉がめちゃくちゃ俺のことを見てきた。なんなんだ、今日のコイツはいつもよりおかしい気がする。
「じっと見てどうしたんだよ」
身体の泡を流しながらそう言った。
「んー、よく見たことなかったけど、お兄ちゃんって結構筋肉あるんだなーって」
「おいやめろバカ。恥ずかしいだろ」
「でも私の裸も見たじゃない。おあいこ」
「完全に不可抗力じゃん……。はい、次お前の番」
「じゃあお願いしようかな」
双葉は湯船から上がり、イスに座った。とんでもなくナチュラルに、俺が今まで座っていた場所に座りやがった。
「私の髪も洗ってくれるんでしょ?」
はー、コイツー。
「仰せのままに」
逆らえないー。
シャンプーを手に取り、それを手で揉んでから髪の毛に触れる。えっと、どれくらいの力で洗ったらいいんだ。
少しずつ泡立っていく髪の毛。指先にはちょっとずつ力を込めていく。でも優しさは忘れない。
「んー、ちょうどいいかも」
「んじゃこのまま続けようか、お嬢さん」
「口調変じゃない?」
「俺は紳士としてナチュラルボーンだからな」
「まあそれでもいいけど」
ふと下を見ると、いい感じに膨よかな胸の丘が見える。ああ、上からみるととんでもなく立体的だな。
「手が止まってる」
「待て待て、心頭滅却の最中だから」
「あとあんまりシャップーし続けてると頭皮が痛むから、そろそろ流してもらっていい?」
「ああ、助かったよ」
「会話が噛み合ってないけど、まあいいか」
今度は俺がシャワーを持ち、双葉の頭にお湯を当てる。その間は双葉が髪の毛の泡を落とすのだ。
「じゃあ次は身体でも洗ってもらおうかな」
「それは無理だ」
「なんで? もしかして妹に欲情しちゃう? 浴場だけに?」
「してやった、みたいな顔やめて。妹だから恥ずかしいんだろうが。さっさと洗え」
「はーい」
身体を洗う双葉を横目に、浴槽の中に身体を沈めた。
まず足から、ブラシで優しく、肌を撫でるように洗っていく。そこそこ足は細いが、太ももはいい感じの太さだ。元々痩せ型のせいかウエストも引き締まっている。腕を上げて脇の下を洗う仕草は例え妹であっても色気を感じてしまった。さすがにいかん。




