七話
次の日はちゃんと学校に行った。友人たちの顔を見ると、おかしな話だがなんだかちょっとだけ「別の世界に来た」みたいな感じだ。
でも遊んでいる時間はない。たっつんたちの誘いを断って家に直帰した。
風呂に入って部屋着に着替え、自室のベッドで横になる。が、特にやることもない。ミカド製薬に関しては、フレイアが戻って来なければ動くに動けないからだ。
ここでゴロゴロしていてもあまりいいことはない。漫画を読むかゲームをするか小説を読むか。その程度しかできないが――。
「勉強、するか」
最近は時間の感覚も麻痺している。それでも俺は学生だし、その中でもあんまり頭がいい方じゃない。やれる時にやるっていうのは、今の俺にはたぶんかなり大事なことだ。向こうでもそれは学んだ。命のやりとりばっかりだったからっていうのもあるけど。
でも教科書とノート広げてにらめっこしてると、言いようのない眠気が襲ってくるのは一体なんだってんだ。
数学がキツイから世界史に変えて、それもキツくなってきたから物理に変えて。もうなにも頭に入ってこねーよ。俺はどうやって受験に受かったんだ……。
「あー、そっか、優帆がスパルタで眠らせてくれなかったんだ」
俺が高校に受かったのもアイツのおかげと言える。
しかし、そもそもなんで優帆はあんなに頑張ってたんだ。アイツの学力なら余裕だっただろうし、朝から晩まで付き合うなんてことしなくてよかったのに。
「自分の復習にもなるからごちゃごちゃ言うなって言われたんだっけか」
ほんと、幼なじみとは言ってもよくわからん。結局他人だし仕方ないことではあるか。
イスから降りて背伸びをする。ベランダに出て、夕日を眺めた。
遅くとも明日にはフレイアが帰ってくるはずだ。休日になれば、ミカド製薬の社員もいつもより人数は少なくなる。
そういえば、明日明後日が土日で休日だってこと、フレイアは知ってたっけか。向こうのカレンダーはいくつか目にしたけど、時間の流れみたいなものは向こうと変わらないっぽい。でも、休日とか関係ない職業の人って土日の感覚なくなるって言うしな。
まあ、俺がフレイアの帰りを待つことしかできないんだが。
「ただいまー」
と、双葉が帰ってきたようだ。これだけ遅くなったってことはスーパーにでも寄ってきたんだろう。一声掛けてくれれば荷物持ちくらいしたのに。
「おかえりマイシスター」
階段を降りて、少し大きめの声でそう言った。
「アンタ、そんなこといつも言ってんの? マジキモイんですけど」
そこにいたのは優帆だった。いや、双葉もいたんだけど、なんでまた優帆がいるんだ。
「ま、まあまあ、たまにお兄ちゃんこういうふうになっちゃうんだ。あんまり気にしないで」
「双葉も大変だね、こんなのが兄貴で」
「いいところもたくさんあるんだけどね、ダメな部分がちょっと露出しすぎちゃってるっていうか。とにかく夕食準備するからリビングで時間潰しててよ」
「料理なら私も手伝うわよ。毎晩毎晩タダ飯ってわけにもいかないし」
「それなら手伝ってもらおうかな」
「おっけー。それじゃあなにから――」
結局俺に罵声を浴びせたあとは用済みってわけか。二人で楽しそうにキッチンの方に行ってしまった。このなんとも言えない気持ちは一体どうしたらいいんだ。
部屋に戻ってゲームを進める。やはりこれに限るだろう。困った時はゲームで時間を消費していこう。
と思ったのだが、ちょっと気になることができた。二人の料理が完成するまではまだ時間が必要だろう。
双葉に黙って出かけるのは気が引けるけど、すぐ戻ってくれば問題はないはずだ。
一度部屋に戻って着替えを済ませる。靴を履き、音でバレないように、ドアの開閉には気をつけて外に出た。
向かった先はなんてことはない。隣の家だ。
ドアの前に立ってインターフォンを鳴らす。一回。数秒経ってからもう一回。すると、家の中からドタドタと足音が聞こえてきた。
ガチャリと開いて、中から人が出てきた。
「はい、なんでしょうか」
伸びっぱなしのヒゲと髪。目の下にはクマ。部屋着はよれよれで、最初は誰かわからなかった。
「えっと、俺です。隣の」
「ん? あー、イツキか。どうしたんだ」
「いや、その、優帆はいないのかなって思って」
「ユーホ? そういやたまに帰って来るけどすぐどっか行っちまうよ。今日もボストンバッグ持ってどっか行った」
ボリボリと腹を掻きながら言う。その姿は、昔のかっこいいじゅんちゃんではなかった。
「知らないならいいんだ。ごめんね、じゅんちゃん」
「おう、それじゃあな」
バタンと、拒絶するようにドアが閉じられた。
これでなんとなくだが、優帆が家に帰りたがらない理由がわかった気がする。
葦原潤一。年が十離れた優帆の兄で、昔はよく遊んでもらってた。頭が良くて、学校ではバスケ部に入っていた。そんなじゅんちゃんに憧れてバスケ部に入ったことを今でもよく覚えている。
確か県外の学校に行って、そのままそっちで就職したって聞いていたが、いつの間にか帰ってきていたのか。それにあの感じだと、たぶん仕事にも就いていない。仕事を辞めて帰ってきた。って考えるのが、たぶん正しいんだろう。
優帆が帰りたくない気持ちもわかる。優帆はじゅんんちゃんのこと「おにいちゃんおにいちゃん」って後ろからついて歩いてたくらいだし。あんなじゅんちゃんの姿、見たくはないんだと思う。
そっと家に戻り、そっと自室で部屋着に着替える。双葉と優帆はまだ料理中だ。バレなくてよかった。
じゅんちゃんになにがあったのかを確認する手段はない
双葉に呼ばれてダイニングに行くと、美味しそうな食事が並んでいた。秋刀魚に肉じゃが、ひじきにきんぴら、漬物に味噌汁に白米。これこそ日本食だ。
肉じゃがやきんぴらは昨日あらかじめ仕込んでおいたらしく、いい感じに味が染み込んでいた。漬物は市販のものだが、それ以外が自作だってんだから自慢の妹と言わざるをえない。
食後には、二人の女子が楽しく風呂に入ったようだ。キャッキャウフフの入浴内容を堪能できなくて非常に残念である。きっと「やだー。双葉の胸大きいー」とかやってるんだろうな。俺もやりたい。
二人が風呂から上がってきた。このまま女子会ちっくなことをして終了かと思った。その時、声を掛けられたではないか。正直どんな嫌味を言われるかと思ったが、優帆の対応は結構普通だった。
優帆がゲームをしようと誘ってきたのだ。テレビゲームではなくアナログゲーム、ボードゲームと言ってもいい。
可愛い妹と割とどうでもいい幼なじみと三人でのボードゲーム。久しぶりというだけでかなり楽しめた。
ちなみにゲームの名前は「品性ゲーム」である。その人が歩く人生の中で、品性を問われるような二択が用意されているという究極の二択ゲー。中でもひどいのが「こっちの方が正しい行いだが借金を背負わされる」系。正直精神的にキツイゲームだった。
品性ゲームの他にもUSOをやったり普通にトランプしたり。気付いたら日付をまたぐ直前だった。
お肌に悪いってんで二人は無事就寝。俺も自室に戻った。これでようやく俺の時間がやってくるわけだ。
暗い部屋の中、ベッドに寝転がってライセンスを見た。フレイアからのメッセージはない。いつ帰るのか、くらいは欲しいもんだ。
考えたいことはいろいろある。ミカド製薬だけじゃない。今日はまた別の問題を抱えてしまった。
瞼を閉じて、夢想する。
ミカド製薬をなんとかする。そのなんとかって、なんなんだろう。それをして、俺は一体どうなってしまうんだろう。
じゅんちゃんはなんで帰ってきたんだ。どうして、あんなふうになってしまったんだろう。
異世界で、俺は一体どこに向かっているんだろう。最初は帰れないと思ったからギルドに入るって言ったんだ。でも帰って来られるなら、その必要はないんじゃないか。
フレイアはどう思っているんだろう。この、世界同士の行き来と、死に戻りのことを。そして、俺のことを。




