六話
優帆と食事をして、ゲームをして、風呂上がりに遭遇して。そんな日常が、最近となっては定番となってしまった。
いくら優帆とはいえ、風呂上がりに横に座られると「いい匂いだな」なんて考えてしまう。いや、シャップーとかは一緒のはずなんだけど。
「おやすみ、お兄ちゃん」
「ああ、おやすみ」
にこやかに、双葉が自室に入っていった。
「部屋に入ってこないでよね」
「入らねーよ」
なんていいながら、優帆が双葉の部屋に入っていく。が、頭だけ戻ってきた。
「おやすみ、イツキ」
理由はよくわからないが、優帆は満面の笑みを浮かべていた。
「おやすみ、夜更かしすんなよ」
「わかってるよーだ」
二人が部屋に入ったのを確認してから俺も自室に入った。
こちらもいつもどおりと言っていいのか、ベッドの上で漫画を読むフレイア。うつ伏せのまま漫画を読み、足をパタパタと動かしている。その仕草が妙に可愛らしく、けれどフレイアらしい仕草に思えた。
「二人とも寝ちゃった?」
「まだ寝てないとは思うけど、しばらくしたら静かになると思う」
「寝付きいいもんね、二人共」
「俺も寝るぞ。明日はさすがに学校に行かないと」
「隣どうぞー」
「どうぞじゃなくて」
「私の隣はお気に召さないと?」
「そういうわけじゃないけど、お前まだ寝る気ないだろ」
「そりゃまあね。もうちょっとしたら出ようと思ってるし」
「出るってどこに?」
「そりゃミカド製薬についての情報収集のために。まだ調査不足だしね。このままミカド製薬について調査を進めていけば、そのうち侵入する方法も見つかるだろうしね」
漫画を読み終わったのか、ベッドから降りて本を片付けるフレイア。しかし、ベッドには戻らずにドアにより掛かる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「なんだよ改まって」
いつものような和やかな雰囲気も、いつものような笑顔もない。問い詰めるような、冷たい眼光だけが印象的だった。
「ちゃんと答えてもらえる?」
「あ、ああ。答えるよ」
「じゃあいくつか質問する。向こうの世界でアナタはルイに負けた。結果として私はアナタを殺し、こちらの世界に帰ってきた」
「そうじゃなきゃここにはいないだろ」
「でもルイに負けたことに関して、まだ話してないことがあるよね?」
「なにを話してないっていうんだよ。俺はルイに負けた。双葉が殺されてからじゃ面倒が大きくなる。その前にお前に殺してもらったんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「嘘」
「なにが嘘だってんだよ。俺だって死にたいわけじゃない。全力で戦ったに決まってんだろ」
一層、眼光が鋭くなった。
「じゃあなんで特訓の成果を出さなかったの? 前日は寝るまでずっとみんな付き合ってくれたのに。レプリカモーションでアウトプットするための、様々な戦闘用動作を叩き込むために」
「いや、それは使うタイミングが掴めなくて……」
今まで突っ込まれなかったから、フレイアも忘れているものだと思っていた。でも違った。フレイアはずっと考えていたんだ。俺がなぜあの時レプリカモーションを使わなかったのか。そしてその答えを出した。
「タイミングなんてあってないようなものでしょ? だって回避も防御も攻撃も、私たち全員でアナタに仕込んだんだから。たとえ回避の一瞬であっても使うことはできたはず。でもイツキは使わなかった。あれはそう、わざと負けたようにしか、私には見えなかった」
彼女は顔を背けるような真似をしなかった。それほどまでに自分の回答に自信があるのか、それとも別の意図が隠れているのか……。
しかし、これ以上は繕いきれない。
「正直、勝てないと思った」
仕方ない。俺がなぜレプリカモーションを使わなかったのか、言う他に道はなさそうだ。
「試合が始まってすぐ、俺はアイツに勝てないと思った。なんかよくわかんないけど、そう感じたんだ。レベルとかそういうのもあるんだろう。ただ今のままじゃダメだって思ったんだ。いや違うな、直感した」
「だから使わなかった。抗おうともしなかった」
「レプリカモーションのことは考えないようにしてた。アイツの動きを見たかったんだ」
「見たかった?」
「次戦う時のために、アイツの動きをコピーしたかった。そしたら、もう気付いたら崖っぷちだったんだよ。負けたかったわけじゃないけど、もう身体は動かなくて、フレイアの名前を叫ぶしかなかった」
「そういう、ことね」
フレイアはため息をつき、けれど眼光は鋭いままだった。
「そういう事情があったのなら、少しだけど同情してあげる。でも覚えておいて欲しいことが一つだけある」
「なんだ」
「死に戻りという能力が、完璧で、万能であるという保証はない。なにがあっても死を選ぶようなことはしないで。腕一本失っても、目の前にある未来は諦めてはいけない。藻掻き苦しむことは、生にしがみつくという行為に直結するから」
どこか、悲しそうな顔だった。
元々目つきが鋭く、睨まれると尻込みしてしまうような威圧感がある。それでも物悲しそうで、他にもなにか言いたいことがあるんじゃないかと勘ぐりたくなる。
痛々しく、小さな少女を連想させるような、そんな目だった。
「それじゃあ私は行くわ。心配はしなくていい。なんとかなるはずだから」
静かに、彼女はベランダから出ていった。
いってらっしゃいとか、気をつけてとか、俺は何一つとして声をかけることができなかった。それはフレイアの気迫に押されたからなのか、それとも彼女の瞳に感傷を抱いたからなのか。
それは、俺自身にもよくわからなかった。




