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放たれた木は一直線に兄妹をめがけて飛んでいく。
不意にグレーテルがヘンゼルの肩越しに身を乗り出すと夜色の瞳に木を捉える。
「来ないで」
その一言で木が空中でピタリと動きを止めた。そして弾かれるようにアリスの方へ
と飛んでいったのだ。
予想外の事にアリスは目を見張り、とっさにしゃがんでそれを避ける。
木はアリスの頭上を通り過ぎ他の木々を巻き込んで転がっていった。
「さすがグレーテル!」
「……」
そのまま逃げ切るつもりか。
離れ行く二人の背中を見つめながら、アリスはにやりと笑った。
「おもしろい!」
自称はスピードスター。鬼ごっこをさせれば右に出る者はいない。
アリスは息を吸い込んで駆け出す。
身軽なアリスに対してヘンゼルはグレーテルを抱えているためスピードは落ちていく
一方だ。
程なくしてヘンゼルは捕獲された。
ぜえぜえと呼吸を乱しながらヘンゼルはアリスに泣きついた。
「お願いいします!見逃してください!!」
「イヤ」
迷うそぶりも見せないアリスの返答。
「土下座でも何でもします!」
ためらいのないヘンゼルの土下座。
「初めから金品を奪うつもりだったの?」
「はい」
「捨てられたっていうのは?」
「嘘です」
「まあどうでもいいんだけど」
「どうでもいいの!?」
ヘンゼルが問い掛けに素直に答えるもアリスはすべてを投げ捨て視線をグレーテル
に移す。
グレーテルがヘンゼルの後ろに隠れようとするところを捕まえ、目を輝かせる。
「さっきのなに?」
「……、……」
「私が投げた木はじき返したやつ、どうやったの?」
詰め寄るアリス。グレーテルが助けを求めるようにヘンゼルを見ると、二人の間に
ヘンゼルが割って入ってきた。
「それについてはまあ、色々あるってことで……」
「貴方に聞いてないんだけど」
ひょいとヘンゼルを横にずらす。
「グレーテル、は話せない訳じゃないのよね?」
「グレーテルは人見知りだから」
「だから貴方には聞いてないの」
再度割って入ってきたヘンゼルをもう一度横にずらす。
めげずにヘンゼルが割って入る。ずらす。何度かそれを繰り返すとアリスは舌打ち
をして、ヘンゼルの足を引っかけて転ばせ、起き上がる前にうつぶせにさせると一方
の手でヘンゼルの首を、もう一方の手で膝の後ろを巻き、ヘンゼルの体を海老のよう
に曲げる海老固めという技を見舞ってみせた。
ヘンゼルはバンバンと地面を叩きギブアップを宣言するが、一向にやめる気配はな
い。
小刻みに手を震わせながらグレーテルに手を伸ばすもグレーテルはすでに白旗をあ
げていた。




