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ヘンゼルはスイスイと歩を進めていく。
迷子という雰囲気などみじんもない。道しるべなんて必要ないと言わんばかりの足取りだ。
「お姉さんはどこからきたの?」
「家から」
「あー……そっかあ」
アリスは少年の問いに素直に答えたが、ヘンゼルからは苦い笑顔を返された。
他愛のないやり取りを繰り返す中でヘンゼルはアリスの家柄について聞き出そうとするような質問を多くした。
けれどヘンゼルの望む答えはどれも持ち合わせていなかったようで最終的には会話はなくなりただただ歩くのみ。
グレーテルはただただ黙っている。
歩き始めてどれくらい経っただろうか。
辺りは暗くなり肌寒くなってきた。休むことなく歩いた割には森の外に出る様子などなく、やはり迷っているようだ。
更に歩き続け、アリスに疲れが見え始めた頃ようやくヘンゼルは休憩を提案した。
木の枝を集め、ヘンゼルが持っていたマッチで火をつける。
「マッチなんて持ってるのね」
「僕らよく森の中に捨てられるから、隠し持ってるんだ」
さらりと言われた言葉の中によくわからない単語が混ぜられている。
「捨てられる、ってどういう」
アリスの問いかけにヘンゼルは困ったように笑う。
「そのままだよ。僕らは両親に捨てられるんだ」
ヘンゼルの後ろに隠れるようしていたグレーテルがぴくんと震える。
「一回目に捨てられたときはさ、白い小石を道しるべにしたんだ。二回目はパン。これは途中で鳥に食べられちゃったんだけど……」
捨てられるのは今日で三回目。とヘンゼルは言う。
その話を聞いてアリスはすぐに言葉が出なかった。母親に捨てられるなど考えた事もなければ想像もできない。
ただ一言思うのは可哀想という感情。
「僕らかわいそうでしょ?」
それを見透かしたようなヘンゼルの言葉にドキリとする。
「いいんだ。そう思ってくれても。でもそう思ってくれるなら、身になるものちょうだい?」
ヘンゼルがアリスに体当たりをして仰向けに転ばせる。突然の衝撃と頭部にはしった痛みにアリスが呻く。喉元に冷たい刃があてられた。
「金目のものなにかひとつくら――」
ナイフを握るヘンゼルの手首をアリスが掴み、握りしめた。
それはさながら万力。ギリギリと締め上げる。
「ッ!?」
痛みにヘンゼルは思わず腕を引く、がぴくりとも動かない。
さすがの少年もその表情に焦りを浮かべた。
アリスに掴まれた腕を引こうと躍起になる。その間にアリスは立ち上がり、少年がなんとか腕を動かそうと全体重を後ろにかけた瞬間、その手を離した。
勢いよく後ろに倒れ頭を強打した少年は痛みで涙目になりながら顔をあげ、ひくりと喉を引き攣らせた。
アリスが背後の木を蹴り折ったのだ。
そして自分よりはるかに背の高い木を担ぎ上げた。
少年が呆然して動けなくなっているのを確認するとアリスは悠長に担いだ木を更にへし折った。
長すぎた幹が彼女と同じ程度の長さになり、葉がついた部分をなくしたため、先ほどと比べとても動かしやすくなっている。
「セートーボウエイっていうの?」
「へ!?」
木を高く持ち上げ狙いを定める。
その次の行動は容易に想像できた。少年は直線状にいてはまずいと慌てて飛び退き、身を隠すように様子を窺っていた少女を横抱きにすると一目散に走り出した。
少年と少女の身長はあまり差がないため少々ふらつきながらも走る。
後ろで大きな音がした。アリスが持ち上げた木で地面を殴りつけたのだ。
「いやいやいやいや!何それそんなの聞いてない!!過剰防衛だよ!!!」
「兄さん」
「なに!?」
「あれ」
少年の腕の中からアリスの行動を見ていた少女がアリスを指差す。
足をとめることなく振り返ると少年は言葉を失った。
片手で木を持ち上げたアリスはまるで槍投げをするかのように体勢で、スッと息を吸い込むと右足をあげ思い切り踏み込んだ。
「それ死ぬからあぁぁぁぁ!!」




