第五章 闘技大会①
次の日。つまり闘技大会の開催初日。
ベルとリアに、先に受付前まで行ってもらった僕は流し台の鏡の前にいた。
別れ際、先に行くようにといった僕に対し、リアは怪訝な顔を見せていたが、ベルが何か一言二言言い聞かせると素直に従ってくれた。そして、満面の笑みを僕に残す。
「じゃあ、先に行って待っているのですよ、アレフおにーちゃん!」
まあ、大体は見抜かれているのだろうな。性格と言動はアレだが、彼女は勘も頭も悪くない。それでいて信用?をしてくれているのだろう。
壁面に設置されている鏡には、我ながら間抜けな面がうつっていた。
……確かにね。
僕には英雄、勇者と認められるだけの覇気も他人を鼓舞するカリスマも、なんとしてでも世界を救うという決意も持ち合わせていない。それに加えて、実力もたいしたことはない。勇者としては、落第と言ってよいだろう。だが、それでも。
「……僕は勇者に相応しい、はず。」
一晩悩んで、ベルに言われたあの言葉の意味が、なんとなくだがわかった気がしていた。お陰で若干寝不足気味だが、気分は悪くない。むしろ今までと違って清々しいくらいだ。これならば、迷わずいける。少なくとも彼らに負い目を感じて、無様な姿を見せるようなことにはならないはずだ。
僕は軽く自らの頬を張った後、意を決して歩きだした。ベルやリアの後を追うために。
闘技場の入口前で僕はベルたちと合流できた。既にブレイドも加わっており、彼の放つ独特の雰囲気、というより殺気のせいで彼女らの周りだけ人の姿がまばらとなっていた。お蔭で見つけやすかった訳だが。
僕を見つけたリアは、いつもどおりの明るい――むしろ普段よりも更に明るく声をかけてきた。
「遅かったのですよ!うっかり、早めのお昼寝をしてしまうところだったのです。」
……いや、それは早過ぎかと。さっき起きたばかりでしょうが。まあ、幼児だから仕方がないのかな?
「みー!何か失礼なことを考えているのです。僕はもう一人前、オトナのおねーさんなのですよ?」
恐らくいつも通りに僕を茶化すことで、気にしないように、という配慮だろう。普段はムカつくだけであるが、こういうときにはありがたいとも感じられる。
「……ふん。どうやら、少しは使えるようになったようだな?」
ブレイドは目を薄くあけ、僕に鋭く視線を飛ばしつつ声をかけてきた。何となく見透かされた気がして気に食わないが、とりあえず軽く応えておく。
「……まあ、ね。ご期待に添えるかどうかまでは分からないが、やれるだけやらせて貰うよ。少なくとも足手まといにはならないように。」
そして、最後に僕はベルを見る。いつも通りの、殆ど感情を見出せないような澄ました顔だが、心なしか微笑んでいるようにも見える。
「……これで構わないのね?」
最後の念押しに僕は力強く答える。
「ああ!誰が何と言おうと僕は“精霊の勇者”になってみせる、そうなる様に頑張ってみることにしたよ!
……皆、待たせてすまなかった。さあ、行こうか!」
僕の声を合図に、皆が歩き始める。
ブレイドの力は頼りになるだろうが、恐らく、それだけで容易く勝ち上がれる程楽な戦いにはならないだろう。特にあのギュンター兄弟、そしてギンガナム将軍と当たることになれば苦戦は免れない。だけど……。根拠はないが、それでも何とかなりそう気がする。このメンバーならば。こうして、僕らの長い、長い闘技大会の幕が切って落とされた
一回戦目の相手は、塔で出会ったドワーフの魔術師ウォード、エルフの剣士ミレーナ、そしてゴブリンの神官ブライトの三人に、ここで初めての顔合わせとなる、丸刈りの巨漢を加えた4人パーティーだった。初顔の下は、体重にして優に僕の三倍ほどはありそうな筋骨隆々となっており、しっかりと着こまれたスーツとのアンバランスさが際立っていた。
「はじめまして。アレフ・シュッツガルド様ですね?御高名はかねがね伺っております。私はサップ・ボーブと申します。本日はどうぞお手柔らかにお願い致します。」
そして口調も穏やかで、紳士然としたその態度は更にミスマッチ感を際立たせていた。
「こちらこそ。よろしくお願い致します。」
それに応えて、こちらも礼儀正しく挨拶しておく。
……人は見かけによらない、か。
うん。あんな“野獣”みたいな体つきでも、性格は温厚、ということもありうるわけだ。何事にも思い込みは禁物だ。と、ここまでは思っていた。
「おい、アレフ!この程度の連中なら貴様らだけでも十分だろ?
お望み通り“可能な限り傷つけない”ためにおれは手をださないで置いてやる。うっかり致命傷を与えかねん程度の実力の連中だ。貴様らには調度よかろう。せいぜい無様な戦いをせんよう気をつけるんだな。」
パーティーに加える時の約束に従い手をださない、と宣言したブレイドは、一人離れて壁にもたれる。そこで戦闘開始が告げられたのであるが……。
「ぐごわぉぉぉおおおお!」
戦闘が始まった途端、本物の“野獣”ように奇声をあげ豹変した。腕に拳あて(ぐろーぶとかいうのだろうか?)をつけ、スーツを破り捨てる。上半身は裸、下はズボン一枚といういで立ちになる。そしてそのまま僕に向かって突っ込んできた。
……早い!
巨漢に似合わぬ速度で僕に急接近したサップは、僕の3倍くらいはありそうな大きさの拳で、鋭いストレートを放つ。
「ぐぅっ!」
その拳を、どうにか持っていた盾で受け止めた僕だったが、そのまま押し込まれ、後退を余儀なくされる。というより、転倒しないようこらえるので精いっぱいだ。靴ごしでも、摩擦により足裏が熱を持っているのが分かる。
壁に衝突する寸前でどうにか軸をずらし、圧力地獄からな抜けた僕だったが、サップの勢いは止まらず、僕めがけて何度も突進してくる。それをどうにかかわし、ずらしつつ少しずつダメージを与えていくのだが、まったくと言っていいほど有効打を与えられずにいた。
……これは、苦しいか!
暫くの間はかかりきりでしのがなければ厳しそうだ。こうなると気がかりなのはベルとリアの方だ。なんといってもブレイドが参加しない以上、あちらは3対2ということになる。何とか持ちこたえてくれればいいが……。いや、ベルたちならきっと上手くこなしてくれるはず!
ここで、ちょっとベルたちの方に視点を移してみる。
……え?戦場では油断したやつから死んでいくって?何を仰います。所謂“神の視点”というやつです。当然よそ見なんてしていませんよ?で、ベルたちの方がどうなっているか、というと……。
「おおっと!これはサップ選手、突然の豹変だ!礼儀正しい紳士から、正に野獣のごとき様相に!
対するアレフ選手チームはブレイド選手が全く手助けをする様子を見せません!アレフ選手はサップ選手の猛攻に耐えるのに精いっぱい!女の子二人で、三人相手は大丈夫なのか!?」
……実にわかり易い説明、ありがとうございます。
この大会には、若い男――、“きたーっ!”とか叫びそうな解説者が付いている。正直、闘技大会にそんなものが本当に必要なのかは疑問の余地があるが、まあ、客も入れ、国を挙げての大体的なイベントだから娯楽性も必要なのだろうとは思う。どうでもいいが。適当に盛り上げておいて下さい。
二人の姿をみてみる。2対3と、数の上では不利だが、二人には特に不安、あるいは気負いといったようなものは感じられない。いつも通りの様相だ。
まず、エルフ剣士のミレーナが、裂帛(といってもエルフの女性なので高く、か細いのだが)の気合とともにベルに切りかかる。ベルはそれを手に持ったレイピアで軽く流すように受け止め、押し返す。やはり、単純な筋力ではベルの方が上のようだ。ついでに言うと、剣技でも上回っているように見受けられる。タイマンであれば特に問題はなさそうであるが……。
「大地よ!彼のものを打ち払え!」
ドワーフ魔術師のウォードが援護に入る。詠唱の声に応え、虚空に出現した石つぶてがベルに向かって走る。ベルはそれを、体を捻り、間一髪でかわすが、そこへすかさずミレーナの突きが鋭く伸びてくる。それも辛くも受け流したベルだが、若干腕を薄く切られ、血を流す。そこで、ベルとミレーナが互いに一旦距離を取って離れると、ゴブリンのブライト、そしてリアという二人の神官が各々のメンバーの傷を治す。
互角に見えるが。しかし……。
数が少ない分だけ、自給戦になればこちらが不利。さて、どうするか……。
まあ、どうにかしようにも、僕はこちらで手いっぱい。サップがあちらに乱入すれば、こちらのコンビネーションが崩れ、尚更に不利になるだろう。下手に救援に回る訳にも行かないのだが……。
……ん?
数回打ち合ったところで、ベルの動きに変化が見られた。一旦距離を取ったところで、空いている左手を掲げ、魔法を放つ。
「闇よ!喰らいなさい!」
ベルの声に応え、この晴天(今日は僕の心のように?晴れやかな天気だ。)に似つかわしくなく、そこだけ空間が欠落しかのような“闇”が現出する。そしてそれは、薄い暗雲のように尾をひきながら、ウォードへと向かい飛翔する。
……まともに入ったようだが?
それをまともに受けたように見えたウォードだったが、若干のふらつきはあるものの、さしたるダメージをうけたようには見えない。
「こけおどしか!」
ウォードは攻撃魔法を更に打ち込んでくる。ベルはそれをかわしながら更に同様の“闇”をぶつける。
「そんなもんはきかんぞい!ワシにしてみれば蚊に刺されたようなもんじゃい!」
確かに、肉体的ダメージは殆ど与えられていないように見える。だが……。
「……ありゃ?ど、どういうことじゃ!」
ウォードが更に繰りだそうとした魔法が不発に終わる。どうやら“魔力”切れのようだ。
「ば、馬鹿な!この程度で魔力切れなど、なるはずが……」
「み~!成程、なのです!」
……そういうことか!
先ほどの“闇”の魔法攻撃はどうやら“肉体”ではなく“精神”にダメージを与え、魔力を奪う術だった、ということか。
「……魔法が使えなくとも!スタッフだけで、小娘ふたりくらいは!」、
ウォードは、魔法を使うのを諦めると、スタッフを握りしめ、ミレーナとともにベルへと向かう。
「おおっと!ベル選手、相手の“魔力”を奪うという奇策にてウォード選手の魔法を無効化させました!“闇”の魔法なんて、私も初めてみましたが、一体どこで覚えたのでしょうか!
しかし、これでも数の差は埋まっていない!体力的には少女二人の方がまだ不利か!?」
これで魔法攻撃は封じたが、前線が二人、か。抜かれればリアが危険だろうし……。どうするベル?
そこで、僕がベルの方へ視線を寄せると、彼女もこちらをみていた。
――コチラニユウドウシテ
彼女の唇が動き、そう言っているように見えた。左人指し指にも若干そういうポーズをとらせているところを見ると、間違いないようだ。
……サップをそちらに?
彼女らのフィールドへ彼を乱入させることは、不利な方向にしか働かない気がするが。
……ベルなら何か策を考えているはず!
僕は意を決すると、サップからの攻撃を受け流しながら、ベルの方へと誘導する。
サップは僕の意図を知ってか知らずしてか、顔をあげたところで、ベルの姿が視界に入るや否や、そのまま彼女に向かって突進を開始した。
「ぐごをぉぉぉぉぉぉああああ!」
「サップ選手がベル選手へと矛先をかえました!
さあ、どうする!このまま、かよわい少女たちは、野獣に食い荒らされてしまうのでしょうか!?」
……さあ、どうする?
ベルは、自分に向かって突進してくるサップの姿を視界に収めると、特に慌てたそぶりも見せず、ゆっくりと左手を上げ、掌をサップへと向ける。
「迷いの精霊よ!彼のもの心に棲まえ!」
ベルがそう告げると、サップは突進の途中で唐突に立ち止まってしまった。そして、我を忘れたように頭を振り、唸り声をあげる。
「うー!う~、うー?」
突然目標を見失い、戸惑っているかのような仕草だ。
ベルは、そんなサップにベルはゆっくりと近づくと、彼の体のたくみに操り、ウォードの方を向かせる。
「あっちよ?」
ベルが掛けた優しいその声に、サップは弾かれた様に目を見開くと、再度奇声をあげ、今度はウォードへの突進を始めた。そして勢いのまま、ストレートを繰り出す。
「な、何をしておる!」
それを辛くもかわしたウォードはたまらず抗議するが、聞き入れられることはなく、そのままサップに追い回されることになる。
……チャンスだ!
僕は一機にベルたちの集まっている区域に走りこむと、その勢いのままミレーナに切りかかる。
「くぅっ!」
ミレーナが苦しげな声を上げる。受け止められはしたが、所詮はエルフの女性の筋力。僕の方に分があるようだ。僕が更に剣先に力を込めると、堪え切れず後退して間合いを取る。
……このまま押し切れるな。
僕は好機とみて、攻勢にでる事とした。これで、後はブライトをどうにか抑えれば、回復の手段も断たれ、僕らの勝ちは揺るがなくなるはずだ。
そんな僕の様子をみてとると、ベルはリアとともにブライトを抑えにかかる。
二人に詰め寄られると、ブライトは後退しつつ逃げ道を探すが、当然そんなものがあるはずもなく、そのまま壁際まで追い込まれる事となった。
「ぬうぅぅ。美少女二人に詰め寄られるとは光栄ですな。とはいえ、できればもっと人気のない暗がりでお願いしたかったのですが。
いや、これはこれで……。ちょっと快感かもしれませんな……。」
……あいつも大分変態だな。
まあ、ゴブリンが大精霊の神官をやっている時点で、普通とは思えないのであるが。
「み~!観念するのですよ、ブライト。
それと、今度からは会議とかでももう少し距離を取って欲しいのですよ。」
リアはそのままブライトに近づくと、持っていたスタッフを大きく振りかぶり……。
容赦なく、力一杯振り下ろした。脳天めがけて。
たまらず、ブライトは声にならない声をあげて昏倒する。
……笑顔で容赦なく、とは。しかも既知の同僚に対して。末恐ろしい娘!
「これで終わりだ!」
そこで、僕もミレーナの剣を弾き飛ばすことに成功した。そして、そのまま喉元に切っ先を突き付けると、あっさりと降参してくれた。不本意な表情はしていたが。
「こんなロリコン男にやられるとは……。」
……おいおい。なんでほぼ初対面の相手にそれはないだろうが。というより誰にそんな話を吹き込まれた?
僕がちらっとリアの方を向くと、彼女は満面の微笑みを僕によこしてきた。それでなんとなく予想がついたので、もう何も突っ込まないことにする。
これで、あとは魔力の尽きた魔術師と暴走しているサップ(こっちが問題だが)をどうにかするだけだ。
……ん?
ベルは、逃げ回っているウォードの後ろに音もなく近づくと、力いっぱいの手刀を頸元に叩きつける。
「なっ・・・!」
ウォードは、その容赦ない一撃に撃沈され、倒れこむ。しかし、そこにサップが突っ込んできて……。
「危ない!」
思わず声を荒げた僕であったが、ベルはまたもや冷静に片手をサップへと向ける。
「眠りに誘うものよ。彼のものに平穏なる安らぎを!」
サップは急に立ち止まると、声に誘われるかのように瞼を閉じ、その場に倒れこんでいった。そして、すーすーと、安らかな寝息を立て始める。
「おおっと!これでサップ選手のチームは全員戦闘不能となってしまいました!
アレフ選手チームの勝利です!皆さん、盛大な拍手を!」
客席から思い思いの歓声・奇声が上がり、拍手が僕らに送られる。ひとまず、僕らはそれに手を挙げ応える。
「4対3という逆境を撥ね退けての勝利です!
これはアレフ選手チームの、というよりはベル選手の作戦勝ちと言っていいでしょうか!?リーダーであるはずのアレフ選手は一体何をやっていたのでしょうか?ただ野獣と戯れていただけにしか見えませんでした~!」
……ぐっ。
確かに、今回は殆どベル一人の活躍で勝ったようなもの。それは素直に認めよう。
それでも、言い方というものがあるだろうて。大分必死であったし、断じて遊んでいた訳ではないのだが。ええ、決して。
「ふうん。意外とやるものね。あんたのことだから、本当に名ばかりの勇者かと思っていたのだけれど。」
選手控え室に戻ると、シエスタが失礼な発言とともに僕らを出迎えてくれた。当然傍らにはいつも通りリノアの姿がある。普段より若干表情が柔和な印象をうけたが。少しは僕らのことを祝福してくれているのかもしれない。
「といっても、殆ど彼女――、ベルさんだっけ?のおかげみたいだけれどね。あんたの方はあのサップとかいう巨漢に押し潰されるかと思っていたのだけど。一応、おめでとうと言っておいてあげる。」
「ありがとう、と一応こたえておくよ。」
因みに、僕らの次の相手は彼女ら、シエスタの率いるチームとなっている。僕らはポルトガ国王が特別に設けてくださったシード枠ということで、本戦からの参戦、3回勝利すれば優勝という状況だ。対して、彼女たちはちゃんと予選から勝ち抜いてきており、僕らより先に本戦での勝ち星をあげている。しかも大分圧勝だったらしい。
「……ふうん。アレフにしては随分と生意気な口ききね。
まあいいわ。明日の試合で、格の違いというものを思い出させてあげるわ。」
……相変わらずの対した自信ですこと。
とはいえ、昔剣術試合の真似ごとを彼女とやった際、惨敗していたのは確かだ。彼女も“天才肌”の人間。僕のような凡俗?な人間が勝つのは容易なことではない。だけど……。
「僕も負けるつもりはないよ。僕個人としてもだけど、ベルやリア、そしてブレイドもいるからね。君たちにそうそう遅れをとるとは思っていない。」
そう、ここまでの旅でそれなりの激戦をくぐりぬけてきた僕は、彼女の知っているころ僕とは一味違う――、というのは言い過ぎかな?
シエスタは、僕のその自信を挑戦ととったのか、何か悪戯を思いついた子供のような表情をみせた。
「へー。そこまで言っちゃうんだ。あの、私から一本すら取ったことのない、アレフくんがねー。
いいわ。じゃあ、こうしましょう?明日の試合、あんたと私は一騎打ち、タイマンで戦う、ってことで。他の人たちは3対3。もし、私にあんたが勝つようなことがあったらチームの勝ちも譲ってあげる。あんたが負けても、他の人たちが勝っていたら、その時は仕切り直しにして、4対4で再戦させてあげるわ。どう?」
……僕らにチャンスをくれる、というより僕が二重に負けて敗北感が増大するようにするのが本当の狙いか。相変わらずのどS、というかなんというか。
「悪いね。僕らも世界を救うという使命を何としても達成する必要があるから、チャンスは有効利用させて貰う。どうも、ありがとう。」
僕が平然と受けて答えると、シエスタは若干不機嫌そうな表情をみせる。
「皆もそれでいいかい?」
一応、ベルたちの意見も伺ってみる。
「別にあなたたちがそれでいいというなら、私は構わないわ。」
「みー。僕も、なのですよ。」
と、二人は承諾をしてくれた。後はブレイドだけだが……。
「構わん。どの道……。」
そこで、彼はリノアの方に視線を移す。
「その女と戦うことはなさそうだからな。」
まあ、彼の実力と性格を考えれば、大切な主人に万が一の事が、というのもあり得るだろう。リノアが、彼とシエスタが直接打ち合うことを許すとは思えない。ついでに言うと、彼の性格なら、彼一人で全員倒せばいいだけのこと、とでも言いそうだ。
そんな三人の余裕の表情をみて、シエスタの不機嫌さが更に増した。
「……ふん!まあいいわ。精々、勇者様の無様な姿を皆の前で晒さないよう、気をつけることね!」
と、言い残して部屋から出て行ってしまった。
次の日。闘技大会会場の中央部で僕らは相対していた。当然こちら側はいつもの四人。相手側は、昨日控え室で会っていたシエスタ・リノアの、皇女・お付の騎士コンビに加え、“天才美少女魔女”のガブリエラ。そして、塔での会話に出てきた“元暗殺者”らしき若い男――メルキオといったか?だ。
ガブリエラは昔あった時と殆ど変らない――とんがり帽子に茶のローブ、その上に黒のマントを羽織ったいでたち。前よりは若干大人びたようではあるが、未だ幼さを残す顔で、好戦的な光を湛えた金の双眸が僕らを睨みつけている。
「ふん!相変わらず覇気のない顔ね!シエスタに啖呵を切ったというから、少しはましになったのかと思っていたけど、所詮凡俗な人間は結局凡俗のようね。」
……なんで、どいつもこいつも僕のことをぼろくそに言うかな?というより、周りにまともな性格な人間はいないのか?特に女の子。ベルだけは別だが。
「久しぶりだね、ガブリエラ。元気そうでなによりだよ。今日はお手柔らかに頼むよ?」
シエスタのときと同じように、僕は軽く受け流す事にした。そんな僕を、ガブリエラは少し驚いたような表情で見ていたが、やがて何か思いつき、得心がいったかのような顔を見せる。
「……成程。根拠のない強がりかもしれないけど、体裁を整えるくらいはできるようになったって訳ね。結構なことじゃないの。心の広い、やさしいやさしいガブリエラ様としては、弱者の虚勢くらいは大目に見てあげる。ほら、なんと言っても“天才美少女魔女”だし。上に立つ者にはそのくらいの度量が必要よね。
精々、シエスタにけちょんけちょんにされて、ぼろ雑巾のようなみじめな姿をさらさないよう気をつけないさいよ?どの道、私がそのぼろ雑巾を更に絞ってあげるのだけれど。」
……むしろ、シエスタやガブリエラの根拠のない自信の方がすごいと思うが。確かに“天才”だとは思うがそれにしても、ね?
次に、僕はメルキオの方へと目を向ける。こんな性格破綻者たちに挟まれていて彼は大丈夫なのだろうか?病んだりはしていない?敵ながら心配になる。
彼のいでたちは変哲のない皮の服に長ズボン。薄汚れた麻のマントを羽織り、腰にはベルトにとめられた二本のナイフが見える。顔は若干俯き気味だが、そこそこな美男子に見える。歳のころは僕らより若干上――20前後だろうか。
「えっと、メルキオ、さんでよろしいですか?僕はアレフ、アレフ・シュッツガルドと申します。今日はよろしくお願いいたしますね。」
「……宜しく。」
ぼそぼそっとした声で返される。
……彼も苦労していそうだな。
20前後で暗殺者→皇女の旅のお付という転身。一体どんな物語でそんな転向劇が行われたのか気にはなるが、それを突っ込むと話が長くなりそうだからやめておく。とりあえず、彼には今度胃薬を送っておくことにしよう。
「さあ~!お互いの挨拶もすんだところで、そろそろ試合を開始させていただきますよ!
シエスタ選手チーム対アレフ選手チーム!
予選から圧倒的な攻勢で勝ち上がってきたシエスタ選手チーム。全く手加減することを知らないその戦闘スタイルは、正に圧倒的な“暴力”だ!
対するアレフ選手チームは“精霊の勇者”シード枠。昨日の戦いでコネによる裏口出場だけではないことを示しましたが、本日はどうか!?」
「それでは戦闘開始、です!!」
「さて、っと。昨日の取り決め通りで構わないのよね?今更やっぱりやめましょうなんて言っても受け入れないけど。」
シエスタの最後通告に対し、僕は自信たっぷり(なように見えるよう)答える。
「構わないよ。わざわざ自分たちに有利な条件を撤回して貰う必要なんてどこにもないからね。宜しくお願いするよ。」
全く動じない僕の姿に、シエスタは再び機嫌を悪くしたが、すぐに大声で戦いの開始を宣言する。
「……さあ!始めましょう?一方的な試合になって客が残念がるかもしれないけど、それは仕方がない話ですものね。
ガブリエラ、リノア、ついでにメルキオ!あなたたちはそこの馬鹿以外の相手をしてあげて!」
ヒートアップするシエスタだったが、リノアが申し訳なさそうに水を差す。
「申し訳ございません、シエスタ様。今回は私が手をだすことは致しかねます。私は、そちらの――ブレイド殿と、シエスタ様たちの戦いを見守らせて頂く事に致します。」
そこでブレイドの方に視線を送る。その視線を受け、ブレイドは少し思案していたが、やがて眼を閉じ、腕を組んで同意する。
「……いいだろう。貴様が手をださないのであれば、俺は何もせん。見ているだけにしてやる。
但し、仕切り直しになった場合はあきらめるんだな?」
「ありがとうございます。その際には、私が全力でお相手を務めさせて頂きます。
シエスタ様。大変申し訳ございませんが、今回はご理解ください。」
なんだか知らないが、二人の間で交渉が成立したみたいだ。とりあえず二人以外の人間に対する配慮、ということになるのだろう。
「もお!何だっていうのよ!
……まあいいわ。私は、アレフをのしてやるだけだし。
ガブリエラ!メルキオ!そちらは2対2みたいだから、女の子二人の相手をしてあげて!
アレフと違ってかなり出来るみたいだから気をつけなさいね!」
シエスタもとりあえずそれを容認する事にしたみたいだ。深く突っ込まないのは、リノアとの信頼関係のなせる業だろうか。
「……承知した。」
「はいはい。わかったわ。」
残る二人の同意も得られ(メルキオはシエスタに従うだけだろうが)、これで戦いのフォーメーションが決定した。
つまり、僕とシエスタが一騎打ち、ベルとリアはガブリエラ・メルキオと2対2、そして残るリノアとブレイドは傍観、ということだ。
「なんだかよくわかりませんが、大会ルールと違うところで、両チーム間で協定ができているようです!
断片的に聞こえてきた話をまとめると、シエスタ選手とアレフ選手が一騎打ちを行い、そのほかの選手は別で対戦、しかもリノア選手、ブレイド選手は何故か傍観ということのようだが!?」
解説者も僕らの話をまとめてくれたようだ。とりあえず、僕がシエスタに勝利さえすれば万事解決ということになる。
「それでは、改めて試合開始です!!」
解説者に再度ただされ、第二回戦の幕が切って落とされた。
「戦いは派手にいかないとね!!オーディンスを楽しませるのも、天才のお仕事だもの。
まずは私の華麗な魔法を味わうといいわ!
大気よ!わが声に応えて爆裂なさい!」
ガブリエラの声に従い、会場の中央で、大気が濃縮され、爆裂する。
……最初から全く容赦なしか!
様子見などせず、最初から最大の力で敵をねじ伏せる。ガブリエラの性格は昔から全く変わっていない。
爆心地での直撃を避けるため、ベルは盾で、リノアは魔力のフィールドを張り、それぞれダメージを最小限に留める事に成功した。その爆撃の合間を縫って、メルキオがリアに迫る。当然両手には腰に差してあったナイフを手にしている。
……いい狙い、だな。
ダメージ回復を最小限にとどめさせるため、回復役から狙っていく。集団戦闘の基礎だ。
しかし、ベルがそれをさせじと間に入り、ナイフを受け止めて弾いた。そして、更に踏み込み胴を薙ぐが、それはメルキオがバク転をすることで、間一髪のところで避けてしまった。ベルはなおも斬りかかったが、二本のナイフに受け止められ、有効打とはならない。どちらも素晴らし身のこなしだ。やはり、そう簡単に打ち勝てるような相手ではなさそうだ。
その様子をみてガブリエラは更にたたみかけるように魔法を放つ。
「メルキオ!何を遊んでんの!さっさと仕留めるわよ!
氷結の刃よ!切り払いなさい!」
上空に出現した無数の氷刃がベルとリアに襲いかかる。ベルはナイフを押した反動を使い、後ろへと下がり、そのまま横に転がって直撃を避ける。リアはベルの元に近づきつつ、魔力のフィールドで身を守る。どちらも完全には防ぎきれなかったのか、ところどころ切り裂かれ、ダメージを受けている。
「癒しの光よ、なのです!」
すぐさまリアの放った光が二人を癒す。そして――。
「闇よ!喰らい尽くしなさい。」
一回戦同様、ベルは闇魔法を放ち反撃する。当然、相手はガブリエラだ。前回と違い、魔力の量も段違いであろうが、高威力・高消費の魔法攻撃を連発している・今後もするであろうから、尽きるスピードも速いはずだ。ベルはそれで押し切るつもりなのだろう。
「うっとうしいわね!この“天才美少女魔女”をあんなドワーフごときと一緒にしないで貰いたいわ!私の魔力が尽きるより、あんたたちがギブアップするのが先に決まっているでしょう!」
自分に対して反撃が来た事が気に障ったのか、更に魔法攻撃を繰り出す。今度は雷光がベルたちを襲うが、それもかわし・防ぐ。その合間に来るメルキオの斬撃はベルが払い除け、リアが回復。そしてまた闇がガブリエラを喰らう。あちら側は、ひとまずはこの流れで自給戦となる模様だ……。
「あっちはそこそこいい戦いをしているようね?
で、肝心の勇者様はどうかしら?」
その言葉を合図に、シエスタは一瞬にて間合いを詰めてきた。その勢いのまま、手に持った剣が僕に肉薄する。
……鋭い!以前よりも更に!
どうにか初撃を防いだ僕に対して更に追撃が加わる。僕はそれを盾を使って受け流す。そして、尚も繰りだされた水平の薙ぎはバックステップで、どうにか躱す事に成功した。
「……確かに、前よりは大分出来るようになったみたいね!だけど!」
そこでシエスタが腕を掲げた。
……これは魔法攻撃か!
「業火よ!焼き尽くしなさい!」
シエスタの手より撃ち出された、人の頭ほどはあろうかという大きさの炎が僕に迫る。
「ぐっ!」
僕は左手に持った盾でどうにか受け流し、直撃を避けた。盾ごしでも火傷を負いそうなほどの熱気が僕を襲う。そこへ更にシエスタの剣が繰り出される。
……だがまだ見えている!
僕はそれを剣で受けとめ、そのまま押し返す。そして、シエスタが僕に力負けをして大きく退いたところで、更に深く踏み込み剣を振り下ろす。
シエスタはそれを更にバックステップすることでかわすが、切っ先が彼女の肩口を掠り、服を切り裂いた。少しは皮膚まで届いていたようで、若干の流血が見てとれる。
「そんな!?」
……シエスタの、ここまで驚いた表情は初めてだな。
まさにしてやったりなのだが、これだけで終わりではない!
僕はすかさず更なる追撃を加えんと前に出ようとしたが、そこは流石に“天才”皇女。それは魔法により制され……。
「光よ!打ち払いなさい!」
光球を僕に放ってきた。それを僕は身を捩ることでどうにか避ける。そして、勢いのまま回転し、半歩下がったところでどうにか体勢を持ち直した。見ると、シエスタも距離を取って、自分に回復魔法をかけていた。シエスタの掌から放たれる光により、肩口の傷がみるみる内に塞がっていく。
「……正直驚いた、わ。どうやら、本当に侮っていたようね。大したものだと褒めてあげる。
でも、善戦はここまで。ここからは私も本気で行くわ。魔法の使えないあなたにどのくらい耐えられるかしら?」
確かに強力な回復・攻撃魔法が使えて、戦闘センスも僕より上な分、彼女の方が有利というのは自明の理だ。これ以上は油断してくれないだろうし。だが、それはでも。
「果たしてどうかな?意外とどうにかなるかもしれないぜ?」
「……調子にのって!」
ここから暫くの間はシエスタの攻勢が続くことになる……。
「いいのか?放っておいて?
あのままだと、あの女、結構な傷を負うことになりそうだが?」
ブレイドが世間話をするかのようにリノアへと問いかける。
「構いませんわ。これは、シエスタ様自身が望まれた闘いですもの。少し傷つかれたとしても、それは自業自得です。」
「そんなんでいいのか?あんたは、あの女の護衛かなんかじゃないのか?」
その当然の問いかけに対し、リノアは全く動じず、にこやかに回答する。
「確かに私は護衛ですし、あの方を守る義務がございます。ですが、同時にシエスタ様のお目付け役でもあるので。私にはシエスタ様のご成長をただす・見守る義務もございます。……痛い目を見る、というのもというのも重要な経験ですわ。特にシエスタ様のようなお方には。相手はあのアレフどのですから、万が一、というような事態は避けて頂けるでしょうし。」
……おおっ!意外と信頼されている!?それに僕の“切り札”を見抜いているかのような発言だ。
「……ふん。あんたはなかなか面白い奴のようだな。やりあえなかったのが少し残念だ。」
「光栄でございますわ。」
ベル&リア対ガブリエラ&メルキオの戦いは、ガブリエラの圧倒的な攻勢もあり、ベルたちに不利な状況での長期戦となった。
「いい加減墜ちなさいよ!」
ガブリエラの理不尽な要求を叶えるべく、幾度目かの爆発がベルたちを襲う。
「み、み~!ちょっと厳しいのですよ・・・。」
そこで、自身への回復が追い付かなかったのか、リアが弱音をあげて、膝をつく。ベルの方はまだ持ちそうであるが、このままリアが倒れれば一機に不利になるのは避けられないが……。
「彼のものに癒しを!」
ガブリエラへ放つ予定だった“闇魔法”を中断、ベルはリアの体力回復を優先する。温かな光がリアを包み込み、彼女の傷を癒していく。
「み~!ありがとう、なのですよ!」
それで息を吹き返したリアは元気に立ち上がり、再度杖を構える。それをみたガブリエラがベルにクレームをつける。
「ちょっ、ちょっと!何あんた?回復魔法も使えるっていうの?何、その歳で賢者なの?私も使えないような魔法まで使うし!あんたも“天才”って訳?」
まあ、ベルが“天才”だというのは確かだと僕も思うが。少なくともガブリエラやシエスタに匹敵する、或いはそれ以上の。賢者なのか、というと何か違う気がするのではあるが。
「くっ!こうなったら更に畳み掛けて……。」
と、そこで両手を掲げ攻撃魔法を放とうとしたガブリエラだったが、魔術の光は収束せず、不発に終わる。
「え!うっ、嘘!こんなことが……!」
……よし!流石に魔力が尽きてくれたようだ。これで、ベルたちの勝利は近いはず。
「みー!やったのです。これで、ガブリエラさんは怖くないのですよ。」
しかし、そのリアのもらした一言がガブリエラに火をつける。
「こっ、この“天才美少女魔女”に不可能はないわ!魔法が使えなくなったって、幼女ごときには!」
そういって、杖を投げ捨てたガブリエラはリアに向かって走りこんできた。そしてその勢いのままぶつかるように足を振り上げる!
「ぶちまけなさい!!」
「み、みー!!」
大振りで繰り出された蹴りを、リアは寸でのところでかわす。目標を失った足はそのまま壁に激突し――。
踵がめり込んだ。
……なっ、なんつー威力だ!まさか、靴になんか仕込んでいるのか?
「こんなこともあろうかと、靴には鉄板が仕込んであったのよ!
流石は私!やっぱり天才は一味違うわね!人の一手、二手先を平気で読んでいるわ!
さあ!観念しなさいよ!」
そういって、リアを追いかけまわす。リアも必死にそれをかわして逃げ回る。とりあえず、回復魔術もあるだろうからそう簡単にはやられなさそうだが……。
「あまり長引かせるのも可哀そうね。」
それを横目に見ながらメルキオと切り結んでいたベルが呟く。大きく押し返して、一旦離れて無言で睨みあったところで、ベルの瞳孔が狭まり朱金にゆらめいた。
「ん?なっ、なんだ?」
闘いが始まって初めて、メルキオが言葉を漏らす。
「惑いなさい!」
「・・・くっ!幻惑の魔法か!」
どうやら、ベルが、相手に自分の分身を見せるという“幻惑”の魔法をメルキオにかけたようだ。メルキオは誰もいない方向に向けて恐る恐る切りかかるが、当然空振りに終わる。そこへベルの剣が一閃し……。
「……!」
メルキオは切っ先が掠める寸前でそれを受け止める。そして、一旦下がり距離を取ると何を思ったか両牟を瞑り静止する。
「……」
ベルは正面から体をずらしそれに切りかかるが、先ほどと同じように受け止められる。
……やはり、彼もただものではない、か。
「成程ね。幻惑にとらわれないよう目を閉じ、五感を澄まして斬撃に反応する、と。なかなかできる芸当ではないわね。大したものだわ。でも……!」
そこで再度ベルが切りかかる。メルキオがそれを受け止め、体を捌き距離を取ろうとしたその瞬間。
「聖なる気よ!わが敵を払いのけよ!」
ベルの放つ“気弾”の魔法がメルキオを吹き飛ばす。流石に目を瞑ったままでは攻撃魔法に反応出来なかったのか、まともに食らったようだ。そのまま宙に浮いた後、地面に叩きつけられる。受け身は取ったようだがダメージが大きかったのか、直ぐには立ち上がれず膝をついている。そこへ……。
「これで勝負あった、わね?」
ベルが喉元に剣を突き付け、勝利宣言する。喉元にとめられた怜悧な気配を前にメルキオは観念し、両手の短剣を手放す。そして、ぼそぼそっとした声でではあるものの、はっきりと敗北を宣言する。
「……どうやらそのようだ。俺は降参、する。」
それを見届けると、ベルは剣をひいて、追いかけっこをしているガブリエラの背後へと近付く。
「ほらほらほらほら!さっさと降参しなさっ、ぐえっ!!」
剣の柄を後頭部へ向けて容赦なく叩きつけた。流石のガブリエラも、それで変妙な声をあげながら頭から崩れ落ちる。
……何のためらいもなし、ですか。
やはり、ベルは怒らせない方がよさそうだ。これ以上自分の頭が悪くなるのは流石にまずい。そう、再度頭に叩き込んでおく。
「み、みー!あ、ありがとうなのですよ、ベルおねーさん!」
ガブリエラとの追いかけっこが余程ハードだったのか、リアは荒い息のまま、ベルに礼をいい、抱きつく。見ると、ちょっと涙目の様子だ。よし、これで……。
「……!ガブリエラとメルキオが負けるなんて!あの娘たちはそこまで……!」
よほど想定外だったのか、横目で見ていたシエスタが驚きの声をあげる。うん、なんかいい調子だ。積年の恨みつらみというか、そういったものが全部晴れたようないい気分になる。別に自分の功績ではないのだが。
「これで、後は君だけのようだね?シエスタ。僕が君に勝てば完全勝利だ。」
「調子にのって!自分は防戦一方でぼろ雑巾のようなありさまだっていうのに!」
そう、肉薄した斬撃戦をさけ、魔術を絡めて巧みに攻めてくるシエスタの前に、僕はまさにぼろぼろの状況だ。だが、これも計算の内……!
「どうかな?気づいたら一発逆転されている、というのもありがちな結末だぜ?特に自信過剰なお姫様とかには。」
「そんな見え透いた挑発に乗るとでも?
このまま押し切ってあげるわ!」
……あからさまな挑発には乗ってはくれない、か。だが少しでも冷静さをそげればそれでいい!
ほんの少しの隙でも隙を作れば、それが命とりになるなのだから。
その後もシエスタの魔法攻撃による牽制、そして微妙な隙をつく巧みな剣技が僕を追い詰めていき……。
「くっ!」
動きが鈍くなっていた体では剣受け切れず、体勢を崩す事に。
「これでおしまいよ!」
その隙を見逃さず、シエスタが剣で追撃をかける。勝利を焦ったためか、今までよりは若干強引な動き。
……このときを待っていた!
打ち払いに来たその剣を、僕は武器を手放して少し後ろに引くことによりかわす。剣はそのまま真下へと音をたてて落ちる。
「え?」
僕の意外な動きに、シエスタは空振った剣をひくのを忘れ驚きの声をあげる。僕は準備していた呪を左手に込め、シエスタに向かって突き出す。
「雷光よ!」
「……!」
絶妙なタイミングで放った雷撃に対し、流石のシエスタも反応できずに直撃を許す。そして、破裂音とともに後方へ吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
どうにか地面との衝突を避けて受け身を取ったようだが、動きが鈍い。
「癒しの……!」
直ぐさま回復を試みようとしたが、当然それを許す僕ではない。自ら落手放した剣を拾いあげ、シエスタへと肉薄する。そして、回復をする時間を与えずに、そのまま斬りかかる。
「……そんな!」
その一撃すらも、魔法を中断することでシエスタは剣にて受け止める事に成功した。しかし、無理な体勢、しかも雷光が直撃したダメージもあり、大きく体勢を崩し――、隙を作る。僕はそれを見逃さず更に追撃を加え、ついにはシエスタの得物を弾き飛ばすことに成功する。シエスタの斜め後方に吹き飛ばされた剣は、乾いた音をたてて地面へと落ちた。僕にとっては、それがようやく聞くことができた勝利の音だ。
「……これで勝負あり、だな?」
シエスタの喉元に剣を突き付け、僕は念願の勝利宣言をする。
……ここまで来るのにどれだけの時間を費やしたことか!
そう、幼少期から負けっぱなしだったが、ここにきて、しかもこの大舞台において完全勝利。正に宿願叶ったり、といった状況だ。
「……。」
シエスタは悔しそうな眼で僕と突き付けられた切っ先を睨みつけている。正に、人が殺せるのではないか、と疑われるような形相である。皇女がそんな表情をしていいのか?と突っ込みたくなる。
……気持ちいい!!
実に気分がよかった。積年の恨み+α。実は、僕にはSの素質があったのだろうか?とついうっかりと考えてしまう。これでベルがMなら――、というのはないか。むしろ彼女に弄られる未来が容易に想像できる。どの道彼女に対して“虐めたい”という感情は持ったことがないし、もつつもりもないのであるが。
暫くの間黙ってにらめっこを続けていたが、どうにもならない現実を受け入れたのか、シエスタは静かに眼を閉じた。
「……参りました。わ、私の負けよ。」
終に敗北を認めた。
「おおっと!!ここでシエスタ選手が敗北宣言!!
これで、後はリノア選手だけですが!?」
「私はここで争うつもりはございませんわ。軽率とはいえ約束は約束。シエスタ様にそれを破らせる訳には参りませんわ。降参致します。」
そこで間髪をいれずにリノアが降参する。みじんも“負け”を感じさせない堂々とした宣言ではあるが、はっきりと告げられたその言葉により僕らの勝利が確定する。
「リノア選手は戦わずして降参!!
本戦いは、アレフ選手チームの勝利です!!」
客席から歓声が上がる。一部はブーイングも混ざっていたようだが、そんなものは僕には関係がない。勝利は勝利だ。まあ、仮にリノアが戦う気であったとしても、4対1、ブレイドを加えたその状況でリノアが勝利を収めるのは困難な話だと思うが。
リノアは勝敗確定の宣言を聞くと、ゆっくりと蹲ったままのシエスタに近づく。
「彼のものに癒しの祝福を」
リノアの放つ、力強い癒しの光がシエスタを包み込む。
……やはり、使用する魔法のレベルが違う、か。
流石は高位の聖騎士だ。まともにやりあわなくて本当によかった。
傷が癒えたシエスタはゆっくりと立ち上がる。そして……。
「……今回は勝ちを譲ってあげる。でも、次はこうはいかないわよ。」
と、負け惜しみを残して控え室の方へと引いて行った。リノアは僕らに一礼し、シエスタの後に続く。そしてそのあと、メルキオが気絶したガブリエラを背負いながら、去って追った。
「今回はベル選手だけでなく、アレフ選手もセコさを見せつつ大活躍でした!!
これで勇者の面目躍如といったところでしょうか!?
いよいよ、次は決勝!!
アレフ選手チーム対ギンガナム選手チーム。乞うご期待!!」
これで、後は決勝を残すのみだ。
「随分と小賢しい闘いでしたね?一応勝ちはしたといえ、とても勇者の戦い方とは思えない。」
控え室に戻った僕を出迎えたのは、マネキンの厭味であった。どうやら、彼は僕の戦い方――、魔法を使えないと“思い込ませ”ての勝利に義憤を感じているらしい。
「やはり、あなたに勇者と呼ばれるだけの資質があるとは、とても思えませんね。」
「……勇者だから、さ。勇者というのは、必ず“勝たな”ければならない。何と言っても世界の命運を背負っているのだから。それこそ、どんな卑怯な手を使ってでも、ね?」
と、一応反論しておく。まあ、別に正道で勝てるならそれに越したことはないのではあるが。その点では確かに力不足だ。今回は相手が油断、思い込みをしてくれたお陰というのもある。奇策はあくまで奇策。そう何度も通用するわけではない。
「……くっ!
ともかく!私は貴方を認めません!それはかわらない!」
……別にいいんだけどね。彼に認められようが認められまいが。
どうせ誰が勇者か決めるのは“大精霊”だし。僕が、実際に認められたいと少しでも思う対象はベル位なのだから。
「そんなことより、何か要件があったのでは?別に厭味を言うために話しかけてきた訳ではないだろう?」
そこで、少し思案を巡らせるかのように黙ったマネキンであったが、直ぐに意を決したようで、僕に対しはっきりと告げる。
「アレフさん。私は貴方に勝負を申し込みます。明日の決勝戦、僕と一騎打ちをして下さい。」
……まあ、予想の範囲内だな。
随分と僕のことが気に食わないようだから、シエスタとおんなじように僕を“叩きのめす”ための提案をしてくるとは思っていた。
「シエスタと同じように、“僕らの勝敗を試合の勝敗”にしたい、と?」
……ちょっと嫌味っぽかったか?
「……そこまではいいません。お互い“負けられない”ですし、私がチーム内で最も強い訳でもありません。ですので、これは私の個人的なお願いです。ただ、私と一騎打ちをして頂き、その最中は他の人に手をださせないで貰いたい。当然こちらも同様にさせて頂きます。如何でしょうか?」
「……」
そこで、僕も少し思案を巡らせてみる。要するに、彼らと4対4で戦うのと、1対1/3対3に分けるのとどちらが有利か、ということだ。相手側には彼の妹、“賢者”がいるようなので4対4となれば当然補助魔法が飛んでくるであろうし、回復もされる。それはこちらも一緒ではあるが、彼のような“打撃専門”――恐らく魔法を使えないであろうという憶測のもと、であるが――の人間を“活かす”のにはその方が都合がよい。逆に僕と一騎打ちであれば、単純な力、技量でこちらが劣っていたとしても、回復と攻撃の魔法でカバーができる。そういった点でこちらが若干有利ともいえる。はて、どうするか……。
「当然貴方に剣のみで戦え、とはいいません。魔法を使って頂いて結構です。僕は魔法が使えませんが、それでも貴方に負けないという自信があります。
それと、一騎打ちの勝敗が決したら勝者は他の戦いに参戦する、これで如何でしょうか?」
……律儀に自己申告、か。意趣返しのつもりかな?
これで、どちらが有利なのかは判明したともいえる。勝利への可能性だけを考えれば受けておくのが吉ではあるが……。
「受けておけばよいのではないかしら?今回は流石にブレイドも参戦するでしょうから、こちらの前衛も特に問題ないと思うわ。それに、むしろブレイドとギンガナムさんの方が一騎打ちを始めるかもしれないわよ?」
と、ベルが助け舟を出してくれた。
マネキンは、割り込んできたベルに対し不快な表情もせず、むしろ更に姿勢を但し、敬意すら持っているかのような姿勢をとる。そして……。
「ベルさん、でしたね。試合、お疲れ様です。素晴らしい闘いぶりでした。剣も魔法も、そして戦術も。感服致しました。」
「ありがとう。といっても、私の力なんて貴方達に比べればまだまだ、だと思うけれども。」
嫌味も何もない純粋な賛辞に対し、ベルは平然と礼で返す。
……やっぱり、僕と違ってべた褒めですか。わかっていたことですがね。
「いえいえ、ご謙遜を。そんなことはありませんよ。
……しかし、どうしても解せません。何故貴女のような聡明な方が、アレフ殿のような人間に同行なされているのか。正直、とてももったいない、と感じてしまいます。」
……余計なお世話です。
失礼なマネキンは更に話を続け、とんでもない提案をしてきた。
「如何でしょう?この闘いが終わってからでも構いませんので、我々、ギンガナム将軍のパーティーに加わっては頂けないでしょうか?もちろん、リア殿も一緒に、で構いません。お二人に加わって頂ければとても心強い。」
……目の前で平然と勧誘かよ!お前もたいがい失礼な奴だな!
まあ、勧誘したくなるというのは理解できなくはないが。見目麗しく、智謀、実力ともに申し分ない人材なんてそうそういるものではないからね。
ベルがどう答えるか、ドキドキものであったが、不思議とあちらに加わる、という選択肢を選ぶことはないだろうな、というのが直感だ。そして、それは裏切られなかった。
「ごめんなさい。お誘いはうれしいのだけれど。
残念ながら、私にも“世界を救おう”という気はないの。アレフに付いてきているのそれが目的ではないわ。だから、ご期待には添えられない。」
「……そうですか。とても残念です。
ですが、またお気が変わられましたらいつでも仰ってください。いつでも歓迎致しますよ。」
……ふう。よかったよかった。
ベルに抜けられたら、寧ろ僕の“目的”がなくなってしまう。正直、今もそんなに“世界
を救う”ということのウエイトが大きい訳ではないからね。まあ、ベルは何と言っても
“つんでれ”で、“でれ”の対象は僕のはずだからこの結果は当然、のはず。と、いうことにしておこうか。
「……と、話がそれてしまいましたね。
如何でしょうか?一騎打ちの件、受けては頂けませんか?」
目の前で彼女?を奪われそうになった身としては決闘を申し込んで当然、という気がしてきた。もしかしてこれが目的で、勧誘なんかしだしたのか?まあ、どちらが有利なのかを考えれば、回答は決まっているようなものなのだが。
「わかったよ。その一騎打ち、受けて立とう。胸をかりる、ということになるのかも知れないが、僕もやすやすと負けるつもりはないからそのつもりで。宜しく頼むよ。」
「ありがとうございます。
ではまた明日試合で。宜しくお願い致します。」
首尾よい回答が聞けたマネキンは、一礼するとそのまま立ち去って行った。それを見送った後、ベルが僕に一言、声をかける。
「期待している、わよ?アレフ。
……それと、変な妄想はいい加減にしておいてね。」
……やっぱり見透かされていましたか。はい。済みませんでした。
―Girls Side 6 ガブリエラ―
なによっ!あの女、人の頭を思いっきりぶっ叩いたりして!!この天才の脳が痛んだらどうしてくれるのよ!全人類の損失となるところだったわ!全く!
とはいえ、あの女、ベルとか言ったっけ?アレフが連れていた、と言うわりには妙に腕が良かったわね!攻撃・回復魔法の両方が使えたし、この天才が知らないような魔法も使っていたわ。胸も大きかったし、美人だし!ああ、もうどういう事なのよ!あの歳で賢者だとでも言うのかしら?それはそれで、何か、違和感を覚えるのだけれど!
リア、って幼女は確か大神官の娘だったかしら?あちらは前評判通りだけど、まだまだね!この天才には遠く及ばないわ!それなのに……、もう!
アレフの奴も、昔に比べれは大分ましになってはいたかしら?まだまだ凡庸さは消えていなかったけれど。あれでもう少し、私の100分の1位でも才能があればね!
とりあえず、帽子に金属を仕込むところから始めようかしら?踵はもっと鋭利にしておかないと。次も上手くいくとは思わない事ね!