第四章 ポルトガ ~ 練武の塔
第四章 ポルトガ ~ 練武の塔
大神殿を後にした僕らは、一路、北へと向かった。途中、山間に関所があったが、『勇者の印』とリア――主に後者?のお蔭で、すんなりと抜けることが出来た。そして、そのまま北上を続け、途中、ポルトガ王国内の一都市、ポートビアに立ち寄った。
ポートピアは大神殿と同じ大陸の北の果て、沿岸部に位置する都市だ。ここから西に暫く行った先――といっても西岸まで行く必要があるのだが――に首都であるポルトガ城と町がある。当然、ここも交通と商業の要所となっている。北の大陸との交易、首都との物資の出搬入、そして南にある大神殿直轄領との取引。魔物の動きが活発になった所為で昔ほどとまでは行かないが、今も人と物に溢れた町である。
僕らはここで一泊するため、適当に宿を取ることにした。贅沢なスイートルームという訳にはいかないが、綺麗でそこそこ高めの部屋を取る。旅は長い。たまには、少し贅沢をして英気を養うことも必要だろう。
部屋を取ったのち、ひとまず別れて、各人で情報収集や買い物をし、夕刻また集まることにした。僕も町の中をぶらつきながら、人々の声に耳を傾ける。これも勇者候補の仕事のひとつだ。あの幼女はいちいち市井の声なんて聞こうとしないだろうから、その代行をしている訳だ。そして、途中で適宜武具や道具を買い足し、夕刻近くに再び部屋へ戻った。
因みにとった部屋は一部屋だけ、だ。この世界、特にシュッツガルドやポルトガ、コナンベリーあたりでは男女別々の部屋に泊まる、という習慣はない。まあ一部の貴族達や王族は別なのだが、僕もあまり気にしない(というよりベルと一緒に泊まりたい)ので一部屋で済ましている。当然、そういう習慣も国によって若干異なるが、厳密に「男女同衾せず」を厳守している国は少ないといっていいだろう。一般庶民にはそんな発想もないかもしれない。
「特にこれ、といった話は聞けなかったかな。まあ、魔物たちの活動が日に日に活発になっている、というくらいか。」
「そうね。交易用の商船や、商隊が襲われる確率が上がって困っている、ということだけど、それはどこの国でも同じ。……その分冒険者や傭兵の需要が上がっている、ということだけど。」
何か問題が大きくなれば、それを解決する手段が強く望まれることになる。そして、そこにはビジネスチャンスが生まれる。よくある話だ。とはいえ、僕らがそのチャンスに乗っかって稼いでいる訳には行かないのだが。何せ『勇者候補』一行ですので。
「みー。後は、ポルトガ王国首都で、近々“とーぎ大会”が行われる、という話を聞いたのですよ。しかもその“けーひん”は船、という話なのです。」
なんですと!なんとご都合主義な話だ。だが、これで更に先を急がなければいけない、ということが判明したようだ。
「その大会が行われるのはいつ頃かしら?恐らく大精霊様が海を渡る手段を得る、と仰っていたのは、その景品の船のことでしょう。事情を説明してその景品を譲り受けるか、或いは参加して勝ち取る必要があるわ。」
――一応、“得るだろう”といっていたのだから、絶対に間に合わない、ということはないだろう。とはいえ、それに安座する訳には行かない。自ら努力しない人間に対して、“世界の守護者”が手を貸すとは思えない。それにあの性悪幼女のことだから、あえて急いでぎりぎり、というような状況になるよう調整した可能性もある。あの転移魔法も“ぎりぎり”を演出するための小道具、という訳だ。
「ともかく、急ぐしかなさそうだね。それでも駄目ならば、船を手にした人と交渉するなり、ポルトガ国王に頼み込むなりするまでだ。まずは、自分たちで出来る限りのことはしようか。」
僕がそういうと、皆頷いて了承の意を示す。
「じゃあ、今日は早く寝て、明日からの英気を養うとしようか。そして、更にその前に夕食をしっかりとる、と。早速行こうか!」
そういって僕らは食堂へと移動し始める。交易が盛んな町だけあって、食べ物には期待が持てる。そして、あえて安宿を取らなかったのだから当然それなりのものが出てくるだろう。――さて。明日からは忙しくなりそうだな。まあ、仕方が無いが。
結果から言うと、どうにか間に合いはした、と言える。次の日の早朝に出発し、僕らは大分ペースアップした状態で西――ポルトガ王国首都を目指した。ポートピアで聞いたとおり、除々に魔物たちを強くなってきており、道中では大分苦戦させられた。しかし、その分僕らも成長できた、ということだ。そして一週間ほどたった後、ようやく僕らはポルトガ王国首都へと到達した。到達したのではあるが……。
「駄目じゃな。もう闘技大会のことも、景品のことも告知しておる。今更中止をして、そなたらに船を譲るようなことは出来ん。無論、景品を変えることもだ。」
とりあえず、僕らは闘技大会を中止するか、景品を変えることで、船を譲ってもらえないかと、国王との交渉を試みた。しかし、既に告知済み、しかも開催が迫っている状況ではそれは出来ない、と断られてしまった。う~ん。この世界の危機に、国の面子が、とか言っている場合じゃないと思うのだが。まあ、参加者への配慮も当然必要だと思いますが。
「とはいえ、大精霊様のご意思を無視する、というのも避けたいのは確かだな。
――さて、どうするかの?」
そこで、王は暫く思案を巡らせる。
――流石に“勇者の印”は効果があった、ということか。
ここの国王は武を愛し、他国と協調をとることが少ないことで有名だ。それでいて孤立せず、上手くやっていけているのはこの国独自の“魔道器産業”があるからだ。それと、北の大陸との交易品を武器に独自路線を走っている、というわけだ。とはいえ、一応は“世界の守護者”――今現在もきちんと守っているのかは不明だが、少なくとも過去に人間を救ったことがある――に敬意を表している、ようだ。それに、あんな幼女のなりをしていても、恐らく相当な強さを持っているであろうから、そういった点も関係しているのかもしれない。何といっても“武を愛する”国王だ。幼女趣味だとか、そういう話ではないはず。多分。因みに、景品となっている船も、この国の魔道器製造技術の粋を凝らして造られたものらしい。なんでも、殆ど乗船者を必要とせず、僕らのような少人数のパーティーでも安全に航海できるよう、数々の最新技術が投入された優れもの、という話だ。まさに、僕らにうってつけ、と言えるだろう。
と、そんな考察を加えている間に王の思案も終わったようだ。
「そうだな。アレフ殿らも、大精霊様に認められた、ということであればそれなりに腕が立つのであろう?それならば簡単だ。主らも闘技大会に出場し、優勝して堂々と船を手に入れられれば良い。」
――うわ。これは結構嫌な展開だぞ。
僕らは大精霊に“認められ”たとはいえ、魔王配下の三下にてこずる程度の初心者パーティーだ。現状で他のベテラン冒険者や、凄腕の傭兵たちと渡り合うのは流石に難しい気がするのだが……。
「本来ならばもう既に応募を締め切っている状況なのだが、特別にシード枠を用意しよう。
それで、どうかな?
――といいつつも、実は今回の大会は四人パーティー制でな。そなたらだけでは一人足りないようだ。ふむ。お主らの参加登録はこちらでやっておくので、開催当日までに一人確保してこられよ。なに、今この国には各地から腕に覚えのある連中が集まってきておる。一人くらいすぐに見つかるだろうよ。こちらからも告知はしておこう。」
――軽く言ってくれるな。僕らの旅の目的を考えれば、そこら辺の荒くれものを加える訳にはいかないっていうのに。逆に、あまりにいい男、というのも加えたくないので、微妙なところだ。
「そうだな。そういえばちょっと前に、なかなか見どころのありそうな剣士が来ておったな。そ奴も闘技大会に参加するつもりだったようなのだが、生憎仲間がおらずな。もしかしたらまだ城下町におるかも知れん。なんだったら探してみてはどうかな?」
――凄腕の剣士、か。もしかしたら、あのコナンベリーで見かけた奴かもしれないな。
「ご配慮、ご助言頂き、ありがとうございます。ご期待に応えられるよう、微力を尽くす所存でございます。」
「うむ。では、健闘を祈っておるぞ!」
とりあえず、これで首の皮一枚つながった状態、ということだ。う~ん。四人目の仲間ね。どうしたもんだか……。
探すのにひと苦労するかと思っていたが、意外とすぐに四人目は見つかった。――というか、“見つけ”られた。要するに、“彼”の方から、僕らに提案をしてきたのだ。
「あんたらが、大精霊の“勇者候補”御一行だな?」
国王との謁見を終えて城下町に出てすぐ。年若い青年――後ろに背負っている剣からすると剣士、でいいだろうか――に話しかけられた。
――こいつは、コナンベリーですれ違った……。
そう、僕とベルが大神殿に向かう途中、港町ですれ違ったあの男だ。そして恐らく王が言っていた剣士と同一人物だろう。彼の方から話かけてきてくれるとはね。
「一応そうだが?そういう君は誰かな?」
とりあえず平然と返してみる。実際はあまりの好都合さに、踊りだしそうな気分だったのだが。青年は僕らを値踏みするような眼で見た。そして、暫くするとあきれたように口を開く。
「ふん。そんな強さで“勇者候補”か。大精霊の眼も節穴のようだな……。
ふん、まあいい。俺はブレイド。ブレイド・ロックストラウスだ。あんたらに提案があるんだが?」
「!」
――ん?奴の名に一瞬リアが反応したような気がしたが?気のせいかな?
「何、あんたらにも都合のいい話だ。どうせ、あんたらの実力じゃ優勝なんてできやしないだろう?だが、あんたらは船が欲しい。そこでだ。俺をパーティーに加えないか?俺を加えさえすれば、あんたらは何もしなくても優勝できる。」
――大した自信だ。とはいえ、ブレイドからはそれを現実のものとしそうなくらいの力量を感じるのもたしかだ。
「俺も船が使いたいのだが、それはあるところ――別の大陸まで行ければいいだけの話だ。俺を降ろしたら後はあんたらの好きなように使ってかまわない。迎えに来いとも言わない。どうだ?いい話だろう?」
確かに、僕たちに大きな損はない。ないのだが、彼は……。
「確かに、願ってもいない申し出だね。君の協力があれば闘技大会に出場できる。そして君の実力であれば、優勝の可能性も大分上がるだろう。だが……。」
「だが?何か問題でもあるというのか?」
「何と言っても、僕らは一応“大精霊”の勇者候補だからね。勝てるならば誰でもいい、という訳にはいかないよ。君は確かに強そうではある。が、君からは血を欲している、戦いを渇望している、そんな危険な気配を感じる。」
恐らく彼はとことん戦いを、力を求めてきた、そんな剣士なのだろう。そして恐らく今も。剣からは血の匂いが。そして目つきからは他者を圧迫する気迫、狂気すらも感じられる。そんな彼は信じられるのか?ということだ。そして、彼なら闘技大会でも容易く対戦相手に致命傷を与える、そんな気がする。
「……ふん。何を言っているのだか。戦士が戦いを求めて何が悪い?強くなるには一に実戦、二に実戦だ。魔物だろうが人間だろうが、目の前にいる敵は全て打ち倒す。容赦はしない。その位の覚悟と意志がなければ魔王なんて倒せるようにならないだろう?そんな甘っちょろいことでどうにかなると思っているのか?」
「……。」
そこで沈黙する僕ら。どちらにとっても、この話は頼みの綱だ。お互い安易に拒絶する訳にはいかない状況だ。さて、どうしたものか……。
「みー。大丈夫なのですよ。ブレイドはそんなに悪い人ではないのです。ちゃんと僕らに協力して、戦ってくれるのですよ。」
そこに、リアの明るい声が突然割り込んできた。
――呼び捨て?やはり、知り合いか、何かなのかな?
「リア。彼は君の知り合いなのかい?」
「そうなのですよ。幼いころに一緒に遊んだ、“幼馴染”なのです。だから、ブレイドのことはよく知っているのですよ。」
――今も十分幼いと思いますが。
そこで、はっとしたようにブレイドはしげしげとリアを見つめる。そして、何かに思い当ったかのような表情を見せる。
「……リア、リア・フォートセバーンか。
ふん。大神官の孫とはいえ、こんな幼女の力を借りなくてはならないとは。大した人望だな?ええ?大精霊の勇者さまは?」
――くっ。いちいち癇に障る男だな。
僕が反論する前に、リアが更に明るい声で応える。
「みー。ありがとうなのです。でも、そんなに心配しなくても大丈夫なのですよ。これでも僕はもう神官さんなのです。しかも結構高位の神官さんなのですよ?」
随分と好意的な解釈だな。と、いうより自分に都合のいいように捻じ曲げている感もする。ブレイドもリアのことが苦手なのか、若干、苦々しそうな表情をしている。
「ふん。勘違いするなよ?別に貴様のことなんて心配していない。俺はただ単に事実を述べただけだ。」
リアの言っていることが本当なら彼は――そう、『つんでれ』とか言うのにあたるのだろうか?巷で大人気だそうだからね。僕も好きだよ。男のそれはいらないが。ベルもそれに当たる――のではないかな?え?それはお前の願望だろって?ええ、そうですよ。それが何か?
「とりあえず、ここで言い争っていても仕方がないわ。
そうね。お互い利益のある話なのだから、こうしたらどうかしら?」
そこでようやく、ベルが助け舟を出してくれた。
「ブレイド――君でいいかしら?彼には、私たちのパーティーに入ってもらい、闘技大会に参加する。でも、試合中はなるべく私たちの意向に沿った形で戦い、出来る限り相手に致命傷を与えるようなことはしない。で、優勝して船を得たら、まずブレイド君の目的地に行き、そこで降りてもらう。その後は、私たちが自由に船を使い、お互いに干渉はしない、と。これでどうかしら?」
ブレイドは黙ってベルの提案を聞いたあと、数刻黙って思考を巡らす。そして、意を決し、了承する。
「……いいだろう。だが、手加減して戦うのは面倒だ。お前らで何とかできる内は、俺は手を出さない、というのでどうだ?それなら、お前たちの好きなように出来るだろう?そしてお前たちにはどうにも出来そうもない奴の相手は俺がする、と。勿論お前たちの要求通り、出来る限り命を奪うようなことはしない。本気で拮抗した場合はそれも難しいだろうが、その際は仕方がないよな?」
「わかった。その条件をのもう。確かに、本気で切迫した場合は仕方がないというのはわかる。けど……、出来る限りは頼むよ?」
一応念押しをしておく。大した相手でもないのに、切迫していたのだ、と言い張られるのは困るしね。
「わかっている。自分の実力を安く見積もったりはしないから安心しろ。これで交渉成立だな。」
そこで僕は右手を差し出す。拒否されるかとも思ったのだが、ブレイドはすんなりと手を合わせてくれた。お互い軽く腕を振って離す。
「短い間になるかもしれないが、宜しくお願いするよ。
僕はアレフ。アレフ・シュッツガルドだ。一応、僕が“大精霊の勇者”だ。といっても、まだ候補の段階だけどね。当然リアのことは知っているだろうから後は……。」
そこで僕はベルの方を向き、ブレイドに紹介する。
「彼女はベル。ベル・トーラスだ。彼女と僕も君たちと同じように“幼馴染”という関係で、旅の最初からついてきてもらっている。魔法から武器・剣までオールマイティにこなせて、とても頼りになる仲間だ。」
そこでベルもブレイドに対して一声かける。
「宜しくお願いするわね、ブレイド君。」
「ブレイドで構わん。あんたのこともベルと呼ばせて貰う。
……このなかでは、あんたが一番見どころありそうだ。残念なことに男を見る目はなさそうだが。」
――余計なお世話だよ!頼むから、ベルもたまには僕をフォローしてくれないかな?
そこでベルを期待の眼差しで見てみる。ベルはそれに頷き……。
「このくらいの方が操り易くて、楽よ?それに、お互いに利益を出しあうのならば、足りない部分がないと、ね。私も彼の能力以外を利用しているのだから、別に問題ないわ。まあ、ちょっとへたれ過ぎるのは困りものだけど。」
うわっ。フォローになっていないフォローをありがとうございます。むしろ貶されただけじゃないか?勿論『つんでれ』なだけですよね?というか、『でれ』ももちろんあるんだよね?『でれ』のない『つん』、それはただ単に嫌われているだけだって。
「ふん。やっぱり面白いな、あんたは。」
そこで再びブレイドは何かを黙考する。
「そうだな。折角だからひとつアドバイスをしておこうか。
ここから南に二~三刻行ったところに塔が建っている。中には魔道技術を用いて創られたゴーレムなんかが徘徊しているから、お前たちにはいい修練になるんじゃないか?なんでも、ここの国王が自国の武力を強化するために、兵士たちの修練所として造ったらしい。そして、今は闘技大会出場者のために開放されている。まだ本戦開催まで暫く時間があるから、行ってみたらどうだ?」
「みー!ありがとうなのですよ!
やっぱりブレイドはいい奴なのです。ちゃんと僕たちのことを考えてくれているのですよ!」
嬉しそうな表情でリアがお礼を言う。
――うん。何となくその『嬉しい』が理解できますよ。勝手な思い込みだとしても、『つん』だけ、というのは悲しいですからね。
「少しは、使えるようになってもらわんとな。ざっとみた感じでは、俺の相手になるような奴はいなかったが、万が一、という可能性もある。その時には少しくらい役に立って貰わんとな。」
いちいちムカつくとことばかり、ではあるが、塔の話は結構有用な情報だ。今後のことを考えれば、今のうちに少しでも強くなっておくにこしたことはないだろう。
「助言、ありがとう。早速行ってみるとするよ。」
とりあえず、“勇者”らしくお礼を言っておく。
「……ふん。せいぜい頑張ることだな。」
ええ、頑張りますとも。なんといっても、他の出場者も塔を登っている可能性が高い。運がよければ、大戦相手の情報が得られ、大会前に対策を考えられるかもしれないからね……。
僕らは町で装備を整え、消耗品を補充すると南の塔――“練武の塔”へ向かった。僕の想像通り、そこでは大会で対戦することになる出場者たちと出会い、そして話す機会を得る事となった――。
“練武の塔”へは、何事もなく辿りつくことができた。町から大した距離もなく、そして巨大な建設物であるが故、遠くからもよく見え、迷うことはなかった。僕らが辿りついた時、塔の門は閉まっていたが、見張りの兵士たちに“勇者の印”をみせたら、すんなりと中に入れて貰うことができた。どうやらポルトガ王が、わざわざ通達をしてくれていたようだ。ただ、大体的に宣伝してくれたお陰で、他の出場者に僕らの情報が伝わり易いという問題もある。まあ、“ブレイド”という切り札がある以上、そうそう負けることになるとは思わないが。
塔の中に入ってすぐ、椅子が用意され、休憩スペースになっているところで、最初に出会った大会出場者――初老の騎士は静かに瞑想に耽っていた。
僕らが近付くと、騎士は静かに目を開き、僕らに話しかけてきた。
「闘技大会出場者の方のようですな。
ふむ。そのパーティー構成、首にかけられている“勇者の印”からすると、貴殿らが“大精霊の勇者”、アレフ殿ですかな?」
――うん。やっぱり知れ渡っているようだな。
「ええ、そうです。貴方も出場者の方ですか?」
「おお、すみません。名乗るのが遅れましたな。某はギンガナム・リクセアと申すものです。ご賢察のとおり某も闘技大会に参加させて頂く予定です。」
そこで、騎士の姿を観察してみる。すでに壮年を過ぎ、初老に差し掛かっていることを隠せないとはいえ、覇気に満ちた顔、そして眼。着込んだ鎧も歴戦の痕――と思しき傷が多数あり、彼が潜り抜けてきたであろう修羅場を思い起こさせさせる。壁に立てかけられた槍も相当使いこなされているようだ。はっきり言って、僕らだけでは三人掛かりでも相手にならないかもしれない。
――いきなりこれほどの実力者と出会う、か。これは結構厳しいかもしれないな。だが、この騎士は……。
「名のある騎士どのとお見受けしますが、何故闘技大会などに……?」
と、素直に質問してみた。険悪な雰囲気になるかと、一抹の不安もあったのだが、ギンガナムは笑って答えてくれた。
「はははは。そうですな。某に名があるか、はともかくとして、疑問に思われるの無理はありませんな。なあに、よくある話ですよ。
某はロレンシア王国で将軍職に就いていたもので。……まあ、敗残の将、ということですよ。数名の未来ある若者たちとともに国から落ちのびてきました。現在、祖国奪還、復興のために腕を磨き、そして再度ロレンシアへ舞い戻る術を探しておる訳です。今は地殻変動のため、高山に囲まれ閉ざされた状態ですからの。まずは各大陸を渡り歩く術を得て、それから探し回ろうと考えております。」
……。彼は笑って言ってくれているが、恐らく彼のような“元将軍”にとって、“敗残の日々”はとても屈辱的で、地獄のような日々だったのだろう。それでも黙々と力をつけ、祖国奪還の機会を窺っている。大した人物だ。
「実は某も大精霊様の御許を訪ねさせて頂いたことがあるのですよ。ですが、結果は――。おそらく、某には思いつかないような何か、至らぬ点があったのだと、深省しておりますがの。」
――それはどうだか?あの幼女だったら、フィーリングだけでも撥ね退けそうだ。『じじいは好みじゃない。』だとか、その位の理由で。それを考えると、リアが“仲間”だったのはとても運のいいことだったのかもしれないな。
「ここに来られた、ということは無事四人目を見つけられたということですかな?なにはともあれ、大会での貴殿らのご活躍、期待しておりますぞ。
おお、そうじゃ。某とともに闘技大会に出場予定の――ともに落ちのびてきた者たちも、塔の中におります。もし、お見かけになられたら、仲良くしてくださりませんか?なんせ、同年代のものたちとの交流が乏しいものでして。」
その、ギンガナム将軍の提案を僕は快諾する。
「勿論です。闘技大会で腕を競い合う可能性があるとはいえ、僕らは同じ志をもつもの。協力できることは、喜んでさせて頂きますよ。」
――まあ、こんなところで、人間同士が険悪にしていても仕方ないしね。
出場できないように妨害する、とかならまだ分かるが、流石にそこまでしたいとは思わない。他の出場者たちもそれは同じだろう。おそらく、ほとんどの出場者たちの“最終目標”は同じであろうから。それぞれ動機は違えど、ね。
「おお!ありがとうございます。流石は“勇者”どのですな。
それでは、もう行かれた方が宜しいでしょう。開催までまだ時間があるとはいえ、そうゆっくりとはしている訳にはいかれないでしょう。大会で対戦するのを楽しみにしておりますぞ!」
時間は無限にあるようで、限られている。逆もまた然りではあるが、今は少しでも強くなる必要があるだろう。
僕らは将軍と別れ、塔内部へと歩を進めた。
次に出会ったのは“ドワーフの魔術師”だった。闘技大会の開催要綱によれば、別に種族は問わない、とある。別に、“ドワーフ”であること自体に問題はないのであるが……。
「お主らが“勇者”どの御一行、か。ふむ。話には聞いておりましたが、なかなか面白い組み合わせでございますな?」
残念ながら、ドワーフの外観から年齢を導き出すことは、僕には出来ないのではあるが、どうやら、彼は年若いドワーフ――の“魔術師”らしい。髭を蓄えた顔は一般的なドワーフ族のそれと変わりないのであるが、服装は全く違う。強固や鎧、ではなくゆったりとしたローブを着こみ、手には重厚な斧、ではなく棒切れ――、つまり魔法の補助体であるスタッフを手にしている。それにしても、“ドワーフ”の魔術師とは……。
「魔術師というのは、魔法“攻撃”のエキスパート。パーティーの攻撃の要となる人材でありますが、同時に“撃たれ弱い”という弱点を抱えております。その点、考えてみてください!私は“ドワーフ”という種族であるが故に、“撃たれ弱い”ということはありえない。弱点を持たない魔術師!我らドワーフ族にとって、魔術師は正に天職でないでしょうか!」
――左様ですか?いや、まあ撃たれ強いのはいいのですけどね……。
「本業は?ということよね。弱点を克服するのはいいのだけど。でも、本来要求されるべき“魔力”だとか、“精神力”はどうなのか?というのを考えるべきではないかしら?威力の弱い“魔法攻撃”で、しかも、直ぐに魔力を使い果たすようではどうなのかしらね?」
と、いうのはベルの弁だ。当然、常識人であればそう思うものだ、と僕も思います。まあ、本人がそれでいいと思っているならいいけどね。“職業選択の自由”がある以上、適正を欠いていようが他人の選択に文句は言えない。一緒に旅をするのであれば、再考を促すだろうけれど。
因みに、彼の名前はウォード、というらしい。なんでも、昔いた、大魔術師(人間です)の名前から持ってきたらしい。
そして、次に出会ったのも、同じように“弱点の克服”を“要求される特性”より重視した出場者だった。
「戦士というのは、物理攻撃に対しては高い耐性を持ち、そして相手に大ダメージをコンスタンスに与えるという要職じゃ。じゃが、魔法攻撃に対してはからきり無防備、そして、魔術師たちが放つ魔法による妨害や状態異常等の影響を受けやすいという欠点がある……。」
そうですね。ですが、同時に高い“体力”で魔法の攻撃をしのぎきる、というのが戦士の基本姿勢ではないですかね?まあ、“混乱”だとかされて、自分たちを窮地に陥れるのは勘弁してもらいたいですが。
「その点、我らエルフ族を考えてみよ!生まれつきの魔法への耐性、そして武器を用いた時の器用さ。これほどの天職はないであろう!」
――で、本来要求される物理による“大ダメージ”とやらはどうなった?それに相手の物理攻撃に対しての耐性も……。
「みー。でもやっぱり、武器を使うより、魔法を使った方が相手により大きなダメージを与えられるのでは?なのですよ。」
――うん。リアの言うとおりですね。僕も実に、そう思いますよ?
ちなみに、そのエルフの“戦士”の名前はミレーナというらしい。例の如く、エルフらしい整った顔立ちで、細見で美しい外見をした女性だ。得物は剣――当然非力なエルフらしく、細身の剣だ。当然、それほどの大きな破壊力は――、まあ望めないだろう。確実に相手に当てる、という点では頼りになる可能性はあるが。
で、四”人“目であるが、それは何とゴブリンの”神官“であった。リアは彼のことを知っていたようで、出会うなり攻撃を仕掛けよとした僕を引きとめた。
「みー。ブライトさんなのですよ。僕と同じ、大神殿の神官さんなのです。」
――ゴブリンでも、大精霊の神官にはなれるんですね。ちょっとびっくりな話だ。
でも、何でまたゴブリンである彼がこんな“闘技大会”に出ようと考えたのか聞いてみると……。
「それは貴方がたと同じですよ。あの“侵略者”である魔王を倒して、元の平和な世界に戻したいと私も考えています。
……貴方がた人間からすれば区別がつかないかもしれませんが、我々のように“魔物”と呼ばれている者たちの中にも、もともとこのジ・エルデにいた者たち、そして魔王が連れてきた異界の者たちがいるのです。 異界の者たちは魔王の威を借り、もともといた私たちに対しても従属を強いております。それを嫌がるもの、是としないものがいる、というのは至極当然のことではないでしょうか?」
――そんなものだろうか?まあ、確かに異界からやってきた連中に我がもの顔をされ、従属を強いられるのは、彼ら原住の魔物にとっても屈辱なのかもしれないな。
それに、大精霊は“世界の守護者”であって、“人間の守護者”ではない、というのも確かだ。特に魔物たちと僕らの争いに干渉した、という事例も聞いたことがない。別にゴブリンであろうと、救いを求めものに力を貸すことはおかしな話ではない、か。
「リア様たちもご精進ください。私もできる限りのことはしようと考えております。
では、またお会い致しましょう。」
と、最後に挨拶をかわして、彼は去って行った。
塔の中は“魔道技術”の粋を集めて造られたであろう“魔法生物”、“スケルトン”“ゴーレム”などで満ち溢れていた。そして、そいつらが物理的に登頂者を阻むのと同時に、幾多の“謎”がぼくらを阻んだ。要するに“まんまるボタン~”というような謎解きをいくつもこなさなくてはならなかった、という訳だ。どうやら、この国の国王は、“武”を愛してはいたが、“知”も軽んじていなかったようだ。自国の兵士たちのために建てられた、ということを鑑みれば、彼が兵たちに対して一体何を望んでいたのか、ということがうかがい知れるというものだろう。――まあ、方針をとして、間違っていないと思うのではあるが。少々お遊びが過ぎる感が否めない。
そんな訳で、僕らは様々な謎、難問たちにたいして、知略を尽くして攻略(主にベルが、だが)していき、除々に高みへと昇りつめていった。そして次に出会った闘技大会出場者は――。
「ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
と、会うなり、強引にべルやリアの元から僕を連れていったのは――、僕と旧知の仲の女の子だった。突然の出来事に呆気にとられつつも、僕らの後を追おうとしたベルたちを遮ったのも僕の知り合いである――女性騎士だった。ベルたちは、不信感を抱きつつも、特に助けを求めない僕の様子をみて、とりあえずその女性騎士を押しのけようとはせず僕を見送る。
強引に僕の手を引いて行った女の子の名前はシエスタ。シエスタ・ヴィ・ブリジスト。この大陸の西にある、大きな大陸を制覇し、今も支配し続けているブリジスト帝国の第二皇女だ。魔物たちの攻撃も幾度となく退けていると聞いている。
「アレフ、っていう名前を聞いて、もしかしたらとは思っていたのだけど!やっぱりあんただったのね!」
と、甲高い声で話かけてきた。
シエスタとの付き合いは古く、ベルとも匹敵するぐらいだ。ただ、そんな頻繁に交流をしていた訳ではなく、多くとも年一回会うか会わないか、そんなレベルでのつながりである。まあ、ようするに、定期的な国同士の交流があって、それに合わせた形での邂逅、ということだ。
「むしろ、こちらが何故、君みたいな“皇女”様が、他国の闘技大会なんかに参加しているのかと聞きたいくらいだね?というか、本当に何でこんなところに?リノア――は、どうせ無条件に君の腰巾着だろうから、ついてきていても不思議ではないが。」
リノア、リノア・クロフィード、というのが、ベルたちを僕から分断した騎士の名前だ。彼女は、僕がシエスタと初めて出会った当時から、シエスタに影のように付き従っている。実は結構有名な使い手で、その名声は僕の国、シュッツガルドでも知れ渡っている程である。はっきり言って、今の僕らでは彼女の相手も厳しい。
実を言うと、下であったギンガナム将軍のことも、名前とその武勇位は僕も聞き及んでいた。残念ながら直接会ったことはなかったので、見ただけでは判別できなかったのではあるが。
「私も、魔王の所業が許せなくて、つい――、というのは建前で、ちょっと腕試しと武者修行がしてみたかったの。城にいても退屈でたまらないんだもの!第二皇女なんて、ただのお飾り、有力貴族とのパイプ役として嫁がされるだけ。少しの間いなくなったとしても大した問題にはならないわ!」
――そういえば、昔からこんな性格でした。うん。全然変わっていませんね。
第二皇女という立ち位置からか、大分甘やかされて育てられたようで、事あるごとに思いつきで他人を巻き込み、楽しむという習性の持ち主だった。確か、剣もかなり扱えて、魔法も使えたはずだ。そして、頭もよくて、礼儀作法・踊りもばっちりこなせる、そんな“天才肌”の皇女様、だ。
「ひとつ言うと、ガブリエラも一緒よ。彼女も闘技大会に出てくれる予定なの。
……ここにも誘ったのだけど、『私は天才だから“修練”なんて必要ないのよ!』とか言って断られちゃったわ。」
よりによってガブリエラも、か。これは厄介なことになりそうだな……。
ガブリエラというのは、シエスタと同じようにブリジスト帝国出身で、貴族出のお嬢様だ。シエスタとは非常に仲がよくて、よく彼女と一緒にシュッツガルドまで来ていた。そして、彼女は魔術師――自称“天才美少女魔女”だ。実際、ガブリエラの魔力は強大で、ブリジストの魔術師学院でも優秀な成績を修めていると聞いている。そして、貴族出らしく、顔立ちも整っていて、“美少女”と呼べなくもない。ただ、性格は絶望的だ。好戦的で怖いもの知らず、自信家でシエスタと同じように思いつきで行動し、他人を巻き込んで行く。そんな台風のような少女だ。因みに、彼女はとんがり帽子を愛用、ローブに身を包み、マントをなびかせる、所謂“正統派魔術師”の格好を常にしている。そういった意味でも大分奇人だ。
「……ガブリエラも、か。ず、ずいぶんと懐かしいな!会うのが楽しみだよ。」
とりあえず心にもないことを言ってみる。当然、心にもないことは、シエスタにもばればれだろう。だが、そこを突っ込んでは来なかった。
「ところで、四人目は誰だい?大会に出場するのだから、当然四人目もいるはずだよね?」
「ふぅん。情報収集、ってわけね。敵を知り己を知れば、と。あんたが自分を知っているかは疑わしい話だけど。この塔に挑戦しているのも、修練半分、情報収集半分、ってところでしょう?」
――そこもばればれですか。まあ、いいんだけどね。他の出場者も同じようにしているだろうし。
シエスタも特に秘匿しておこう、という気はなかったようで、気前よく四人目に関して教えてくれ。
「まあ、いいわ。別に隠すまでもないし。どうせ、リノアがいればあんたなんて相手じゃないわ。でも、可哀想だから、もし大会で当たるようなことになったら、特別にあんたの相手は私がしてあげる。
四人目はあんたの知らない奴よ。旅の途中で拾ったメルキオ、っていう元暗殺者の男。結構腕は立つのよ?」
――おい!旅先で平然と暗殺者を拾って配下に加える皇女様ってどんなんだよ。なんか頭が痛くたってきたわ。
とりあえず、僕もいろいろと突っ込みたいところはスルーして(突っ込んだところでさらに頭が痛くなるだけだろうし)お礼をいっておく。
「そうか。いや、悪いね。わざわざ教えて貰ってしまって。
……因みに、僕らのパーティの四人目も君の知らない奴だよ。剣の扱いに長けた戦士、だ。」
一応四人目の情報もさらりと流しておく。まあ、肝心である、“彼の実力がリノアにも匹敵する”という情報は渡さなかったが。シエスタも特に僕の情報に対して突っ込む
ことはなかった。
「ふうん。剣士、ねぇ?……まあいいわ。
ところで、今あんたと一緒に来ているあの娘たちのことなんだけど。」
おおっと。ちゃんとそちらの情報も聞いてくるか。やはり油断がならないな。
「どちらの娘が本命なの?」
――とっ、聞くのはそっちかよ!
ついうっかり心の中で突っ込んでしまった。肝心なところをスルーして、そういう話を聞いてくるあたりは流石に女の子――という訳ではないな。ただ単にシエスタの感性がずれているだけだろう。うん。
「本命、って何の話かな?彼女たちは僕の旅の仲間だよ?」
とりあえずぼけてみる。あまり余計なことは言わない方が後々のためだろう。こいつに言ったら、本人たちの前で声高に吹聴すること請け合いだ。
そんな僕の態度を鼻で笑ったシエスタは何のためらいもなく、更に突っ込んで来た。
「何言ってんだかね!旅のパーティで、偶然仲間になったのが女の子二人だなんて、そんな都合のいい話がある訳ないでしょ?どうせあんたが自分の好みで選んだんじゃないの?」
なんて失礼な。ベルはともかくとして、リアの方はほんの偶然、成り行きで仲間になってもらったはずですよ?
「どちらも結構可愛い顔をしているしね?権力にものを言わせて選別したんじゃないの?
……それにしても、あんたにロリコン趣味があったとはね!あっちの神官衣を着ている娘はまだ10にもなっていないんじゃないの?まあ、将来は美人になりそうな感じは醸し出しているけど。それでも青田買いにも程があるわ。」
「彼女は大神殿でも高位の神官だよ。年齢も――、確か僕らと3歳くらいしか違わないはずだ。大神官様のご推薦でね。力を貸して貰っているんだ。彼女の名前はリア・フォートセバーンという。」
ひとまず、誤解無き用反論しておく。シエスタはその発言にも、若干疑わしそうな顔をしていたが、とりあえず納得はしてくれた。
「ふーん。あの娘がリアちゃんね。確か大神殿の神官の中でも有名な娘よね?大神官の孫にして、最年少で神官位を取得した天才児。そうは見えないけど、あの神官衣は本物みただから、本当なんでしょうね。
――で、もう一人の娘は?あっちは服でごまかしているみたいだけど、結構グラマラスな感じよね?」
そうか!やっぱりベルは僕の期待通り――、おっと。そんなことを言っている場合ではなかった。とりあえずどうにかごまかしておかないとね。
「彼女はベル。ベル・トーラスといってシュッツガルドで薬師をやっているリオンさんのところの娘さんだよ。攻撃・回復魔法も扱えて旧知の仲だったから、力を貸してもらっているんだ。」
「ということはあちらが本命、ね。どうせ“幼馴染”の関係だとか、そんな主張をしたいんでしょ?で、旅に出ることにかこつけて同行して貰い、あわよくば……、って思っていると?分かりやすくて助かるわ。」
――くっ。図星過ぎて反論ができん。
そこでシエスタはちらっとベルたちの方に視線を向ける。
「でも、あまり脈はなさそうね?自分で言うのもなんだけど、私って結構な美人よね?それと二人きりだ、っていうのに何の関心も抱いてなさそうよ?彼女たちは。」
――そんなはっきりと現実を直視させなくても。いや!これからさらに仲を深める予定なのだから。まだだ。まだ終わらんよ!
「でも、本当にそれだけなの?あの感じだと剣も結構使えるんでしょ、彼女は?攻撃、回復魔法も使えて、武器戦闘もこなす。ただの薬師の娘、っていうんじゃ何か違和感があるわね。父親はどんな方?」
確かに、ベルは“魔術師”だとか、“戦士”だとかいう枠にとらわれない、凄い才能の持ち主である。それはどちらかといえば、僕のような(と、自分で言うのもなんだが)“勇者”と呼ばれるものの力に近しいように思える。
「それが分からないんだよ。10年以上前に二人を残してどこかへ行ってしまったらしいんだ。そして、もともとシュッガルドの出身ではないらしく、出自は追えなかった。どうにも、旅先として寄った際にリオンさんと知り合い、結婚したらしい。で、子供が生まれてからしばらくは仲睦まじく暮らしていたんだけど、ある日“必ず戻る”と言い残して突然いなくなったらしい。」
「……。」
「でも、身なり・言葉づかい、所作のどれをとっても洗練されていて、どこかの国の“王族”か“貴族”の人間でないか、と思われていたらしい。性格も温厚で誠実。無責任に妻と娘を放りだすような人間にはとても思えない、とのことだ。実際、そこそこ資産も残して行ったらしく、母娘二人で暮らす分には特に不自由はないらしい。」
そう。ベルに才能があるとはいえ、生活に精一杯、というような状況ではそれを磨くことはできない。必要な知識を得るために、本を集めたり(というより父親が結構な量の本を残して行ったらしい)、武器の練習に明け暮れたりする位の余裕を与えて去った、といことになる。
「つまり、彼女はその行方不明の父親を捜すために、あんたの旅に便乗した、という形になるのかしら?」
「まあそういうことだね。僕の旅を手伝って貰う代わりに、旅先で父親の手がかりを見つ
けたら、それも一緒に追う、ということになっているよ。
……ということで、ね?」
そこでシエスタは面白い玩具を取り上げられたかのような不機嫌な顔を一瞬みせた。が、直ぐにいつもの好奇心たっぷりの顔に戻る。
「わかっているわ。人の事情にまで、無配慮に立ち入ったりはしない。その位の分別はあるわ。
……とはいえ、本命が彼女、っていうところは間違いなさそうね?」
――くっ。これでこれ以上は聞いてこられないと思ったのだが、誤魔化しきれなかったか!
「……。」
「ふ~ん?ノーコメント、ってわけね。
……まあいいわ。あんたのその表情で大体想像がついたから。まあ、精々がんばってね?ついでに言う
と、上手くやらないと妹さんに刺されるわよ?」
――確かに。あの妹ならやりかねない……、かも。それは、実に嫌な未来予測だ。そして、最後は“Nice Boat!”ってか?え?そんなことまでしてくれる相手ではないだろうって?何の事かな。
「っと、随分と話し込んでしまったわね。まだ、問い詰めたいことはたくさんあるのだけど、まあいいわ。別の機会にしましょう?」
と、ようやく解放して貰えるようだ。やれやれ、余分なことまで話し込んでしまったな。まあ、“戦い”に関する情報は殆ど与えなかったから、よしとしようか。
「長いお話だったのですよ?」
「……一体の何を話していたのかしらね?」
僕を出迎えたのは、やっぱり、二人冷たい眼差しだった。――いや、きっと嫉妬だよね?というかそうであって下さい。じゃないとそんなゴミをみるような眼には耐えられない……。
その後僕らは更に、上へ上へと登り続けた。当然、下階よりもグレードアップした仕掛けが幾重にも張り巡らされ、配置されている機械兵やゴーレム、スケルトンなども除々に手強さを増していいた。それらを解き明かし、撃破し続け、もうじき頂点を極めるのではないか、との予感が高まったころ。僕らはギンガナム将軍の言っていた“未来ある若者たち”と出会った。
“若者たち”の内訳は次の三人――ロレンシア出身の若き騎士、マネキン・ギュンター、その妹で“賢者”のミミナ・ギュンター、そして、元ギンガナム将軍の配下の兵士である寡黙な拳闘士ウガチ・シンクの三名だ。三人とも相当な訓練を積んでいるようで、恐らく一人一人の実力は僕らと同等かそれ以上であることは間違いない。マネキンは剣を主に使用――どうやら魔法は使えなさそうではあるが、その腕前だけでも十分に脅威そうだ。ミミナはその若さ(大体20前後だろうか?)で“賢者”、つまり攻撃魔法と回復魔法、そのどちらも使いこなす。それだけではなく、背中に弓矢を背負っているところをみると、そちらの腕前もそれなりに自信があるものとみてよさそうだ。最後のウガチは歴戦の勇士らしく、隙のない身のこなしをしている。そして――。
「アレフさん。貴方は何のために戦っておられるのですか?あなたからは何としてもでも魔物を倒そう、世界を救おうという意気込み、が残念ながら感じられません。失礼ですが、“勇者の末裔だから”とか、“国から抜け出せるから”だとか、そんな軽い気持ちで、旅をされているのではないでしょうか?」
と、マネキンは僕に対して敵意を丸出しだった。まあ、実際のところ、的を射ていないこともないのではあるが。
「そんな人に、“大精霊の勇者”として世界を救うという大役が相応しいとは――すみませんが僕にはとても思えないのですよ。
僕はどうしてもロレンシアを、祖国を奪還したい。国を奪った魔物たちは許せないし、憎んでもおります。僕の妹も、ウガチさんも、そしてギンガナム様もきっと同じ思いでしょう。
特にギンガナム様はその実力にも、知略にも、人格にも優れておられる。それなのに大精霊様はギンガナム様をお認めにはならず、貴方のような方を選ばれた。正直なところ、僕としては非常に不愉快で、納得がいっておりません。」
――それはやつあたりだろうが。
だいたい、あんな“年増幼女大精霊”の考えなんて、こちらに分かるはずがなかろう。選ばれなかった腹いせをこちらに向けられてもね……。
「みー。大精霊様にはきっと深いお考えがあるのですよ。こんなロリコンな変態さんでもきっと、凄い素質だとかが秘められている……、と思うのですよ。」
とりあえず、微妙なフォローをありがとうございます。断言していないところがとても不信感を募らせますが。
「失礼ながら、リア様。仮に、そのようなものがアレフ殿にある、としても今現在の彼は如何でしょうか?はっきり言って、ギンガナム様の足元に及ばないでしょう。そして、民は、人民は今苦しみ、魔物たちの恐怖に怯えている。」
と、更に強い口調でつなげる。
「ともかく!私は貴方を認めることはできません。もし、闘技大会で当たるようなことがあれば、必ず倒させて頂きます。そして、大精霊様にも、お考え直し頂けるよう、再度注進に行く所存です。……、では。」
と、マネキンは一方的に言い切るとそのまま去って行った。ウガチがその後に黙って従う。残された妹の方は――。
「申し訳ございません。兄が失礼なことばかり申してしまったようで。心から、お詫び申
し上げますわ。もし、闘技大会でお相手するようなことになった場合は、胸をお貸し頂くつもりで、微力を尽くさせて頂きますわ。その時は宜しくお願い致しますね?」
と、柔和な笑みを浮かべながら、兄の無礼を詫びつつ、去って行った。
――直情的な兄に、しっかりものの妹。どこかで聞いたことある組み合わせか?いや、微妙に違うか。
とりあえず、微妙なわだかまりを残しつつ、こうして大会出場者たちとの邂逅は完了した……。
マネキン等三人と別れてから半刻もしない内に、僕らは塔の頂上へ到達することができた。当然、最後の“試練”よろしく、強力なゴーレム兵が待ち構えていたのだが、ここまで登ってこられた僕たちにとっては、そこまで苦戦するような相手ではなかった。
頂上から一望した、夕焼けに染まる世界は美しく、このどこかで今も魔物と人の戦いが行われているとはとても信じられない。しかし、実際には今も人が、魔物が、そしてこの世界に住む他の種族たちが血を流し、そして死んでいっているのだろう。そして、実際にそれを見ている訳ではない僕は、想像することしか出来ない。実感もわかない。だが、それでも僕は――。
そんなことを漠然と考えながら、僕らは塔を後にした。
その夜、僕はひとり、宿屋の屋上でたそがれていた。今日、塔でたくさんの出場者――人物と出会った。力試し、好奇心からのものもいれば、祖国の奪還に燃える勇士もいた。皆、自分自身の目標を掲げ、それに到達しようとあがいている。その過程の、闘技大会だ。それに比べ僕には。
「何もない、か。」
確かに国の威信を背負っていると言えなくもない。しかし、僕自身はそれを重要とは思っていない。億劫な生活から抜けられ、そして好意を持っている彼女――ベルと一緒にいられる。その程度の不純な動機しか持ち合わせていない。
果たして、そんな僕が強い動機を持った彼らを押しのけ、『精霊の勇者』として、世界を巡る資格があるのだろうか?
「ここにいたの。」
見ると、ローブ姿のベルが、屋上入口――階段を登りきった位置にいた。風呂上がり(この国では魔道技術を生かした“風呂”が各宿屋に存在する。世界中を見れば大分珍しい)らしく、上気した頬、水々しい肌。その姿は、普段にはない色気を醸し出していて、僕の胸は高鳴った。
そんな僕とは対照的に、ベルは特にためらう様子もなく、僕に近づき、そして僕と同じように手すりに体重を預けながら町の夜景を眺める。
「ギュンター君に言われたことでも気にしているの?」
――鋭いな。流石は幼馴染。よくわかっていらっしゃる。
「……まあね。彼の主張、事情はともかくとして。確かに、僕が『勇者』に相応しい、とは残念ながら自分でも思えないからね。」
僕も素直に打ち明ける。ここでごまかしたとしても、ベルにはバレバレだろうしね。それに、彼女の意見も聞いておきたい。そう思う。
いつになく真剣?な僕の姿を珍しそうに眺めたあと、ベルは少し黙考する。静寂が周りを支配する。しかし、その静寂は思ったよりも早く破られる。ベルは口を開くと、ゆっくりと僕に語りかけてきた。
「貴方が旅を止めたい、と思うならそれでもいいわ。確かに、貴方にはこの旅を続ける“理由”はないと言ってもいい。“勇者の末裔”ということを、貴方が重視しているようにも思えないし。命をかける必要性はどこにも感じられないでしょうね。」
確かに、おっしゃる通りです。
「とはいえ、私には自分の目的があるから、ここで貴方が降りて、船が手に入らなかったとしても旅を続けるわ。今から代替方法を見つけるのは大変でしょうけれども。勿論貴方が気を負う必要もないわ。運がよければ、大会の優勝者にどこか別の大陸まで連れて行って貰えるかもしれないし。」
――いや、“勇者”を止めるとしても、ベルの旅は手伝うつもりだが。何といってもそちらの方が僕の“本題”に近いのだから。
「どちらにするかはアレフ、貴方自身で決めなさい。どちらにしても私は文句を言わないわ。
……そうね。別に今すぐに、でなくてもいいわ。明日の朝にでも結論を聞かせて貰えるかしら?」
――うん。そうだな。久し振りに、じっくりと考えてみるか。日々に流されて自分の将来、未来に関することを考えるようなことも久しくしていない。それでは本当の望みには到達出来ない。
「わかった。そうさせて貰うよ。
……考え過ぎて知恵熱でも出さなければ、だけどね。」
いつもの調子で少しおどけてみた。少なくとも、こんなことでベルに心配?をかけないようにしなくては。
ベルはそんな僕の思惑に気づいているのだろうけれど、小さく笑ってくれた。
「そう。あまりに根を詰めないようにね。じゃあ。」
そう言い残してベルは入口の方へとゆっくりと歩いていく。しかし、後2、3歩のところで唐突に立ち止まると、僕の方へと振り返る。そして、意外な言葉を僕に投げかけてきた。
「ついでにだから、ひとつだけ言っておこうかしら。
確かに、貴方には理由も力もない。だけれども……。」
そこで一旦区切り、その後の言葉を、小さいながらもよく通る――そして力強い、そんな声で告げる。
「今日、塔で会っただれよりも、貴方の方が“大精霊の勇者”に相応しい。私はそう思うわ。」
ベルのその言葉は、僕の中の小さな残響となり、そして、それは僕をひとつの結論へと導くこととなった。
―Girls Side 5 シエスタ・ヴィ・ブリジスト―
今日は、闘技大会に向けた修練がてら、練武の塔に登ってきたわ!折角なので、ガブリエラにも声をかけたのだけど、『自分は天才だから必要ない』って断られちゃった。彼女が天才だってところは否定しないけど、正直もう少し慎み深くなった方がいいような気もするのよね。私みたいに。何?何か反論でもあるのかしら?
メルキオも『自分の業は他者に見られない方がいい』とか言って断るし。仕方が無いから、リノアと二人で登っちゃったわ。
練武の塔の中では、けっこう他の参加者たちと出会う事が出来たのだけど、その中にはあの“大精霊の勇者”になったっていうアレフ達もいたの!久しぶりに会ったのに、相変わらずの締まりのない顔で。あんなんで本当に大丈夫なの?と不安に思ってしまったわ。
そのアレフが二人の可愛い女の子を連れていた、という事には吃驚したけど。片方は見た目幼女とはいえ神官なので、勇者に付き添っていてもそこまでおかしくは無いのだけどもう一人は――。かなり美人な娘だったので、ちょっと驚いちゃった!本人曰く、一応“幼馴染”らしいから、昔から親交があったという事のはず。今まで上手く隠していた、ということになるわね。あの妹さんの事があるからだろうけど、それにしても上手くやったと褒めてあげようかしら。勇者や王子に必要なスキルでは無いけど。
正直、リノアがいれば楽勝、とも思っていたのだけど、あのギンガナム将軍も出てくるとなると、ちょっと厳しいかもしれないわね。他の三人も将軍手ずから鍛えたとあって、かなりの強者のようだし。まあ、優勝出来なくても特に不都合は無いので、力試しが出来て、楽しめれば十分なのだけど。アレフには絶対負けないけどね!




